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俺は慌てて杏那から離れた。
こんな間近に、杏那の顔を見たのは初めて。
いや、そんなに意識をして見ていなかっただけかもしれない。
やはり、杏那はいい匂いがするし、ひたすらにかわいい。
俺もそれを見て、杏那から思わず離れた。
「ご、ごめん!」
「ううん、いいの」杏那は、指を胸に当てていた。
俺の表情が、一気に赤くなる。俺の心臓の音が、ドクドクと鼓動を立てた。
「で、でも……あれね」
「な、なんだい?」
「和成って、よくクラスが違うのに来てくれるのね……」
「まあ、当たり前だ。俺はお前の……」
弟子という言葉が、出てこない。
俺の顔も赤くなって、杏那から少し視線を逸らした。
「ねえ、今日勝ったら……だけど」
「どうした?」
「その……あの……」
「なんだよ、歯切れ悪いじゃないか」
「やっぱいい」
杏那は話しかけて、素直にやめた。
「おいおい、気になるだろ」
「ううん、いいの。和成はあたしから離れないで」
「ああ、わかっている。今日はお前の味方だ、勝てるように」
「あら、青春かしら?」
そんな中で、一人の人間が入っていた。
それは白衣を着た、背の高い大人の女性。年齢的には三十路といったところで、大人の妖艶さがある女だ。
見た目通りの保険の先生だ、しかも不敵に笑っていた。
「あっ、先生」
「あら、磯貝さん、それはなにかしら?学校に関係ない本よね?」
指をさしたのはゲーム攻略本、杏那のベッドの上で開かれていた。
「えっ、こ、これはその……和成のだから」
「そう、それじゃあ、没収ね。御厨君」
保険の先生は、甘い声で言いながらまっすぐこっちに向かってくる。
杏那のベッドに近づいた先生は、そのまま『リアルファイター5』の攻略本を拾い上げた。
「後で御厨君は、説教ね」
「お、おいっ!杏那っ!」
だけど俺の叫びも、杏那は無視した。
直前に、杏那に裏切られたのだ。恨み節に、俺は杏那を睨む。
だけど、杏那はごまかすようにベッドで狸寝入りをしていた。
そんな保険の先生は、攻略本をそのまま持ちながらにこやかな顔で俺の腕を掴んでいた。
「さあ、ちょっと(生活)指導の先生のところに行きましょうか」
保険の先生は、怪しく微笑んでいた。
白衣の天使より、白衣の悪魔のような笑顔を見せて。




