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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 アキはドラムセットに腰を下ろすなり、シンバルの向こうに広がる風景に息を呑んだ。天井の高さ、客席の広さ、全てが今まで行って来たライブハウスとは桁違いである。ここを自分たちの音で埋め尽くすなど本当にできるのかと、暫し呆然とした。

 「何か、昔Black Pearlのゲストで出た時に似てる。」ミリアがエフェクターボードを手にしたまま茫然と呟いた。

 「ああ、ああ。たしかに似てんな。ああいう所は虎の威でしか出れねえからな。今回もそうだろ。地元売れっ子バンド様がいるから、ここに立てる訳だからな。」シュンがいそいそとエフェクターのセッティングをしながら答える。

 ミリアはそれを聞きながらどこか物悲しくなる。今宵集まる千人は全てが全て、リョウを見に来る客という訳ではないのだ。リョウを知っている客はその半分、もしかすると十分の一にも満たないのかもしれない。でもいつかは―-。

 ミリアはキッとアンプを睨み付けエフェクターボードを下に置き、必ずやリョウの声とギターを聴くために、四方から客が集まって来るように、自らがしてみせると力強く決意した。そしてそのために、一度一度のライブを決して蔑ろにしないこと。全てに全力以上の力でもって取り組み、一人でもいいから心を震撼させること。絶望から這い上がる力を信じさせること。すなわちリョウの曲を刻ませること。それ以外に術はないのだとミリアは一人神妙に肯いた。

 その時である。振動を伴った爆音が鳴らされたのは。それはリョウのギターだった。ミリアは頭を上げ、リョウが楽し気に、この上なく幸福そうにギターを奏でているのを見た。うっすらと灯った客席のライトが、ステージ中央のリョウの影を長く伸ばしている。それは映画の最後のシーンのようにさえ思われた。それほどに印象的であった。

 だからそれを見て、ミリアは何だか泣きたくなった。この世でいちばん大切なリョウの夢が叶うのは、自分にとっても紛れもなく最大の幸福であった。リョウがどれだけ音楽を愛し、それしかできない式に自己を追いつめ、それに全ての価値あるものを投じているかを知っているから。どうにか、その努力の万分の一でもいいから報われてほしい。そのためであるならば、自分はどんなことでも、喜んで、する。そう切に願った。


 間もなく全員の準備が終わると、リョウの指示で、バンドとしての最初の音が落ちた。一瞬にしてこの広い会場にLast Rebellionの世界が具現化されていくのに、ミリアは涙の出る程安堵した。世界中のどこにいても、この四人で音を鳴らせば唯一無二の世界が目前に浮かび上がる。しかも完璧なまでのリョウの世界が。それを確信したのである。

 フロントでリョウは冷静を装いつつも(そうしなければ全体の音の微妙なバランスはわからない)、この音質の齎す迫力に突き上げるような興奮を覚えていた。地鳴りのようなドラミング、血を這いずり回るベースライン。そしてミリアの金切り声のような激情のギターソロ。それがはっきりと、形をもって迫りくる。自分を押してくる。支えてくる。リョウはそれらが頼もしくてしようがなく、どうしようもなく微笑んだ。絶望の詩を口にしながら、自信と安堵感、それからこの四人で、今宵まだ到達したことのない高みに到達できるに相違ないという確信めいた期待感に苦しささえ覚える。それと同時にシュン、アキ、ミリアに対する愛おしさのようなものが込み上げて来て、それが感謝の念だということだと気付いた時にはリョウは自分が別人になったかの如く衝撃を覚えた。

 バンドは自分の成果だと思っていた。僅かな疑いさえ抱く余地なく。なぜなら、自分が曲を作り詩を書き、メンバーを決定し、ライブを決め、ジャケットだのグッズをも考案してきたから。しかしライブという最も直接的に音を届けられるこの場においては、四人がいなければ己が音源として創り上げた世界は構築されないのである。

 各々の努力と自分の曲への解釈が今、この目前の世界を構築させているのだという至極当然の事実に逢着し、リョウは愕然とした。今まで、とんでもない思い違いをしていたような気がしてならなかった。

 咄嗟に振り返って、三人を眺める。三人とも真剣なまなざしで音を生み出していた。努力と奮闘の果てに生み出した各々の、音――。たしかに、シュンが冗談交じりに「修業をしていた」と述べた通り、自分が入院をしていた以前には無かった迫力とリアリティとがある。アキも単純な音数の増加のみならず、一音一音にストイックなまでの必然性が滲みだしている。それからミリアも――。自分をどこまでも追随してくるこの音は一体何なのだろう。自分の何をどこまで見、感じているのだろう。いずれにせよここまで到達するには相当の覚悟が必要である。単なる時間ではなく。

 自分が音楽に人生を賭してきたように、彼等もまた同じ、あるいはそれ以上に挑んできたのだ。

 リョウは力強く再び前を向いた。いつまでも浸っていたい思いを振り払うように曲を辞め、次々にPAに音作りの指示をしていく。李が厳しい眼差しでリョウの言葉を後方に向かい、怒鳴るように告げていった。それを幾度となく繰り返していく内に、やがて、音質、バランス共に文句の付けようはなくなった。

 ふと客席に視線を遣ると、そこには今日の対バン相手であろうバンドマンたちが、讃嘆とも嫉妬とも付かぬ眼差しで自分たちを見上げているのが目に映った。数人が拳を上げ、メロイックサインを投げかけ、最高だと言わんばかりの素振りを見せる。リョウはにやりと彼らに微笑み返し、振り返って「これでいけんな。」と、答えを待たない類の問いを三人に投げかけた。

 「凄ぇ音……。」呆然としたままシュンが答える。

 「マジで、凄ぇな。」アキが苦笑する。

 「聖地よりも凄いの。」ミリアも満身の震えを覚えながら答えた。

 

 四人はこれ以上ない達成感をもってリハを終えた。ヘッドライナーであろうが、誰であろうが、負ける気は微塵もなかった。それは自惚れというよりは安堵であり、期待感というよりは確信であった。全てのバンドと客を食ってやる、と四人は言葉にせぬ内に一斉に胸中に全く同一の炎を滾らせた。

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