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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 「お疲れ様です。」

 ステージ脇にスタンバイしていたローディーにそう言われても、ミリアはまだ息も荒く言葉を返すことができない。二度にも及ぶアンコールを終えた後、ローディーからタオルを受け取りミリアは顔をそこに埋めた。代わりにギターを手渡す。そこで今日化粧をし忘れていたことに気付く。せっかくの撮影だったというのに。

 しかしそんなことに構う余裕があるはずもなく、そのまま楽屋のソファにへたり込んだ。そこには早々とカメラマンも来ていた。ミリアは笑顔を浮かべる余裕もなく、汗にまみれた顔を撮らせるまま撮らせた。

 「最後間違った。」ようやく言葉を発せるようになると、ミリアは誰へともなく呟く。

 「練習不足だろ。」リョウが厳しい言葉を返す。

 「明日からまた基礎錬ちゃんとやります。」ミリアはそう言って用意されたペットボトルの水をがぶがぶと飲んだ。

 「今日の盛り上がりも凄かったな。もう、国内じゃ俺らにできることはし切ったろ。」シュンがそう言うと、リョウは「甘ったれんな。お前だってミスったろ。二度目のアンコールの入り。わかってんだかんな。」と言い放った。

 「マジか。」シュンは目を見開いた。「……ちゃんとごまかしたつもりだったんだけどなあ。」

 「俺と精鋭たちの耳を誤魔化せると思ってんのかよ、失礼な野郎だな。」リョウは鼻を鳴らす。

 「バンドの皆さんは何でも言い合えるんですね。」アディダスのキャップを被った若いカメラマンが恐る恐る尋ねる。

 「そうなの。内緒ごとはなしなの。」

 カメラマンは返答のあったことに安堵して、更に尋ねた。「ミリアさんはライブ中どんなことを考えながら弾いているんですか?」

 「ううん。」ミリアは暫し考え込み、「リョウが作った世界のことを考えてる。」と答えた。

 「世界?」

 「リョウの曲を弾くってことは、リョウの世界を作ってくことなの。ミリアはね、だから真っ暗な闇とか、焼け野原とか、火花の散る戦場とか、そういうのを見てるよ。曲によって違うけど。」

 リョウは驚いたようにミリアを見詰めた。

 「へえ。そうなんか。」シュンが神妙そうに頷く。

 「何で? シュンは違うの?」

 「ライブ中はよくわかんねえな。曲に没頭しているような気はすっけど。お前みてえな幻覚は見てねえよ。」

 「幻覚じゃないもん、本当だもん。ぱーっと、目の前に広がっていくんだもん。」

 「俺もだ。」リョウは苦笑しながら言った。

 ミリアの顔にぱっと笑みが広がった。「やっぱし? やっぱし、ミリアとリョウは一心同体なのよ! だっておんなじ血が通ってるんだもの。おんなじ血が……。」ミリアはそこまで言って急に黙した。

 シャッターがまた幾度か切られた。

 「お疲れー!」とそこにハイネケンのビール瓶を呷りながら楽屋にユウヤが入って来る。

 「今日も凄かったなあ! あれ、兄貴もミリアも何しけた面してんすか。外で精鋭たちが待ってっから早く行ってやって!」

 リョウはせっつかれ立ち上がる。酷く疲弊した足取りで。ミリアもそれに続いた。

 

 「リョウさん、お疲れ様です!」精鋭たちがリョウとそこにぴったりと寄り添ったミリアを取り囲む。カメラマンも付いてきて再びシャッターを切った。

 「あ、さっきのカメラマン。しっかりミリアちゃん美人にとってよ。」

 「もちろんですよ。何せ被写体がいいっすからねえ。」

 「ミリア、今日化粧忘れちゃって……。朝起きた時はしなきゃって思ってたんだけど。」

 「大丈夫、大丈夫。ミリアちゃん素が美人だから。リョウさんに似て。」松下が言う。

 ミリアははっとなって目を見開いた。

 「ミリア、リョウに似てる?」

 精鋭たちは笑みを浮かべ、「似てる似てる。でも、音が一番似てるかな。」とタカが言った。既に何度も伝えている言葉である。だからそれがミリアの愛らしい照れ笑いを即座に引き出すことも知っていた。しかし、

 「音? 顔は?」ミリアはいつになく切羽詰まった様子で問いかけてくる。明らかな違和感を覚えつつ、精鋭たちは困惑した笑みを浮かべた。

 「顔は、……まあ、言われてみりゃあって感じ。」タカが言う。

 「やっぱ男と女は違うからねー。」浩二もそう言って頷く。

 「でもギター弾いてる時の表情なんかはそっくりかな。」松下が言った。「ちょと俯いて、怒ってるような睨んでるような顔をする時とか。」

 「……そう、なんだあ。」

 「何で? 嬉しくないの? いつもだったらリョウさんと似てるとか言われると、ニコニコしてるじゃねえすか。」

 「嬉しいよ! 嬉しいに決まってんじゃん。何言ってんの。」と勢い込んでミリアは黙した。男たちは話題を変える。

 「いつなんすか。今日の撮影したの雑誌に載るのって。」

 「『RASE』四月号です。二月末に発売されます。是非ご覧になって下さい。」カメラマンは答える。

 「ちょうど海外遠征行く前だ。」松下が答えた。

 「そういやこの前パスポート取りに行った時よお。」リョウが堪え切れないとばかりの笑みを浮かべて言う。「ミリアと一緒に証明写真撮りに駅前行ったらさあ、あの機械ん中入ったと思ったら速攻、『誰もいない。留守みたい。』なんつって出てくんだぜ。酷ぇだろ。」

 男たちは一斉に笑った。

 「あ、あん中に人入ってて、そんで撮って貰えると思ったんすか。」タカが必死に笑いを押し殺しながら言う。

 「だって、リョウが写真撮りに行くっていうから! 普通カメラマンさんがいると思うじゃん!」

 「職業病だな。」シュンが腕組みをする。

 「いつでも俺らに言って貰えれば、撮りますよ。」カメラマンが答える。

 「……ありがと。でも、もう撮ったからいいの。」

 「そう。酷ぇびっくりした顔の写真。あれ十年も使うんだぞ。」

 「いいもん、別に。びっくりしてていいんだもん。」ミリアはそう言って、ふと思いついたように「ねえ、あれでヴァッケンも行く?」と問うた。

 「そうそう。ヴァッケンもスウェーデンも。全部あれで行く。」

 ミリアはわあと歓声を上げてリョウの両腕にしがみ付いた。

 精鋭たちはようやくいつものミリアに戻ったとばかりに安堵の笑みを交わし合った。

 「あのパスポートで、世界進出すんだ。」リョウはどこか遠くを見据えながらもう一度繰り返した。

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