056
塾のない祈里は、大体五時ぐらいに帰って来る。
セーラー服姿の祈里は、リビングに戻っているとすぐさま俺のロバのソファーに座った。
帰宅して祈里がコントローラーを握るのは、わずか五分の出来事だ。
「勝負しなさい」杏那は挑発し、祈里は逃げも隠れもしない。
コントローラーを握った祈里と杏那、彼女らの前にあるテレビ画面は、二人の戦いを映していた。
祈里はいろんなキャラを使い、杏那と戦う。
今祈里が使っているのは、『ジョニー』というボクサーだ。
相変わらず杏那はユズ一択だ。最も俺は、杏那にユズ以外の使用禁止を命じているからだ。
そして画面上で、ある変化があった。
「あーっ、その技、使うのね!」
杏那が祈里に対して、ようやくポイントを取るように変わっていた。
杏那の連続攻撃に、祈里が押されているシーンも目立つようになった。
何度も戦っているので、祈里がそれでも手を抜いているところもあるが。
祈里は一本でもポイントを取られると、大人気なくなり険しい顔で本気モードに変わっていく。
そして五ポイントをあっさり奪い返して、勝ち誇っていた。
「私には、まだまだ勝てませんよ」
「何よ、もう一回勝負しなさいっ!」
勝ち誇る祈里に、杏那はもう一度を要求した。
だけど、祈里は疲れたのか俺の方を見ていた。
「お兄ちゃん、交代して。トイレ、行きたいし」これも慣れた光景だ。
「仕方ないな」コントローラーを受け取って、俺が杏那のそばに見ていた。
「あー、勝ち逃げなんかずるいわよ!」
「勝ち逃げじゃないわ、ちょっと休憩なんだから!
代わりにお兄ちゃんが、あんたの相手してくれるって」
立ち上がって、本当にトイレに向かった祈里。
それを見て、不満そうな顔を見せていた杏那。
「だいぶ、エキサイトしているな」
「していないわよ!」不満そうな顔で杏那は、キャラクター画面で『ユズ』を速攻で選択した。
「まあ、杏那もだいぶ強くなったしな」
俺も喋りながら、一人のキャラクターを選択した。
選んだのは『ファン・ジャンチー』、中国拳法の老人だ。
「それ、あんまり祈里は選ばないわね」
「ああ、このキャラはクセがすごいからな」
「クセ?」
「一言で言えば、上級者向けのキャラ。まあ俺の持ちキャラでもあるわけだが。
それより杏那、明日の土曜日はバイトだっけ?」
「バイトは、水、木と隔週日曜ね」
「そうか。じゃあ明日もほぼ一日、使えるな」
「うん、出来る日は全部お願い……迷惑をかけるけど」
「明日から、久し振りにゲーセンに行くか」
「え?」驚きもあるが、同時に嬉しそうな顔を見せる杏那。
「だいぶ、お前も強くなったしな」
そう言いながらも俺は、コントローラーで『ファン』を操作する。
巧みに操って、杏那の『ユズ』を上手いこと倒していた。




