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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 家に入ると「おかえりなさあい。」という元気いっぱいな声が台所から聞こえる。「あのねえ、遠征行くからお肉とお野菜、全部使っておかないといけないの。」三つあるコンロを全て使いながら、ミリアが手際よく何やら料理を拵えている。

 リョウはそこを覗き込んで、「随分豪勢にしたなあ。」と呟く。肉じゃがに鮭のソテー、それから野菜とベーコンの炒め物に、煮卵まである。

 「でもたった二泊三日だぞ。」

 「うん。でもね、明日のお弁当の分もあるし。」

 「弁当?」

 ミリアは顔を上げて、「そう。」と微笑んだ。

 「あ、あのな、それはいらねえぞ。飛行機ん中で飯が出るんだ。」

 「そうなの?」ミリアは目を丸くする。「飛行機の中にレストランがあるの?」

 「まあ、違うが、その……、飯をな、座席ん所に持って来てくれるんだ。スチュワーデスっつう綺麗な姉ちゃんがよお。つうか、前お前に肉と魚どっちがいいかって聞いたじゃねえか!」

 「そんな、飛行機ご飯のことだなんて、思わなかったわよう! ……ああ、明日シュンとアキの分もおにぎり作って行った方がいいかと思って、ご飯五合も炊いちゃった……。」

 新婚旅行だと張り切っていた癖に、一体何を考えているのだろうか。少々気合の入った遠足ぐらいに思ってるんじゃあないかと、リョウは呆気に取られた。

 「まあ、今晩と明日の朝飯で食っちまえば、いいから。ライブ前だしな。しっかり食わねえといいプレイはできねえ。」

 「うん!」嬉し気にミリアは肯いた。「リョウ、いっぱい食べてね!」

 ミリアのこういう特殊な思考も、もしかすると父親の血なのかもしれないと思えば、ジェイシーとやらへの期待も下がる。


 ミリアはやたら大盛りの茶碗に、おかずを次々とテーブルに並べていった。

 「そうだ、あれだな。初海外公演のお祝い。」リョウは箸を握り締め固く肯く。

 「そうね、リョウがずっとずっと夢見てたことだわ。」ミリアはさっと立ち上がって、棚の中に置かれた小さなケースから、ピックを一枚取り出した。それは園城のピックである。「園城さんも、連れてく。みんなの夢。」

 リョウは少々恥ずかし気に視線を落とし、茶碗を持った。

 「リョウの夢が叶う所にミリアがいて、そんで一緒にギターを弾けるって本当に幸せ。新婚旅行の醍醐味ね。」

 リョウは今度は唖然としてミリアの顔を見詰めた。新婚旅行というのは、十分にライブも踏まえられていたのかと今更ながら訝って。

 「お前……。」

 「ねえ、リョウ、ミリアの今までのお願いは全部、神様が叶えてくれてんの。知ってる?」

 「……い、いや。」

 「リョウとずっと一緒にいれますようにっていうお願いも、叶った。それからリョウの夢を知ってからはリョウの夢が叶いますようにって、毎晩寝る前にお願いするようになった。それを一番近くで見せてくださいって。それがね、明日叶うの。ね、全部でしょ? 神様っているんだよ。」

 リョウは目を瞬かせる。一瞬本当に、ミリアには神に寵愛されているのではないかと思いなしたのである。それは、人生の最初で一生分の絶望を思い知ったがために? それとも、元々そういう星の元に生まれたのか?

 「何? 緊張してんの?」ミリアはくすくすと笑いながら、再びソファに腰を下ろした。

 「いやまさか。」リョウは苦笑し、慌てて茶碗を掻きこむ。

 「大丈夫よう。Last Rebellionは海外の一流バンドにも匹敵するサウンドと迫力と、ヘヴィネスさと、とにかく全部兼ね備えているって言ってたもん。」

 「誰がだよ。」リョウはわざと眉根を寄せて、不機嫌そうに言った。

 「『BURRNING METAL』の尾田さんだわよう。」

 「ああ」、とリョウは肯いた。

 「台湾のフェスもね、満を持して海外へ打って出る、乞うご期待って、言ってたもの。」

 「ああ、ああ、この前のライブん時な。でもな!」ぐい、と顔をミリアの前に寄せ、「それはそれでいいが、お前、自惚れんなよ。あのな、自惚れてもいいが、それは一秒以内に留めろ。一秒以上自惚れるとテクが落ちてみるみるギターが弾けなくなり、やがては身を亡ぼす。俺はそういう野郎をイヤっつう程見えてきた。お前はそうなっちゃ、いかん。」

 ミリアは目を見開いて息を呑んだ。「……わかった。」

 「わかったなら、よし。まあ、一秒以内なら自惚れてもいいぞ。一秒以内な。」

 ミリアは暫く逡巡して、難し気に顔を顰め、そして「えっへん!」とやたら晴れ晴れとした顔で胸を張った。「おしまい。」再び真顔に戻る。

 「よし。」リョウは満足げに肯くと、野菜炒めを茶碗に取り、再びがっつき始めた。「ほら、お前もいっぱい食えよ。明日の夜はもうライブなんだかんな。体力付けて挑まねえと、ガタイのいい外人部隊に負けちまうからな。明日は日本代表デスメタルバンドっつう看板も背負っていくんだ。心していかねえと。」

 「うん。」ミリアも大口開けて飯を掻き込んだ。しかし既にミリアの胸は一杯である。ようやく明日、リョウの長年の夢が叶うのだと思えば、何も食べなくても勝手に腹は、心は、十分すぎる程に満ちていく。そしてその隣で自分がその夢を叶えるための、重要なピースを担うのだと思えば一層。ミリアはとかく幸福であった。このために自分はこの世に生を受け、絶望を経験し、リョウと出会い共に生きて来たのだと心底確信したのである。

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