012
俺は、『磯貝 杏那』という人間を甘く考えていたのかもしれない。
初めて知り合って、初めてちゃんと話した人間。
名前すら知ってわずか一時間にも満たない少女を、俺は全く理解なんかできるはずもない。
「ねえ、いつまでガードをするの?」
「ガードは、このゲームだとすごく大事だ」
「なんでよ?相手のライフ、ちっとも減らないじゃない!」
磯貝はイライラしていた。いつの間にか俺のジョニーは三本連取していた。
「移動もガードも基本だし」
「そんなの、一個だけ覚えればいいでしょ」
「そんな甘くないし、攻撃はもうちょい経ってから」
そう言いながらも、俺のキャラが四本目を取っていた。
「よし。じゃあ俺のキャラ、ジョニーが五本目取ると終わっちゃうから入れ替わろうか」
「なんでよ?」
いかにも嫌そうな顔で、俺を睨んでいた。
「防御と移動ばっかりで、あたし全然面白くないわ!」
「そうは言っても、強くなりたんだったら防御と移動を覚えないと……」
「攻撃を教えてよ、このゲームはライフを減らさないと勝てないでしょ!」
杏那はあくまでも、俺に攻撃を教わりたいようだ。
だけど、俺はどうしても譲れなかった。
「攻撃より、まずはこの百円で防御と移動を覚える。だから入れ替わって。
全キャラクター、移動も防御も変わらないから……」
「なによ、防御と移動とか、あたしだって忙しいのよ!」
そう言いながら、顔を赤くして立ち上がっていた。
俺を激しく睨んで、頬を膨らませた。
「あたし、帰るから!」
そのまま、俺を置いて帰ってしまった。
俺は一人、そのゲーム筐体の前に取り残されてしまった。




