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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 年度末は大抵幾つものライブの予定が入る。しかし今年に限ってはLast Rebellionは初の海外公演に向けたリハと曲作りに忙しく、ライブの予定は一つもなかった。だからユウヤ率いるLunatic Dawnやら、その他のデスメタルバンドのライブに顔を出す以外は全て、リョウは特に曲作りに専念していた。

 やはり死というものに肉薄した後ではものの見方がまるで、変わる。少なくとも今までの歌に籠めてきた死は虚構に過ぎなかった。そういった一種の恥辱にも似た感情がリョウの創作意欲を今までになく掻き立てていた。全てを塗り替えたくて溜まらない。今まで自分の名で発してきた楽曲では到達し得なかった高みを、形にしたい。ほとんど取りつかれるようにしてリョウはひたすらパソコンに向き合い、ギターを爪弾き、自分の見た死を音にしていった。

 ミリアもその傍らでギターを弾くものの、やはり物寂しい。街中が浮かれ騒ぐクリスマスもリョウはその日の存在に気づいているのだか、どうでもいいのだか、とにかく一切何ら変わらずひたすら曲を作るばかりなのである。無論それがリョウの生き甲斐であり、使命であり、一般世間の雑事に比肩するようなものではないことぐらいミリアは重々承知している。でもやはり過去の思い出がミリアの胸中を去来する。すなわち、クリスマスに街へ出かけて行ったこと、クリスマスケーキを二人で選んだこと、いつの間にかリョウがプレゼントを用意してくれていて、枕元においてくれていたこと……。その一つも、今年はないのである。健康なリョウがいてくれるだけで満足をしなければならない、誰よりも素晴らしいキラーチューンを生み出すリョウを誇りに思わなければならない、頭ではわかっている。しかし胸中吹きすさぶ寂寥の風を止ませることはできずにいた。

 「明日撮影のお仕事なんだ。」

 しかし、パソコンに向き合って曲作りに励むその人からの返事は無い。

 「新年に都内の商店街で出すチラシなの。安くなっているお洋服、着てみていいのあったら、買っちゃおうかな。大学生になったらお洋服、必要だし。」

 「……そだな。」リョウは漸く返事をすると、手元の既に冷たくなったコーヒーを取り、啜った。漸く休憩時間になったとミリアは心躍る。

 「何か、最近雑誌以外にも色んな仕事してんな、お前。」

 「大学決まって、お休みになったからよ。」ミリアはどきりとしたが努めて笑顔で答えた。遺伝子検査のために仕事を増やしてもらったなどということは、絶対に気付かれてはいけない。アサミに仕事の依頼をした後、忠告を受けていたのである。


 「お金が必要なんですか?」アサミはミリアから仕事の依頼のメールが来た後、即座に携帯に電話を入れて来た。前回リョウの医療費に家賃、その他生活費諸々が行き詰まりAVの仕事を要求して来た前例があったためである。

 「大学の費用とか、ですか?」

 ミリアは口籠る。たしかに来年度、再来年度と授業料は必要にはなるが、リョウは既に入学金だの初年度授業料等は合格直後に既に払ってくれている。ミリアは仕方なしに、「その……、検査をしようと思って。」と言った。

 「検査? ミリアさん、どこか悪いんですか?」アサミは余計に慌て出した。

 「違うの! そうじゃなくって……。その……、リョウとミリアは本当に兄妹なのかなって思って、それでその……、遺伝子検査っていうのがあるみたいで……。」

 「え。」アサミは絶句する。

 「リョウとミリアはパパがおんなしだと思ってたけど、もしかしたらそうじゃないってこともあるかもしれないなあって、思って。」

 「そ、それ、リョウさんは了承しているんですか。」

 ミリアは黙した。「それは、……だって、サプライズなんだもん。」

 「ダメですよ。」アサミは訴えるように言った。「リョウさんの出自に関わることなんですから、まずはリョウさんの了承を得ないと。それに内緒で検査はできないでしょう。」

 「寝てる時リョウの口の中に綿棒入れて取る。」

 「何でそこまでして検査に拘るんですか。もう、結婚式だって挙げてずっと仲だって良好でしょう? 病気だって乗り越えて、絆だって余計に深まったぐらいでしょう? なのに今更遺伝子検査なんて……。」

 「でも、リョウともし兄妹じゃなかったら、赤ちゃん、産めるもの……。」

 アサミははっと息を呑んだ。自分の妊娠がミリアに影響を与えたことに今更ながら気が付いて。

 「兄妹じゃあ、劣性遺伝子が表に出ちゃうから、赤ちゃん、遺伝子病ってのになっちゃうんだって。ユウヤが言ってたの。だからリョウとの間に赤ちゃん作るのはヤバイって言うの。ミリアもだったら別にいいやって思ってたけど、ユリちゃんと話してて、ミリア、今までリョウからリョウのママの話聞いたことないことに気付いたの。きっとリョウも知んないと思う。パパがおっかないからすぐに出てっちゃったみたいだし……。ミリアのママはもう違う男の人と結婚してるし……。だから……、もしかするとパパも一緒じゃないかもしんないって思って。そうしたらミリア、リョウの赤ちゃん産めるでしょ。」

 ミリアの声はいつしか泣き声になっていた。

 アサミは言葉を喪う。何と言ったらいいのかわからなかった。羨望を植え付けたのは紛れもなく、自分だ。それが嫉妬に到達しない所にミリアの美しい純粋さはあるのだが、それでもアサミは心苦しくて叶わない。

 「……ミリアさんの思いはわかりました。でも、やはりリョウさんに言うべきです。反対はされるかもしれませんが、ミリアさんが将来的にリョウさんのお子さんを欲しいと思うのであれば、それを真摯にまずは伝えるべきです。リョウさんにしてみれば、ミリアさんが実の妹であろうが他人であろうが、赤ちゃんの問題さえなければ、もうどうだっていいことですよ。どっちに転んでもお二人の関係性は変わりません。だからまずはとにかく了承を得ないと……。そんな寝ている内に細胞を取るなんて、ダメですよ、絶対。結果が出れば必ずリョウさんにはわかってしまうのですから、その前にきちんとお話しておくべきです。いいですね。」


 ミリアはしかし今日の今日まで遺伝子検査の件は一言も言い出せなかった。リョウはそんな検査に何万もかけることを知ったら卒倒するに決まっている。これがギターだの機材だのであれば、数万ぐらいほいほい出すのが常であるのだが、それ以外は恐ろしく吝嗇なのだ。

 しかしそれよりも――、リョウは自分をどう見ているのだろう。ミリアはそちらの方が自身の不安を増長させていることに気付いていた。つまり、自分を今もあくまで妹として見ているのであろうか、ということである。万が一他人だとなったら、自分がそうであるようにこれで本当の夫婦になれると喜んでくれるのだろうか、それとも他人の面倒を一方的に押し付けられたと怒りを覚えるのだろうか。

 ミリアは答えの出ぬ苦悩にふうと溜め息を吐いた。


 「ああ、やっぱキラーチューンかと思ったのに、ダメだ。ごみ箱行きだ。なんだったんだ、俺の頭の中で鳴っていた時は間違いなくデスメタル界の歴史を変えるキラーチューンだったんだよ、ああああああ。」リョウはそう言って頭を掻き毟り出す。

 「じゃあ気分転換に、お外行きましょうよう。」そう言ってミリアはリョウの腕を揺さぶった。リョウは睨むようにしてミリアを見詰める。

 「こんのクソ寒ぃ中、用もねえのに何しに行くんだよ。」

 「用はあるよう! だってだって」ミリアは意を決して声を荒げた。「今日はクリスマスじゃないのよう!」

 リョウはぽかんと口を開ける。

 「ちっとも何にもリョウは世間のこと知らないのだから! どこだってクリスマスのお歌が流れているわよう! ピザ屋さんはみんなみんなサンタさんになってバイク載ってるわよう!」

 「あ。」リョウは明らかに今気づいたと言わんばかりにカレンダーを見た。「……そうか。」

 「そうか、だなんて! ああ! ミリアが小さい頃はリョウはとってもとっても優しかったのに! 駅前のツリーだって見に連れてってくれたのに! そんでケーキとチキンも買ってくれたのに! そんでクリスマスソングまで作ってくれた! 結婚したら、釣った魚にご飯は差し上げないタイプなのね。そういう人がいるって聞いたことあるもの。まさかリョウがその張本人だったなんて、まあ、酷い!」

 リョウは憮然としながら「あん時はお前がちんけなガキで親はいねえし、ちっとは普通一般のクリスマスっつうのを味わわせてやりたくって俺なりに試行錯誤したんじゃねえか。でももうお前は勝手にケーキだってチキンだって買ってこれるだろうよ。」としかしどこか申し訳なさそうに呟く。

 「ダメよ! 一人で買いに行くなんて、そんな、一人だなんて……、迷子になっちゃうもの! ミリアは断然リョウと仲良くしてたいのよう!」もう自分でも何を言っているのかはわからない。

 「わーかった。」リョウはガタンと立ち上がって、「行くぞ。」と言下に呟いた。

 「……どこに?」ミリアは不安と期待の入り混じった眼差しでリョウを見上げる。

 「駅前だろ、駅前。木見てケーキ売ってたら買ってきて、あとはチキンだあ? まあ、気晴らしに行ってみるか。どうせここで頭抱えてたってキラーチューンは生まれねえんだしよお。」幾分不貞腐れたようにリョウは肩を落とした。

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