053
俺の家から、杏那の家はあまりにも遠い。
自転車で三十分、俺は杏那を送り迎えることした。
一応夜九時近いので、俺の母親が料理を作っていた。
杏那の分も作っていたので、ご飯を食べさせていた。
前にはバスで帰らせたが、流石にバス代もかかると判断して送ることにした。
玄関の前で、セーラー服の祈里が自転車に乗ろうとする俺の腕に抱きつく。
そういえば俺も制服だし、まだ着替えていない。白いシャツは、涼しくなった夜で少し寒くも感じた。
「お兄ちゃん、そいつを自転車で送らなくても良くない?」
「良くない。送るって決めた。俺の弟子だから」
「弟子にそんなことしなくていいよ、私だって妹だし」
祈里は不満そうに、俺にしがみついていた。
だけど、やはり祈里のことはしっかりと振り切った。
甘えん坊の妹は、中学になっても変わらない。それは、俺の過去によるものでもあるのだが。
「祈里の事は、一緒に帰ったら遊んであげるから」
「ほんとに?ホントにホント?」
「しょうがないな、遊んでやるよ」
「わかった。じゃあ寂しいけど、お風呂入って待っている」
俺に対し、可愛くポーズを決める祈里。
そんな俺は、学生鞄を肩にかけた杏那を見ていた。
「じゃあ行くか、二人乗りだけどできるだけ早く飛ばすから。あと、揺れるからしっかり掴んで」
「うん」杏那はそう言いながら俺の腰に手を回していた。
こうして、俺は杏那と一緒に二人乗りで自宅の庭を出て行く――
という流れで、今は自転車をこいで杏那は俺の自転車の荷台にいた。
家の外は舗装されていない土の道。土の道だから、自転車が縦にグラングランと揺れていた。
俺の背中にある自宅は、次第に小さくなっていた。
「なんか、ごめん」
「何がだ?」
「あたしのせいで、家にも入れてくれて……こんな夜に送ってくれて」
「気にするなよ」俺は前を向いて、自転車を右に曲がっていく。
大きな舗装された道路に入ると、自転車の揺れは止まる。加速もスムーズだし、スピードに乗って行く。
「和成の妹さんにも、悪いことしているみたいで」
「まあ、あいつはヤキモチ焼きなところがあるからな。
祈里も悪い奴じゃないんだけど、あんま気にしなくていいから」
「いや、そうじゃなくて羨ましいの」
「羨ましい?」
「ほら、昨日の竜二さんも兄がいるでしょ。
和成にも祈里ちゃんがいるし、なんだか羨ましい。
あたしは一人っ子で、両親も今は一緒に暮らしていない」
別居をしている杏那の家、彼女はそれを助けたいために『リアルファイター6』を強くなろうとしている。
「でも、お前も普段からずっと弁当なんだよな」
「うん、あたしが作っている」
「そうか。でもあれで足りないだろ」
杏那の弁当を一度見たが、ほぼ真っ白なご飯と、海苔が一枚。
これだけでも、かなり裕福な生活ではないことが分かった。
「だ、大丈夫よ。ダイエットしているから!」
「その割には、俺の卵焼き、美味しかっただろ」
「和成のママは優しいのね。ううん、パパも」
そんな杏那は、俺の背中に頭をつけていた。
そして彼女の目から、自然と涙が溢れていた。




