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バス停にある小汚い小屋の屋根の下、杏那と俺はメールアドレスを交換した。
考えたら、女子でメールアドレスを家族以外で初めて交換した。
学校の連絡網は、今時珍しい固定電話だけだ。
学校の生徒だと、俺は男子のライングループに入っていた。
「杏那はそういえば、男子のメールアドレス……」
「あるわけ無いでしょ」
「それじゃあ、初めて……か」
杏那は俺の言葉に、一切反応しなかった。
照れているのか、そっぽを向いていた。
「杏那……」
「なによ?」
「三十日の本戦まで、時間がない」
「知っているわよ、あと二十八日でしょ」
「当たり前だけど二十八日で、そんなに強くならない。学校だってあるし」
「それにあたしは、バイトもあるから」
「なおさらダメじゃん!」
いつの間にか、俺の方を振り返った。
このバス停には、俺と杏那の二人しかいない。
「杏那は、学校の成績が優秀だって聞いたし」
「まあ、あたしは学年常にトップ5よ」
自慢げにいう杏那、成績が優秀なのは由人が言っていたよな。
スポーツ万能だけど、部活はしていないということも知っていた。
見た目も可愛く、人当たりもよく、頭もいいほぼ完璧な女子だ。
「だから、まあ……宿題な」
「宿題?」
「ああ、俺の攻略本があるだろ」
「うん」杏那に、俺は『リアルファイター5』の攻略本を渡していた。
「ゲーセンにあるのは『リアルファイター6』だけど、杏那の使うキャラは『ユズ』。
同じキャラだし、技はほとんど変わっていない。
この攻略本のユズの技を覚えて、明日試験するから」
「ええっ!」杏那は驚いた表情で、俺を見ていた。
それに反応するかのように、駅に向かうバスがゆっくり闇の中から浮かび上がるように走ってきた。




