014
『御厨 祈里』とは、短い髪の幼い顔をした女の名前。平たく言えば、俺の妹だ。
歳は二つ下、つまり現在中学三年生の受験生だ。
現在は、家の近くにある公立の中学校に通っていた。
この家は土地もあって家自体も大きい。十畳ほどのリビングに大きなソファーが二つ。
奥にはシステムキッチン、さらに奥にはドア。
だが、この家にはテレビが一台だけ。
テレビには、PF4という家庭用ゲーム機が備え付けられていた。
テレビ画面には、3D格闘ゲームの画面だ。『リアルファイター5』というゲームだ。
「お兄ちゃん、勝負してよ!」家で風呂入ったあとは、大体決まって妹とゲームをするのが日課だ。
白く薄いシルクのパジャマを着て、コントローラーを持つ我が妹。
「仕方ないな……」俺もPF4のコントローラーを握っていた。
『リアルファイター5』それは、ゲーセンにある『リアルファイター6』の前のシリーズ。
ゲーム自体のシステムもほぼ一緒だが、画質と音楽がやはりゲーセンのよりスケールダウン。
ナンバリングも一つ手前なので、使えるキャラクターも二人少ないのが特徴だ。
まあ、家庭用に移植されただけに、いくつかモードも追加されたけど。
「一応お兄ちゃんは長野大会王者だし、全国一回戦敗退だけどハンデ頂戴」
「ハンデなしな」
「えー、なんでよ?」
「祈里だって、長野大会決勝に残っただろ。全国には、祈里が行っていた可能性もあるわけだし」
「お兄ちゃんは、全く持って妹想いじゃないんだからね……」
「そういえば、最近ゲーセン行っていない?」
「私、一応受験生だし」
などと言いながら、ゲームが始まった。二人でキャラクターを選ぶ。
俺が選んだのは、中国拳法の『ファン・ジャンチー』。
そして祈里が選んだのが魔法少女の『レイナ』。ツインテールで、かわいい系のキャラ。
攻撃の速度は遅く、リーチも短くかなり上級者向け。
見た目がかわいいアイドル系なので、人気はあるわけだが。
「受験生が、どこ受けるか決まったのか?」
ゲームのローディング時間を利用して、会話をするのも慣れていた。
コントローラーを操作しながら、相手の話を聞く技能。
その技能が祈里にも備わっていた。まあ、ほぼ俺の影響だが。
「うん、松本中央にしようかな」
「松本中央?祈里の偏差値なら、俺の所よりもっと上行けなくないか?」
「だってゲーセンないし」
「受験生だから、ゲーセン封印しているんだよな。今」
「まあね、松本中央ならゲーセン近いし」
「塩尻女子は?」
「塩尻女子は、偏差値68あるよ」
「でも、偏差値的には行けなくないだろ」
「模試次第かな」
こんな他愛もない会話をしながらも、キャラを動かしてゲームをする俺と祈里。
五本制の勝負で、まずは俺のキャラ『ファン』が連続技で一本を奪った。
祈里も、『レイナ』を操作しているけど、間合いを把握している俺のほうがキャラ性能的にも上だ。
「大体塩尻って、結構田舎でしょ」
「そんなことないって!ちゃんと、ゲーセンあるし」
「いいゲーセンは、学校選びのポイント高いね」
「あー、でもゲーセンなら『ゲーセンクラブ松本』かな。市役所と学校近くの……」
喋りながらも二本目も、俺の『ファン』が圧勝で取った。
「あそこ、優秀だよね。ビデオゲームも、UFOキャッチャーも多いし、プリ機も充実しているし」
「だろ、いつもあそこは帰りに寄っている」
そんな、兄と妹のゲームの最中だった。
ジリリリン、電話が鳴る。リビングに置いてある、白い固定電話だ。
携帯を持つ今のご時世、固定電話が鳴るのは珍しい。
「ちょっと、どっちか出て!」
キッチンに居る母親が、手が離せないようで大きな声を出した。
「仕方ないな」俺はコントローラーでタイムを押して、電話に近づく。
そして、俺は電話の受話器を取った。
「もしもし……」
「あの、すいません御厨君のお宅ですか?」聞こえたのは女の声。
「はい、そうですが」その声の主はどこかで聞いたことあるような声、しかも少し高い声だ。
「あっ、もしかして和成?」
「まさか、お前か。杏那かっ!」
俺は、思わず大きな声を上げてしまった。




