052
磯貝 杏那は、初めて自力でリアルファイターのエンディングにたどり着いた。
サイクロプスに戦うこと三十回ほど、デス・ストロングに五回コンテニューしながら初めて見るエンディング。
それはユズという少女が、大会で優勝してスーパースターになって、原宿を歩く三十秒ほどの短い映像。
そのあと、スタッフロールが流れていた。それを呆然と見ている杏那。
「あたし、やったよね!」
「ああ、よくやったな」
「あたし、勝てた……サイクロプスに」
杏那が初めて、満面の笑みを浮かべていた。
今までに見せたことのないその笑顔は、眩しく杏那を輝かせていた。
「お、おう……すごいな、杏那」
俺はソファーの上から、頭の上でポンポンと頭を叩いてあげた。
今までは嫌がっていた杏那だが、ポンポンされても素直に喜んでいた。
そんな興奮する杏那がいる中、玄関から「ただいま」と声が聞こえた。
塾から帰ってきた祈里だ。直ぐにリビングで姿を見せていた。
セーラー服姿の祈里は、カバンを持って険しい顔でジーッと見ていた。
「何?あんた、まだいたの?」相変わらず祈里は、杏那に手厳しい。
「あたし、クリアしたのよ」立ち上がって、興奮している杏那は祈里の手を握った。
杏那のその態度を見て、祈里は困惑した表情になっていた。
「クリア?何を?」
「あたしはようやくクリアしたの!これ、これなのよ!」
興奮している杏那が、そのまま祈里の手を引いてテレビ画面を見せる。
だけど祈里は冷めていた。いや、何度も見たことのあるスタッフロールだから。
「別に、リアルファイターのスタッフロールでしょ」
「あたし、すごいでしょ。たった四日で完全制覇だから!」
「そう、それがどうしたの?」そう言いながら祈里は、直ぐにコントローラーを杏那から奪った。
スタートボタンを押すと、スタッフロールが中断された。
「私が、あっさりクリアするのを見せてあげましょう」
「おい、ちょっと祈里!」
なぜか笑いながら祈里は、余裕たっぷりの様子を見せていた。
だが、自分の最初のエンディングのスタッフロールを消された杏那は顔を赤くした。
目元をきりっと睨み、直ぐに2P用のコントローラーを手にした。
「その前に、あたしがリベンジしてやるんだから!」
直ぐに杏那は、怒って反応しようとした。
だが祈里が帰ってくる時間に、俺はあることを思い出していた。
「あっ、杏那。その勝負は、今日は俺が預かる」
俺は、コントローラーを持つ杏那の腕を掴んだ。
「えっ、なんでよ?」
「夜遅いからだ、送っていかないとな」
俺はそう言いながら、杏那に壁時計を見るように促していた。
そして、杏那もまた俺の言葉を渋々と理解してくれた。




