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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 年末を迎え、年が明けるや否や、ミリアは毎日のように仕事に繰り出していった。

 目指すは六万円。これさえあればリョウとの本当の関係が明らかになるのだと思えば、仕事の予定が入るのが嬉しくて叶わず、ミリアは勢い込んでチラシのモデルから、ローティーン向けの化粧品メーカーのモデル、企業のパンフレットのモデルと多種多様の仕事を次々にこなしていった。


 そうしてようやく六万円の目途が立ったのは、一月も終わりに差し迫った頃であった。バンドとしても初の海外公演に向けて余念なくリハを繰り返し行い、リョウの喉も好調で、後は曲順を決め、繋ぎを細かに決めていくばかりとなった。

 そんなある日、ミリアは何度も自分の通帳を見ながら稼ぎが六万円になったことを確認し、スマホを使って遂に、遺伝子検査の申し込みを行った。そんな大金を、しかもリョウに内緒で使うなど今まで一切経験のないミリアは、一人震える指で申し込みの部分をタップした時にはどっと背に汗さえかいた。

 早速三日後の、指定した午前中に検査用のキットは送られてきた。リョウがレッスンで出計らっている折を狙ったのである。早速説明書を取り出し、検査方法を熟読する。ネットで既に見ていた通り、キットの棒でもって頬の裏側を擦るだけである。いかにも簡単そうではあった。ただやはり問題はリョウの細胞を取ることである。ミリアは暫く考え、そしてやはり寝ている所を狙うしかないだろうという結論に至った。

 その日、リョウが帰宅をするとミリアは知らん顔をして食事を作り、他愛のない会話をしながら食べ、風呂に入り、そしていつものようにおやすみなさいを言って早々にベッドに潜り込んだ。

 リョウもリビングでギターを弾いたりパソコンに向き合って曲を作ったりしていたが、やがて十二時にもならんとする折、漸くリビングの明かりを消して寝室に引っ込んだ。ミリアは待っていましたとばかりに、布団の中に忍び込ませていた検査用のキットをそうっとを開け、小さな棒切れが二本入っているのを確認した。

 ミリアは思ったよりも随分小さなそれを取り出して、半信半疑でその棒切れを自分の口に突っ込み、説明書にある通りに頬の裏がわを擦ってみた。痛くもなし、特に削られているような感覚もない。ミリアは心配になって執拗に引っ搔いて棒を取り出し、暗闇の中、目を凝らしてまじまじと見つめた。細胞、とやらが取れたのだか取れないのか、目ではわからない。しかし説明書きには二、三度擦ればいいと書いてあるので、その十倍は擦ったのだから大丈夫であろうと、見た目には何ら変わるところのない棒をパックに入れて閉まった。

 今度はリョウの分である。お酒でも飲んでぐうぐう寝てしまえばいいのに、とも思うが退院してからリョウは全くと言っていい程に飲酒はしない。ミリアが体に悪い、と禁じたこともあるが海外遠征を控えてリョウなりに健康に気遣っているのであろうということは容易に想像がついた。リョウは音楽のためであるならば、至極真面目なのである。デスボイスに翳りが出ると煙草は絶対に吸わないし、ライブ前にはマスクをしていたりもする。二時間ステージングを行うために筋トレだってまめに行うし、肺活量を上げるためと言ってマラソンを走ったりもする。

 ミリアはリョウの寝息が聞こえてこないか壁に耳を当てて耳を澄ました。―-無音である。ミリアは棒切れを掌に握り締め、起き上がり、そっと寝室を開けた。

 「どうした?」眠たげなリョウの声が布団の中から聞こえる。

 「……一緒に、寝よ。」ミリアはそう呟いて有無を言わさず布団の中に潜り込む。リョウはしょうがねえな、とばかりに布団を上げ、半分眠りに落ちたままミリアを招き入れた。

 ミリアは温かなそこに身を滑らせると、すぐさま目を閉じて寝たふりをする。早くリョウの規則正しい寝息が聞こえてこないか、頭ではそればかりを考えている。

 間もなく期待のそれは聞こえ始めた。リョウの寝つきはすこぶる良い。ミリアはそっと目を開けてリョウを横目に眺める。口は、開いていない。早く鼾でもなんでも掻きながら大口開け始めないかと、リョウが目を閉じているのをいいことに、今度はより近寄ってまじまじと見つめ出す。しかしなかなか口は開かない。ああ、今日は何とか記念日とでも言って、お酒を買ってくれば良かった。ミリアは苛々しながらリョウの口許を睨むようにして凝視する。掌には検査用の棒切れが既に肉体の一部であるかのように、しっかと握り締められている。

 ミリアはそのまま三十分も待った。しかしリョウは口を噤んだまま、開けてくれる気配はない。ミリアは諦めかけた。しかしこちらは六万円の大金を既に投じているのである。失敗をする訳にはいかない。

 ミリアは耐え兼ねて、遂に指でリョウの唇に触れてみた。リョウは顔を顰めて唇を動かした。ミリアはぱっと満面の笑みを浮かべ、更にもう一度唇をこじ開けるように指先を動かし、触れてみた。今度はリョウは痒そうに大口を開け蠢かした。ミリアは今だとばかりに、そっと棒切れを袋の中から取り出す。それを震える手で未だ蠢き続けているリョウの口の中に入れてみた。心臓が高鳴るのを抑えつつ、そのまま頬の裏側を二、三度なぞった。たしかに、棒先はなぞった。ミリアは急いで立ち上がった。

 リビングに戻り、すぐさま棒切れを袋に入れる。

 ――終わった。

 激しい鼓動と共に、感極まる達成感がミリアの身を襲った。後はこれをもう一度会社に送るだけでいいのだ。これで、リョウとの本当の関係が知れるのだ。ミリアは震えるような歓喜を満身で味わいながら、そっと棒切れ日本を箱詰めし、かばんの奥に入れ込んだ。明日仕事に行く序にポストに入れよう。暗闇の中でミリアの目だけがらんらんと輝き渡った。

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