031
二学期入って二度目の登校日、俺はいつもどおりA組の教室にいた。
今日から、通常の授業が始まっていた。
夏休みが長かったので、まだ俺は夏休みボケが残って体がだるい。
白いシャツに黒いズボンの俺は、久しぶりの数学の授業を受けて疲れていた。
学校のエアコンが、とても心地よい。
歩く体力もない俺は無駄に動き回ることもなく、自分の椅子に座ってボーッとするのが至福の時だ。
「なんだ、暑いのか?」
「暑いに、決まっているだろ」手で仰ぎながら、暑さを凌ぐ。
「自転車通学だからな。由人も自転車通学だろ」
「これだけ暑いから、九月もしばらく夏休みでよくない?」
「そんなことより、俺が和成を呼んでくるように言われたんだけど?」
「誰?」
俺の質問に、由人が教室前のドアを指さした。そこには、杏那がいた。
白い半袖のシャツに、赤いリボン。白いスカートの女だ。
俺のクラスの女子が、なぜかドアのそばにいる杏那に憧れの視線を送っていた。
「ううっ、杏那か」大きなため息を、俺は一つついていた。
「磯貝さんと、何かあったのかよ?」
「いや、師匠になっただけだよ」
そう言いながらダルそうに俺は立ち上がって、杏那の方にゆっくりと歩いていた。
それに対し、女子がなぜか俺に対して睨むような視線をビシビシ感じていた。
(なにか俺、悪いことした覚えないんだけどな)
杏那の人気は女子の間でかなりの人気者だが、男子の中ではアイドル的扱いらしい。
逆に言うと、杏那と親しくしている人間は敵ということなのだろうか。男も女も、嫉妬は怖いものだ。
廊下にたどり着いた俺の前に、杏那がいた。
杏那は女子たちに手を振っていた。見た感じ、ごくごく普通の女子だ。
手を変な曲げ方で挨拶するあの仕草も。
可愛い仕草を終えた杏那は、俺の前では険しい表情に変わっていく。
「杏那、どうした?わざわざA組に?」
「あのさ、今日はテストするの?」
「テスト?ああ、宿題か」
「うん、コマンド。ユズのちゃんと覚えてきたんだから」
「それは偉いな」俺はなんとなく、杏那の頭をポンポン叩いた。
すると、廊下にいた女子が噂をしていた。
俺の前の杏那も、ちょっと顔を赤くした。
「ああ、ごめん。祈里と同じようにやっていた」
「ふん!別にいいんだけど」
手を払い、背中を向けていた。杏那が振り向くと、噂をしていた女子はピタっと止まった。
「ねえ、質問していい?」
「ん?」
「『カムチャット』のこと」
振り返る杏那。それは杏那が口にした、リアルファイターのキャラクターの名前だった。
その名前が学校で出た瞬間、少しだけ嬉しくなった。




