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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 「こんにちは。」とそこにやって来たのは社長とアサミである。「リョウ、今日はよろしくな。」社長はそう言って手を差し伸べる。

 「おお! 社長!」リョウは手を握り返し、そして軽くハグをした。「子供ができたんだってなあ! おめでとう!」と言ってアサミのふわりとしたワンピースの腹部をちらと眺める。言われて見れば多少ふっくらしているような気がしないでもないが、自分だったら確実に気付かない。ミリアの勘に感服する。

 「ありがとう。いや、来月安定期に入ったら言おうとは思っていて。今日も最初だけ後ろの方で観て帰らせてもらうよ。申し訳ないんだが……。撮影隊は最後までいさせるが。」

 「いやいや遠慮はいらねえって。こっちこそこんなスタンディングのライブハウスで、しかも地下で階段だし、そんな中身重のアサミさんが来てくれてありがたいです。一番後ろの物販の椅子座っておいてもらえば、あそこなら安全だし……。それとも楽屋の方がいいかな。」

 「ありがとうございます。あの、ミリアさんは?」アサミは周囲を見回しながら言った。

 「ああ。」シュンは顔を顰める。「ちっと、……その、今……。楽屋に。」

 「今日はミリアの姿を撮りたいって言っているのに。楽屋、お邪魔しても大丈夫かい?」何も知らない社長が笑顔で尋ねる。

 「あ、ああ。」リョウは肯き、楽屋に案内した。


 「ミリア。入るぞ。」

 楽屋の扉を開けると、そこにはミリアがソファにじっと縮こまって座っていた。呼ばれてちら、と頭を上げ、そこに社長とアサミの姿を見つけると慌てて立ち上がった。

 「社長! アサミさん!」

 「今日はよろしくな。……どうしたんだ、体調でも悪いのか? 大丈夫かい?」

 「全然大丈夫。」ミリアはゆっくりとアサミに近づき、その腹部を見下ろす。

 「お前よくわかったな。俺、言われてもやっぱわかんねえや。アサミさん元々細いし。」リョウはそう言って頭を掻く。

 「だって、アサミさんいっつもスーツでしょ。だのにこないだはふんわりワンピース着てたから、あれっと思って。そしたらお腹がちょこーっとふっくらしてたように見えて。ねえ、触ってもいい?」

 「ふふ。いいですけど、まだそんなには大きくなってないですよ。」

 ミリアは震える掌でそっとアサミの腹部に触れた。温かい。こんな小さな所に命が収まっているのだと思うと不思議な気がする。そんなことが女にはできるのだと思えば、ミリアは感動さえ覚えた。

 「わあ。」

 リョウは静かに目を背けた。

 「ねえ、いつ生まれるの?」

 「六月か、七月頭の予定よ。」

 「男の子かなあ、女の子かなあ。」

 「まだわからないの。」

 「アサミさんはどっちがいい?」

 「ふふ。……どっちでもいいわ。社長は男の子がいいって言うけれど。」

 「そうなの! 女の子で、社長のところでミリアみたくモデルやればいいのに!」

 「そりゃあ、考えてなかったよ。」

 「いいなあ。」ふとそんな言葉が自ずと口から出たのにミリアは驚愕した。思わず唇を指先で軽く抑える。

 リョウは知らぬふりをするために、ユウヤの買って来てくれた氷の溶けかかったコーヒーをぐいと飲んだ。その素振りに異常なまでの観察力でもって気づいたのは社長であった。

 「じゃあ、そろそろ開演だろう? 我々は後ろの物販席で観させてもらうから。楽屋もいいが、ここからじゃ君たちの姿が見られないからね。それじゃああまりにも寂しい。……ミリア、ライブ中はそれどころじゃないとは思うが、たまに覚えてたらカメラを意識してやってくれ。今度の雑誌を飾る、君の素晴らしいカットができるだけ欲しいんだ。」そう言ってにこりと微笑むとアサミの手を引き、そそくさと楽屋を出て行った。

 ミリアは安堵したように溜め息を吐き、ギターを手にする。

 既に開場となっているのか、客席からはざわめきが聞こえてきた。

 「お客さん、入ってきたね。」

 返事はない。

 「そろそろスタートだね。」

 やはり返事はない。ミリアは振り向いてリョウを見上げた。そこには見たことのない、悲し気な目をしたリョウが立っていた。少なからずミリアは慌て出す。

 「ねえ、どしたの? ライブだよ? 始まるよ?」ミリアはリョウに歩み寄り、両腕を揺さぶった。

 「……俺らって本当に異母兄弟なのかね。実は違ったとか、そういうの、ねえのかな。」苦笑を浮かべながら遠い所を見て言った。

 「何言ってんの?」

 「ああ、何でもねえよ。」リョウはぷいと身を翻すとポケットからブルーのピックを取り出した。形見に貰った園城のピックである。それをリョウはぎゅっと右手に握りしめた。

ミリアはその様を見つめながらどこか不思議な感覚を覚えていた。

園城さんはまだ二十代の若さであの世へと旅立ってしまった。メタルのライブにもっともっと行きたかったのに。ヴァッケンにも行きたかったのに。二年間も入院をして、あんなにも痩せて、そしてお母さんの涙に見送られ逝ってしまった。そしてアサミさんのお腹には新しい命が宿った。社長とアサミさんに愛されて、もしかするとお祖父ちゃんやお祖母ちゃんにも愛されて、幸せに誕生し大きくなっていくのだろう。

もしかすると地球上に生まれることのできる命には決まった数があって、かわるがわる順番に使っていくものなのだろうか。この世に生を受けたからには必ずやあの世に旅立つ日がくるのだけれど、代わりに人は、生き物は、新しい命を残していく。それがぐるぐる、ぐるぐる、順番に巡っていく。延々と繰り返されていく。でも自分は新しい命を宿すことはない。それはリョウを愛したからだ。--ミリアは強く目を瞑った。違う。それは悪いことではない。リョウを愛したことは、幸せなことだ。今までも、これからも……。

そこにシュンとアキが入って来る。

 「そろそろだぞ。」

 「ああ、わかってる。」既にリョウの瞳には憂いはなかった。ミリアは安堵する。

 「カメラマンも三人してミリアの前ん所に張ってたぞ。ちったあこっちも見ろっつ話だ。ま、しょうがねえ。せいぜいかっこつけてやんな。」シュンがそう面白そうに言った。

 「何せあと三か月でもう海外遠征なんだからな。まずは日本の連中を狂気させてやんねえと。気合入れていこうぜ。」アキも満面の笑みでそう答えた。

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