029
その日、俺の家のテレビは夜八時までリアルファイターだった。
父親もいなく、母親は家事をするから大体日曜は夜以外、来客がなければテレビはつけない。
俺の家の周りは、何軒かの住宅があるが基本田舎だ。
母親に言われたこともあり、杏那をバス停まで送っていくことになった。
夜道、杏那と俺は二人で歩く。
畑から夏の虫の鳴き声のようなものが聞こえた、田舎のあぜ道。
杏那の手には、来るときに持っていたデパートの紙袋があった。
そういえば、母親が杏那はお土産を持ってきていたって言っていたな。
「杏那、お疲れ」ねぎらう言葉を俺は、かけていた。
「全然勝てなかったわ」
「まあ、初心者だし」
「時間がないのよ」
杏那が、慌てるのは期限があるからだ。
杏那の父親が、初心者の杏那にあからさまにむちゃぶりをした。
今月末の県大会に出場して、父に勝つ。しかも初心者の杏那が、県大会に出る強さにならないといけない。
「あの子は、県大会に出たの?」
「祈里は昔の『リアルファイター6』の県大会に出たことあるけど、春は出ていないかな。
店舗大会で俺に負けて、受験生だから諦めたみたい」
「そう、でもあたしは全敗したのね」ため息混じりで、呟いた杏那。
自分が戦う世界が、いかにも難しいことを思い知らされたそんな顔をしていた。
「まあ、祈里はそれでも強いよ。
祈里に勝てれば、県大会には十分いけると思う。
ただ、秋の大会も受験生だから県大会には参加しないだろうけど」
「ゲーセンのも、強いの?」
「まあ強いよ。それに店舗だっていろいろあるし。
それより、選んだキャラのユズは気に入った?」
「ユズ……うん、可愛いわね。女の子っぽいっていうか、あんまり女の格闘家見たことないし」
「ゲームの世界だから……リアルだと、あちこち怪我するからアザとかあるしね」
ユズの顔を浮かべて、俺ははにかんでいた。
夜道を進み、バス停にたどり着く。
バス停で、時刻を確認する。スマホで時間を見ていた。
「あと十分か」
バス停のそばには、ボロボロだけど小さな小屋が見えた。
雨をしのげる屋根もあり、ポタポタと雫がたれていた。
そういえば、夕方雨が降っていたらしい。来る途中も、あぜ道に水たまりがいくつかあったな。
「ねえ、メアドを教えて」
「あ、ああ……そうだな」
そういえば俺は、当たり前だけど杏那のスマホの番号を知らない。
こうして杏那と一緒に俺は、メールアドレスを交換していた。




