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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 ミリアは静かに中の紙を取り出した。

 リョウは目を細めてその様を眺める。

 ミリアは熱心に文書を読み始めた。読んでいて、途中息苦しいのか唇が開いた。肩が上下し始めた。手を震わせながら、何度も同じ箇所を目でなぞっているように見える。

 外から聞こえてくる雨の滴る音が延々に続くように思われてくる。全てから排除されたような、世界で二人きりになってしまったような、妙な感覚をリョウは覚えた。


 そうして遂に、ミリアは手をゆるゆると下ろして目線を静かにリョウに向けた。――しかし半開きになった口からは何も出てこない。目線は細かく震えている。リョウは努めてそ知らぬ顔をして、待った。自分で消化しきれない結果を言語化するのに、多大なエネルギーを要するのはわかっていた。だから、「どうだった?」という一言をミリアが期待していることもリョウには無論わかっている。でもそれを言ってしまえばミリアが自分の責任で受け止めたとは言えなくなってしまう気がして、リョウは目を細め、ただ雨の音を聞いていた。静かな、涙のようなその音を。

 ミリアはついに息を吐いた。

 「……兄妹じゃ、なかった。」

 リョウははっとなってもう一度耳を澄ました。ミリアの唇は震え、妙な形に歪んでいた。

 「リョウとミリア、兄妹じゃない……。」信じられないとばかりに、だから自分に言い聞かせるように、ミリアはもう一度繰り返す。

 「……そう、か。」リョウの脳裏には今までのミリアとの思い出が恐ろしいぐらいの勢いで一気に去来した。ミリアが自分の家の玄関前で眠りこけていた、最初の邂逅。自分の作った拙い料理を美味しそうに頬張る姿。そしてギターを弾いて、見事なまでのステージングを披露し、精鋭たちを狂喜させ……。

 しかしそこに負に類する感情は生まれなかった。本当に、すっきりするぐらいにリョウは不思議と落胆も、悔恨も、自嘲も、何も感じないのである。

 「お前と俺とは、……血の繋がりが、なかったんだな。」

 ミリアはしかし思った程喜びを表すこともなく、ただ伝えることだけに専念するかのように、大きく肯いた。

 「……そっか。」リョウは肩を落とし、深々と溜め息を吐いた。それが無念であるのか安堵であるのかは自分でもよくわからなかった。

 「ごめんなさい。」ミリアの声は震えていた。「……ごめんなさい。」

 「何で、謝んの?」

 「リョウは……、リョウは、ミリアの面倒見る必要なかった。全然関係ない人で、」その言葉が齎す残酷性にぞくりと身を震わし、ミリアは倒れ込むようにその場にへたり込んだ。慌ててリョウはミリアに駆け寄る。

 ミリアの顔面は蒼白で、息ばかりが上がっている。

 「もう関係なくねえだろ。」リョウは必死に笑みを貼り付かせて言う。

 「兄妹って嘘、吐いた。ごめんなさい。」わっと泣き伏した。全く嬉しくはないのである。子供が作れる、本当の夫婦になれる、そういった予期していたような感情が、一切浮かび上がってこないのである。

 「お前が好き好んで嘘言った訳じゃねえだろ、お前も俺も兄妹だって信じてたんだから。」リョウは封筒の中身を取り出し、中を見た。

 ――黒崎亮司は黒崎ミリアの生物学的兄にはあたらない。黒崎亮司と黒崎ミリアには父性及び母性由来すべきDNAが存在しないため、生物学的な兄妹ではない。総合兄妹指数は0である。――

 「マジかよ……。」リョウは呟いた。そして少なからず慌て出した。「だって実際似てんじゃねえか。音にしろ、プレイにしろよお。同一の域だぞ。……これ、間違ってんじゃねえのか。」

 しかしミリアは肩を上下させるばかりで答えない。

 「……な訳ねえか。だとすると、つまりどういうことだ? だってよお、俺の面はどう考えたってあのクソ野郎に似てるよなあ。んなの俺だって我慢ならねえが、実際、そうだろ? お前だって最初に俺を見た時、親父だと思ってパニック起こしただろ? 映画の撮影ん時だって、俺の面を見たら親父を思い起こすからっつって、暫く会わされなかったんじゃねえのか? そんだけ似てるっつうことは、とりあえず俺の父親はあいつで、お前の父親があいつじゃなかったってことか……?」

 ミリアはまだ茫然としている。

 「……お前の父親は、誰なんだ。」

 雨の滴る音が再び静寂の部屋を支配する。リョウはふと眼差しを上げた。

 「あいつなら、……知ってっか。」

 「あいつ?」ミリアはしゃがれた声を発した。

 「お前の、母親。」

 リョウはそう言って肯く。

 「そうだ。お前の母親に、ミリアの父親は誰なんだって聞いてみるか。」

 「ダメ! おっかないもの! また、ミリア寄越せって言われたらどうするの? やめてよう!」

 「だよなあ。こっちで接近禁止とか言っといて、のこのこ出てくのもなあ。……でも、本当にこの結果通りなのかどうなのか、知ってるのはお前を産んだあいつにしかわからねえだろ。言っとくが、お前とあの母親は見たくれだけはそっくりだかんな。」

 ミリアは手で顔を覆って、イヤイヤをするように顔を振った。

 「しょうがねえだろ。俺があのクソ野郎と似てんのと同じだ。我慢ならねえぐらいムカつくがしょうがねえ。……大丈夫だ、お前は何もしなくていい。俺はあいつにミリアの父親は誰だっつって聞いてみる。もちろんあいつがかつての仇敵である俺にマジなこと言うかどうかはわかんねえし、しょっちゅう男をとっかえひっかえしてる奴だと、父親が誰かなんて覚えてるかどうかも微妙だけどな。」

 「いいよ、いいよ、もう。」ミリアは泣きそうな声で訴えた。「パパなんか誰でもいい!」

 「否、お前は良くても俺は我慢ならねえ。俺らに血の繋がりがねえっつうんなら、じゃあ、実際どうなってんのか知る権利ぐれえはあるだろうよ。大丈夫だ。直では行かねえ。そもそもあいつの連絡先なんざ知らねえしな。裁判請け負ってくれた社長ん所の弁護士さんに、あいつの連絡先知ってっか聞いてみる。そんで知らねえとか、そもそも接近禁止なんだからダメつったら、諦める。でも俺は悪いがこんな紙切れ一枚きりじゃあ納得いかねえんだよ。」

 ミリアは途方に暮れた。自分のしたことが過ちであったのかもしれないと後悔の念が萌し始めていた。

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