024
磯貝 杏那はとてもイライラしていた。
俺の妹、祈里が今もコントローラーを持っていた。
テレビ画面は、キャラクター選択画面のまま。
すぐに杏那は、キャラクター選択として『ユズ』を選ぶ。
かなり本人もユズを気に入ったらしく、ずっと選んでいた。
しかし、祈里はカーソルを動かしても選択しない。
「ちょっと、早く選びなさいよ」
いらつく杏那が、祈里に言う。だけど俺は、祈里のやろうとすることは知っていた。
どのみち、キャラクター選択の制限時間はある。家庭用もゲーセンも同じだ。
制限時間は三十秒、これも全く同じ。
だけど、祈里は残り十秒になっても選ばない。
「あの、早く……」
カーソルを動かして、再び放置。
そして、制限時間の十秒が経過した。
制限時間内に選ばないと、最後のカーソルがある顔になるわけだ。
だけど、一つだけ例外があった。一瞬、ガルルっと獣のような声が聞こえた。
「さあ、いくわよって……」戦いが始まった瞬間に、杏那は驚いた。
その画面には、青い肌でものすごく大きな人型の人間。
祈里の後ろにいた俺は、不満そうに画面を指さした。
「サイクロプスって、正気か?祈里」
「ええ、最初の四本はくれてあげるわ。ハンデとして」
それは祈里からの、あからさまな挑発だ。
コントローラーを、自分の膝の上に手放して杏那を見ていた。
「な、なによ!あたしを馬鹿にしているの?」
杏那は不満そうに思いながらも、青肌の大きな人間を攻撃していた。
ユズのコンボもやや不格好だが、連続技が次々と決まった。
「一本目ねっ!」攻撃を出さない祈里に対し、杏那も手を緩めない。
二本目、三本目、四本目と連続で四ポイントを奪う。
杏那はつまり後一回、祈里の『サイクロプス』のライフバーを0にすれば勝ちだ。
「あと一本、あたしが取ればいいのね」
「取れればね」祈里はコントローラーを両手で握っていた。
その口元には、不敵な笑みを浮かべた。
「楽勝じゃない」
「杏那、あれは『サイクロプス』だ。隠しキャラだ」
「隠しキャラって?」
「まあ、一言言えばラスボス。通常は選択できないが、決められたカーソルを操作することで使える。
ラスボスだから、キャラクターの性能は反則だ」
「でも、たった一本でも取ればいいんでしょ」
「取れればね」もう一度余裕たっぷりに、祈里は杏那に対して言っていた。




