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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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73

 いよいよライブの前日となった。スタジオで夜遅くまで入念なリハーサルを行い、ミリアはリョウのバイクの後部座席で半分睡魔と戦いながらどうにか帰途に着いた。

 「もう明日ライブだからシャワーだけ浴びて、寝ちまえ。」

ミリアは言われるがまま、どうにか最後の力を振り絞ってシャワーだけ浴び、さっさと何も言わずにリョウの布団に入った。

 「おい、自分のベッドで寝ろよ。」

 しかしすぐにすうすうという寝息が聞こえ始める。リョウは溜め息を吐き、一時間ばかり作りかけの新曲に手を加えると、仕方なしにミリアのいる布団に潜り込んだ。

 ミリアの腕は温かく、相変わらず子猫のような寝息を立てている。リョウはうっすらと微笑みを浮かべながらやがて自身も穏やかな眠りについた。


 目が覚めたのは真夜中のことである。ミリアの細い腕が自身の腰に絡みついている。リョウは仕方がないなとばかりに外しかけて、「いや。」という呟きを聞いた。

 「ミリア?」

 ミリアは解かれた腕をするするとリョウの腰に回し、再び寝息を立て始める。

 リョウは耐えきれずにミリアを抱き締める。しかし胸中には他の男を宛がわなければダメだという思いが去来する。自分ではどうしたって子供を作ってやることはできないのだから、と。でもそれはあくまで理性の部分であって、もう半分の自分の感情は確実にミリアを求めていた。別に血なんかどうでもいいではないか、ともう半分の自分が囁く。何もこのご時世、子供のいない夫婦なんてごまんといるし、おかしいことでも何でもない。何よりもミリア自身が自分を求めているのだから、強引なそれでは決してないのだから、いいではないか、と囁く。リョウはだからそれに屈してしまう。ミリアの顔を自分の方に向けて、口づけをする。

 ミリアはうっとりと笑みを浮かべた。


 ベランダには霜が降りたち、一足早い冬の様相である。昨夜遅くまでのリハに疲れ果て、未だ寝息を立てているミリアを起こさぬよう、リョウはそっと布団を出台所に立ち、フライパンを温め朝食のベーコンと卵を焼いていく。

 出来上がる頃ミリアが布団から起きてきた。

 「おはよう。」とミリアは言うものの拳で擦られている目は開いていない。

 「おはよう。」リョウは返しながら皿に食事を盛りつけていく。

 「ミリアが、ご飯、作らなきゃ……。リョウは……。」よくわからない言葉をもごもごと呟きながらソファに倒れ込む。

 「お前まだ寝足りねえんじゃねえの。起こしてやるから昼まで寝てたら。」

 昨夜疲弊しているミリアを求めてしまった罪悪感があった。

 リョウはテーブルに皿を運び、ミリアを抱き上げる。適当に着たのであろう、ボタンを掛け違えたパジャマの下に、真っ白な膚に薄桃色の乳首がちら、と見えた。リョウは慌てて手を離そうと試みたが、再び夢の中に入らんとしているミリアをここに放置するのも忍びない。抱き上げ、寝室に戻ると布団に寝かせた。しかし、細い腕がリョウの首を捉えて離さない。

 「ここにいてよう。」ミリアは閉じた睫毛を細かく震わせたまま言った。リョウはミリアの背を抱き締めたまま布団に自分の身を横たえる。ミリアの腕に力が籠り、顔がぐっとリョウの首に押し付けられ、唇が首筋に触れた。

 リョウは途方に暮れる。でもいつまでもこうしている訳にはいかない。

 「俺は今から曲作んだよ。」

 ミリアの腕が脱力して、するすると解かれる。ミリアはリョウにとって作曲がどれほど大切なものかを知っている。何があってもそれを邪魔立てしてはいけないことを知っている。


 リョウはさっさと自分の朝食を済ませると、ギターを抱えながらパソコンに向き合い曲作りに励む。何度も確認しつつ聞いている内に、思いついた当初生じていたキラーチューンとの確証が次第に失せていく。没にして次の曲を一から作り直すべきか、とさえ思われてくる。でもそれには惜しい。努力が惜しいのではなく、やはりどこかこれには既に命が宿っている。つまり、キラーチューンの萌芽を忍ばせている。そしてこの頭を掻き毟りたくなるような艱難辛苦が、やがて最強のキラーチューンを齎すことも知っている。リョウは苦悩の中にも必ず一筋差す光に向かって黙って進んでいく。


 いつしか日は上がっていた。

 リョウは時計を見て、慌ててミリアを起こし出す。

 「おい、起きろ起きろ。そろそろ出るぞ。」

 「はあい。」今度はぱっちりと目を開いた。

 ミリアはパジャマを脱ごうとして、ボタンの掛け違えに気付いたのかくすくす笑い出し、「変なの」などと言いながら、Last RebellionのTシャツを着て、迷彩柄のチノパンを穿く。髪を梳かして「今日撮影来るから、お化粧してこうかな。」と呟き、でもどうでもよさそうに朝食だか昼食だかわからない、冷めたベーコンエッグを頬張る。

 皿を洗い、ギターを弾き始める。弾く、というよりも入念な指のストレッチである。基礎練習を蔑ろにするなとは、常々からのリョウの命令でありミリアは十年以上それに従ってきた。ミリアは全てにおいてリョウを信頼しきっていた。

 一通りギターを弾くと、「そろそろ行くか。」と、リョウはギターを担ぎ、ヘルメットを抱える。既に昨夜、リハを済ませた後にシュンの車でミリアの分も含め、アンプとエフェクターボードは会場へと送り込んでいる。極めて身軽ななりでバイクに跨った。

 ミリアはそっとリョウの背中に頬を寄せる。そこには長い真っ赤な髪がある。これが堪らなく嬉しい。ミリアはそっと掌で髪を撫でた。

 「行くぞ。」そう言って風を切りながらバイクは走り出した。今まで何度こうしてライブに向かったことであろう。都内のライブも、バンに乗って向かう地方のツアーも、何もかも楽しかった。これからもこれが死ぬまで続くといいな、とミリアは思う。いつかリョウとの間に子供ができて、そうしたらその子も連れて一緒に――。

 と、そこまで思いミリアははっとなった。確かリョウは血の繋がっている兄妹同士で子供が出来たら、おかしいのができると言っていた。あれは脅しなのであろうか、本当なのであろうか。ミリアにはわからない。学校の生物の授業で聞いたことがあるような気がするが、記憶は定かではない。

 でも何にせよ、リョウ以外の男と性交渉をするなどということは、絶対に考えられない。リョウ以外の男に欲情すること自体があり得ない。そんなことを考えてみるだけだって、吐き気がする。紛れもなくリョウを、世界一、愛している。その愛している人との間に子供を作ることが、自分の場合には許されていないのかもしれないと思いなし、ミリアは困惑した。


 そうこうするうちに、今夜のライブハウスへと到着する。リョウは気軽に店長たちに挨拶をし、階下へと降りていく。その後ろでミリアは何だか元気がない。頭の中はリョウとどうしたら普通一般の夫婦になれるのかを、そればかり考えている。

 今日はリョウも気合十分に臨むワンマンである。チケットも完売である。当日券が少々あるぐらいだと聞いているが、それもなくなるのは時間の問題であろう。既にシュンとアキは来ていて、それぞれステージでセッティングを行っている。

 「おお、ミリア。昨日はお疲れ様。疲れは十分に取れたか。」シュンがミリアの肩を叩く。

 「取れた。」

 「なあんだ、素っ気ねえな。腹でも減ってんのか。」

 「減ってない。」ミリアはそう言ってギターを肩から降ろす。

 さすがに異変を感じたシュンは、こっそりとミリアの耳元に「リョウと何かあったんか。」と尋ねた。

 ミリアはちら、とステージ中央でマイクのセッティングをしているリョウを眺めた。

 「……何もない。……仲良し。」

 「マジかあ? 今日は何せ待ちに待ったワンマンなんだからよお、何でも言えよ。わだかまりあったままじゃあ、いいプレイはできねえからな。」

 ミリアはその言葉にはっとなって、「ねえ。」と言い、しかし口ごもる。シュンは暫くミリアの言葉を待つ。すると再びミリアが「ねえ、リョウとの間に赤ちゃん出来たら、気違いになんの?」とさすがに小声で聞いた。

 「え。」シュンは絶句する。慌てて周囲を見回した。リョウもアキも自分のセッティングに専念している。シュンはミリアの腕を引っ掴み、楽屋へと逃亡した。

 「まさか、お前、ガキできたんか……。」どうにかミリアの本心を聞くべく笑顔でいようと試みるものの、否応なしに頬はひくひくと震えてしまう。

 「違うの違うの! でも、……ミリアはリョウとの赤ちゃん作っちゃいけないの? 変なのができんの?」

 シュンは安堵の溜め息を吐き、腕組みをした。

 「まあ、確かに聞くよな。だからそもそも兄妹間の結婚つうもんが禁じられてんじゃねえの、よくわかんねえけど。ユウヤにでも聞けよ、あいつ頭いいから。……で、何お前、ガキ欲しいの?」

 「ううん、違うよ。来年からは大学行くんだし、モデルのお仕事だってあるんだし、赤ちゃんなんか絶対ダメなんだけど……。」ミリアは疲弊したような諦めたような顔で、「でも、いつか……リョウに似た赤ちゃんができたら、いいなって思って。」と呟いた。

 「そんなもんかね。」リョウと同じくバンドマンとして生きていく以上、結婚だの子供だのは一切合切人生から排除して生きてきたシュンは首を傾げた。

 「でも、確かに女はある程度年いきゃあ結婚したがるし、それっつうのは子供産んで育ててえってことなんだろうし、お前は全然おかしくねえよ。つうか普通だよ。ちょっと早い気はするが、お前ぐらいの年齢でガキのいる奴だってわんさかいるんだしよお。でも、そしたら尚のこと問題だよな……。あのさ、……」シュンは言葉を選びつつ尋ねた。「仮にだぞ、仮に、リョウとの間にガキ作ったら、結構な確率で異常抱えて生まれてくるとすんじゃん。そんでもミリアは、リョウと一緒にいてえの? 他の男と結婚するとか考えねえの?」

 「……リョウといる。」

 「ふうん。」

 「リョウといる。リョウと離れるなんて考えらんないし。そこまでして別に子供とかいらないし。リョウじゃない人と、その……、できないもん。」

 シュンは思わず噴き出す。「じゃあ、しょうがねえじゃん。お前がどーしても自分のガキ欲しいっつうんなら他所行くしかねえけど、リョウといたいの優先すんだったら、我慢するしかねえんじゃねえの。人生ってそういうもんだろ。何でもかんでもは手に入んねえんだよ。」

 ミリアはこっくりと肯いた。

 「でも正直俺には、マジでリョウとの間にガキできたらどうなんのかなんてわかんねえから、頭悪ぃし。ちゃんと誰かに聞けよな。ユウヤとか……あと、一番いいのは病院の先生とかさ。産婦人科な。でもビビんだろうなあ、兄貴との子孕みてえんですけど、何て医者言われたら。あっはははは。」

 「そうかな。」

 「そうだ。」シュンはこればかりは、と即答する。「お前はかなりの例外だ。」

 「おい、お前ら何やってんだよ!」リョウがステージから大声で怒鳴った。「リハ始めるぞ!」

 「はあい! ……今日ユウヤ来たら聞いてみる。」ミリアはそう笑顔で言い残すと、いそいそとステージへと戻った。

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