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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 楽屋さえも、都内のライブハウスとは比較にならない程広い。あたかもオフィスの会議室と言った風情で、「おいおい、凄ぇな!」とシュンなどはそうでもしていないといられないとばかりに、部屋中を駆け回った。

 「ねえねえ、チケットは売れてるの? こんな広い所で……、お客さん、いっぱい来てくれる?」ミリアは眉根を寄せながら李に尋ねた。李はそのまま楊に伝え、「当日券がもう今日の午前中で売り切れてしまったということですよ。」と言った。

 「千枚も売れたの? 本当に?」

 楊は何度も頷き、親指をぐいと突き出した。

 「凄い! 招き猫のお蔭だ!」ミリアは両手を合わせて飛び上がる。

 楊は微笑み李に何やら伝える。

 「今日来るお客さんたちは、何よりも皆さん方の演奏を楽しみにしています。初めて日本を出てここでライブを行って下さるわけですから。台湾のファンは大喜びです。」

 「否、俺らも……、」リョウは照れ笑いを浮かべながら、「初めての海外公演がこんな場所でできて凄ぇ嬉しいすよ。こんなでけえ、綺麗な所でさ。」

 「日本と台湾は昔から兄妹国ですからね。文化で繋がっていけることは、お互いにとってこの上なく嬉しいことですよ。私も旅行会社に勤めて、こういう交流ができるのは本当に嬉しい。」李が心得顔に頷く。

 「ねえねえ、そんで楊さんは何でそんな日本語出来るの? 大学で勉強、したの?」

 「いえいえ、大学はアメリカですから。昔、小学校で日本人の先生に教わりました。遠藤先生という九州出身の先生。」

 「へええ。」ミリアは目を見開く。「台湾人なのに日本人の先生なの? なあんで?」

 「昔はここ、日本の統治下だったですからね。私たちぐらいの世代だと、学校で日本語を習いましたよ。だから話せるんです。そしてこうして、旅行会社に入って、日本から来るお客さん、案内できる。」

 「ミリア、あんまそのことは……。」アキが緊張感を頬に浮かべながらミリアに耳打ちをした。「人によっては気分悪くする話題だから、もうそれ以上は黙ってろ。」

 きょとんとミリアはアキを見上げた。

 「大丈夫ですよ。私は日本大好きですから。尊敬する人がたくさんいます。小学校の先生もそう。友達でも立派な人がいました。それ以外にも色々な面で台湾を良くしてくれた人がたくさんいますよ。日本人の方がそれを知らないでいるから、学んでほしいと思っているんです。」そう言ってにっこりと微笑んだ。「では、準備が出来たらステージ来て下さい。リハーサルしましょう。私がステージの下で、皆さんのご要望を係の者にお伝えしますから。安心してください。」李はそう言い残すと、楊と共に楽屋を去って行った。

 リョウは楽屋に並べられた楽器の前に坐り込み、緩衝材を巻き取って行く。

 「ねえ、どうして李さんに日本語のこと聞いちゃいけないって言ったの?」小声でミリアはアキに問いかけた。

 「あのなあ、日本が勝手にやってきて色々やったんだからイヤに思う奴だっているだろ。台湾の文化ぶち壊したとか、そう思ってる人も少なからずいる。もちろん李さんみてえに感謝をしてくれる人もいるけど、人によって感じ方はそれぞれだからな。やべえ話題であることには関わりねえ。」

 「そうか……。」リョウも一瞬手を止めて肯いた。「これから海外に出ていく時には、そういうのもちゃんと勉強しねえと、まずいな。」リョウが殊勝なことを言い出したので、「お前、勉強とかできんのか。」シュンが目を見開き、すかさずリョウに蹴とばされた。


 四人はそれぞれ厳重に巻かれた楽器類を取り出していく。

 「これ、帰りも使うからな。びりびりにすんなよ。」

 リョウに言われ、「大丈夫よう。」とミリアも自分のギターから丁寧にビニールを剝がしていく。

 「にしても海外だっつうだけでも感涙モンなのによお、こんなでけえ所でできるなんて、マジで夢みてえだ。やっぱ日頃善は積んどくもんだな。俺、結構電車ん中じゃおばあちゃんに席譲る派だし、エレベーター乗る時とかは『開く』のボタン押し係率先してやるしな。やっぱそういうのって大事だよな。自分に戻ってくるよな。」シュンも本当に泣いているのではないかと訝る程に声を震わせて言ったので、アキも口を挟もうとはしなかった。

 「しかも千枚のチケットが完売。ヘッドライナーじゃねえとはいえ、上等すぎる海外公演への第一歩だ。」リョウも満足げに微笑む。

 「ミリア目当ての客も多いみてえだな。」アキがミリアの機材を取り出すのを手伝ってやる。

 「ねえねえ、アキ。ミリア、本当に『雑誌ではお洒落なのに今日はそうじゃないわ』ってがっかりされないかしら。ワンピースはデート用に一枚持って来ているの。可愛いやつ。そっちにした方がいいかな。」

 「そんなんちゃらちゃらしたのでヘドバンできんのかよ。」リョウに舌打ちされ、ミリアは静かに首を横に振る。

 「そうそう、媚びるのは俺らには似合わねえぜ。」シュンがそう言ってミリアの肩を叩いた。「大体気持ち悪いだろ、リョウが媚びてたら。」

 「気持ち悪い。」即答したミリアをリョウが思わず振り返って睨む。

 リョウはハードケースからギターを取り出し、蛍光灯の光に当てるように高々と掲げると、にんまりと笑んでネックにキスをした。「こいつがいりゃあよお、俺は無敵だぜ。」

 「後は入院してる時、全部売っちゃったから。」ミリアが生真面目に補足をする。

 「最高の音を響かせてやるぜ。俺の今までの人生全てをかけてな。」

 リョウはそう言いつつギターを掲げ、立ち上がった。「じゃあ、いよいよステージ行ってみっか。俺らにとって初の海外の戦場だぜ。……うおおおおお!」突如唸りのような声を上げたので、ミリアはびくりと身を震わせた。しかしそんなことには全く介さず、吠えたまま喜び勇んでステージに飛び出していくリョウの後姿を、ミリアは唖然と眺めた。

 「今までで一番嬉しそう……。」

 「まあ、リョウにとって海外公演は長年の夢だったからなあ。せいぜい俺はミスらねえようにしねえと、流石にここでやっちまったらリョウにぶっ殺される気がする。……機材トラブルも絶対ねえようにしとかねえとな。」シュンがごくりを生唾を呑み込んで言った。

 ミリアは神妙に肯く。

 「じゃあ、俺らも行くか。」アキがスネアをシンバルを手に立ち上がる。「見たことのねえ風景を拝みにな。」

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