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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 打ち上げの会場となった居酒屋ではリョウとミリアを除いたメンバーとユウヤ、それにローディーがこぞって酒だのつまみだのに興じていた。

 一通り騒いでローディーが瞑れて部屋の隅で鼾をかき始めた後、「兄貴、ミリアに対して変な引け目みてえの感じなきゃいいんだけど……。」酒には滅法強いユウヤがビール片手に茫然と呟く。

 「なんの引け目だよ。んなのある訳ねえだろ。あのkingに。」シュンがそう言ってユウヤの肩をどん、と叩いた。

 「……否、ミリアがさ、楽屋で子供欲しいみてえなこと言ってたじゃん。」

 「ああ。」シュンが大口開けてイカの燻製を頬張る。「ありゃミリア納得したろ。リョウといるの優先だって。そりゃそうだ。そんでやっぱ子供が欲しいから他の男と引っ付きます、なんてあいつに限って想像できねえからなあ。」

 「想像できねえから、思ってても言い出せねえのかもよ。」アキが赤い顔をしてウイスキーをちびちび舐めながら言う。

 「まさか。」シュンは目を見開いた。「あいつが誰に心変わりすんだよ。まさか、あのお坊ちゃんか?」

 「否、誰にって訳じゃなくて。たとえば後々ミリアが本気で子供欲しがったとしても、なかなかそうは言い出せねえんじゃねえかってこと。だってよお、十年以上もリョウ一筋で生きてきてんだぜ。仮に心変わりしたとしたって、そうはなかなか表現はできねえだろっつうことだ。」

 「ガキなんざどっかから貰ってこいよ。」面倒くさそうにシュンが呟く。

 「まあ、それで満足できんならいいけどさ。」

 「なあんか今日も、兄貴に似てるっつわれてあんま嬉しそうにしてなかったすからねえ。ちょっと前までは大喜びしてたのに。」ユウヤもそう言って肩を落とす。

 「うわ、まずいぞ、そりゃあまずいまずい。」シュンはにわかに慌て出す。「ミリアが他に男見っけました。なのでバンド辞めますなんて言い出したらどうすんの? だってよお、そこはセットだろ? あいつはバンドやりてえっつうんじゃなくて、リョウといてえからバンドやってんだからよ?」

 「したら……他、探すか。」アキが溜め息混じりに呟く。

 「お前簡単に言うなよ! ミリア以前のことを忘れたんか。ギタリスト1ミリも定着しなかっただろが!」

 「ああ。」アキはうるさそうに目を閉じる。

 「あのking of kingはミリア入る前までは、ギタリスト連中に向かって下手糞だの、弾き方そうじゃねえだの、細けぇ指摘バンバン入れて、改善されなきゃ速攻、クビ。悪魔だろ、悪魔。」シュンはユウヤに向かって激しく語気を強めながら言った。

 「でも二十歳そこそこの話すよね、それ。さすがにもう兄貴も三十路だし、ミリアちゃんとの暮らしも長くなって人間丸くなってきてますよ。俺が見るに、だけど。」ユウヤはそう言って肩を竦める。「しかもなんだかんだ言ってミリアちゃん第一主義すからねえ。あんまり愛情をストレートに表現するのは巧くはねえみてえすけど。何でかなあ、ステージじゃねえからかなあ、それとも絶望とか狂乱とか、そういう負の感情じゃねえからかなあ。」

 「お前から見ててさ、ミリアが他の男ん所行くっつうのはあり得ると思う?」シュンが小声で囁いた。

 「どうすかね。ミリアちゃんまだ十八とかだし。兄貴とのガキが欲しいかも、っつうのもアサミさんが妊娠してふと思い始めただけで、まだまだ超、将来的な話でしょ。三十とかんなったら考えも変わるかもしんねえけど、……とりあえずは大丈夫じゃないんすか。あと十年ぐれえは。」

 「そっか……。だよな。十年後にまた考えれりゃいいか。……こっちの理想押し付けてミリアの思いをシカトすんのはどうかとも思うしな。ま、とりあえず、俺はミリアの幸せを尊重してやりてえとは思うよ。もちろん一緒にバンド続けていきたい気はあるけどな。実際あいつのギターぐれえリョウに合う奴はいねえんだし。持ってくるソロだって秀逸だ。俺らより曲に対する理解もすば抜けて優れてる。でもそのために女としての幸せみてえなやつを犠牲にしろなんつうのは、……とてもじゃねえが言えねえからな。そもそもバンドやってたって儲けがある訳でもねえ、将来安泰な訳でもねえ。俺らはそういうの一切合切納得した上でバンドやってるけど、ミリアは違うからな。ギタリストいなくなっちまって焦ったリョウが、俺らが、マジこのままじゃライブできねえ、ヤベエっつって引きずり込んだっつうだけの話だからな、そもそも。」

 「でもミリアは渋々やってる訳じゃねえだろ。あいつだってもうガキじゃねえんだ。てめえの強固な意志でバンドやってるに決まってんだろ。」アキが言下に呟く。

 「けど、バンドに入った、つうか入れたのはあいつがまだ小一ん時とかだぞ。そんな人生に対する選択ができる年じゃねえじゃん。」

 「――にしたって自分の意志でここまでやってんだろが。お前ミリアがそんな生半可な気持ちでこんだけのパフォーマンスやったり、とんでもねえソロ創ってきたりしてると、マジで思ってんのか? それこそミリアのこと舐めすぎだろ?」

 「そりゃてめえだろが。」片足を立てて立ち上がる。「あいつの代理がそうそう見つかるかっつうんだよ。」

 「あんだけのクオリティーをな、色恋だけに結び付けて考えすぎなんだよ、てめえは。あんだけの力量持ってるミリアがメタルに興味ねえとでもいいてえのか? リョウに引っ付きてえがためだけだっつうのか?」

 「まあまあ。」ユウヤが二人の間に割って入る。「いいじゃねえすか。ミリアがちゃんとこれからのことは自分自身で決めますよ。ああ見えて実際は馬鹿じゃねえんだし。でも俺が思うには、兄貴への思いは生半可なモンじゃねえし、バンド辞めるってことはねえと思うな。もしかすっと兄貴の子生むために出産休暇、育児休暇取ることはあるかもしんねえすけど。あははは。そうなったらバンドとして許可してやってくださいね。」

 「でもあれだろ? リョウとミリアの間にゃ奇形児とかが生まれちまうんだろ?」シュンが顔を顰めつつ言った。

 「まあ、実際はわかんねえすよ、遺伝子レベルの話だから、運頼みの所もありますからねえ。おんなじ父母の遺伝子持った子だって兄弟それぞれ違ってくるように、どうなるかは正直生まれてみねえとわかんねえっす。」

 「でもよお、オカシイのが生まれてくる確率が高くはなんだろ?」

 「……まあ、……そうすね。」ユウヤはそう言って、自らの言葉を打ち消すように、手元のジョッキに残ったビールを一気に呷った。

 「何か、……可哀そうだよな。」

 「何だよ可哀そうって。」アキが苛立ちを隠そうともせずに言う。

 「否、あんなにリョウのこと好いてんのにさ、本当には結婚もできねえし、ガキも作れねえっつうのは可哀そうだよなって思って。」シュンは、ふうと酔いも醒めたとばかりに、両手を後ろに着き窓の外を眺める。「ミリアにしてみりゃあリョウは自分を救ってくれた、白馬に乗った王子様なのによお。」

 「は、白馬。」ユウヤが思わずむせる。「……黒のドラッグスター400じゃねえんすか。しかも超うるせえやつ。」

 「違ぇよ、馬鹿。白馬なの。……もう恋い焦がれて当然の王子様がよお、血を分けた兄貴だから結婚できません、子供も作ったらいけません、なんて可哀そうじゃねえか。やっぱ王子様と巡り合ったんだから、最後はめでたしめでたしで幕を閉じねえと。」

 「どこの馬鹿アマの発想だよ。ガキ作るばかりが幸せじゃねえだろ。バンドやることだって十分あいつの幸せになってんじゃねえかよ。」

 アキに軽侮の眼差しを向けられながら、シュンは窓の外に浮かぶうっすらと浮かんだか細い上弦の月に魅入った。その隣には同じく小さく輝いている星が見える。都内の灰色の空に珍しいな、と思っている内に胸中にはミリアの姿が幾つも思い浮かんできた。

 リョウ、リョウ、と言いながらリョウの腕を細かに揺さぶる手。ソロを弾き終えて、リョウに褒めて欲しく満面の笑みを浮かべて待っているあの顔。リョウの後方でしっかと脚を踏ん張りギターを弾き、戦闘態勢と言わんばかりの険しい顔つきで睨んでいるあの瞳。

 それら全てを目の前の事象とばかりに思い浮かべ、はあ、と溜め息を吐く。

 シュンは途方に暮れつつもミリアの幸せを月に祈った。それがどのような形を取るのかはわからないが、かつてリョウから聞いた実父から受けた虐待を吹き飛ばす程の幸福がミリアに訪れるように、目を強く閉じてひたすら祈った。

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