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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 リョウは天井に浮かんでいるバルーンを目障りそうにちらちらと見上げつつ、和風ハンバーグをつついた。

 玄関にぎゅうぎゅう詰めになっていたバルーンが根こそぎリビングに持ち込まれ、始終頭に当たる有様となったリョウにとっては邪魔以外の何物でもないのであるが、ミリアの笑顔が眩しくてリョウは全てを許しているのである。

 「旨いな! こんで家政科の大学なんて行ったらとんでもねえことになるな! 頬落洋食店って名前で店も開けるぞ! したら胡蝶蘭の鉢プレゼントしてやっかんな。」ユウヤはそう言いながら盛んに飯を掻っ込んだ。

 「ありがと。」ミリアはこっくりと頷く。その目の前でバルーンに付いた紐だのメッセージカードだのが揺れる。

 「うわあ。」ミリアはも一度感嘆の声を漏らし、「ミリアおめでとう」を眺めた。

 リョウはごくり、と咀嚼したものを呑み込むとじっとミリアを見詰めた。頬は紅潮し、目は泣いているのかと訝る程に潤んでいる。

 ユウヤのこのサプライズプレゼントは、ミリアを大層喜ばせた。それはそれでありがたいことなのであるが、どこか嫉妬にも焦燥にも似た感情が呼び起こされていくのを感じていた。リョウはそれを突き詰めていって、自分もユウヤ以上にミリアを喜ばせたいのだという所に逢着した際には、我ながら驚愕した。しかし一度そう気づいてしまえば、胸中からは次々にエゴイスティックな感情が湧き出て来るのである。もっともっとミリアの笑顔が見たい。それを自分に向けてほしい。そしてその因は他の誰でもなく、自分こそがもたらすものでありたい。ミリアにあんな顔をしてありがとうと言ってほしい。ミリアに幸せだと言ってほしい。

 リョウはいつしか箸を止め、ミリアを睨むように凝視していた。ユウヤとミリアは大学生活のあれやこれやについて話題に花を咲かせている。どうすればもっともっと喜ばせることができるであろうか。

 基本的にミリアは物欲というものが希薄であるのか、金を使うことを罪悪と考えているのか、あまり何か自分にねだってくることはない。でもミリアには好きなものがあって、猫だの人形だのといったものには一等目が無く、与えられればきゃあきゃあ騒いで喜ぶ。

 よし、それだ、と思ったがリョウは腕組みして首を傾げる。いつまでもそんな子供だましでいいのか。もう大学生になるのだ。だとすればそれに相応のプレゼントを―-。ブランドのバッグか。コーチにプラダにルイ・ヴィトン。社長に前借した入院費を返済中なのだ。幾らするのかは知れないが、そんな金などない。

 リョウは一層眼光鋭く考え始めた。

 ああ、金さえあれば。金さえあれば、ミリアがひっくり返るようなプレゼントを買って来てやれるのに。ふわふわと目の前でバルーンが揺れるのが、リョウの苛立ちを増幅させる。

 「……ねえ、いいかなあ。」

 ミリアがそうリョウに話し掛けたので、びくりとリョウは背を震わせた。

 「な、何が。」

 「聞いてなかったの! んもう! だからさ、大学まいんち違う服着てかなきゃなんないんなら、お洋服買ってもいいかなあって聞いたの。」

 「あ、ああ。」リョウは慌てて小刻みに何度も肯く。「いいよいいよ。たくさん、買え。じゃねえ、買ってやる。そうだ。連れてってやるよ。アウトレット、アウトレットにな。」まるで挙動不審である。

 「やったあ!」ミリアはぱちんと手を叩いて飛び上がる。

 「やったなあ、ミリア。兄貴にたんと買って貰え。」

 「うん!」

 これが答か、リョウはしかしもっと他に答があるはずと緊張感を覚えながら思考し続けた。


 バルーンの命も有限であるのか、二日もすると次第に萎れて下に降りて来た。ミリアはいそいそとバルーンを割って中に入った種々のプレゼントを取り出す。

 「うわあい! クマちゃん出てきた! かっわいい!」そう言って小さなぬいぐるみに頬擦りをする。

 「お前早く行くぞ。支度しろよ。」

 「はあい。」ミリアはクマのぬいぐるみを名残惜し気にパソコンデスクの上に乗せると、ブラシでせっせと髪を漉き、小さなショルダーバッグに財布とハンケチを突っ込み、「できた。」と言った。リョウはシルバーのキーホルダーの付いた鍵とヘルメットを手に、扉を出る。

 「ねえねえ、久しぶりねえ。」ミリアはリョウの手から自分のヘルメットを引っ手繰るように奪い、代わりに手を強く握り締めた。「覚えてる? ミリアが初めてここに来た時、リョウが連れてってくれたの。お洋服とか鉛筆とか、シルバニアの人形とかアイスクリームとかそういうのいっぱい買ってくれてさあ、ミリア本当に信じられないと思った。すっごいって思った。」

 「ふうん。」さりげなさを装いつつ、リョウの自負心が少しずつ回復していく。

 「すっごく嬉しかった。」

 リョウは遂ににやりと笑みを溢すと、ミリアの手を握り締めたまま階下へと降りる。そこに待つのは漆黒のドラッグスター400。

 「じゃあ今日は何買ってやるかなあ。」つい甘やかしたくもなるのである。

 「あのね、この前雑誌でコーディネート14日間っていうのやったの。ちょっとの服でもね、いっぱい持ってるみたいに着れるやつ。ミリアちゃあんと覚えてきたから、それ、買ってもいい?」

 「ふうん。」リョウはミリアの腕がしっかりと自分の腰に巻かれたのを確認すると、勢いよくバイクを走らせた。


 郊外の、現実から切り離されたような南国風のアウトレットに到着すると、ミリアは当然の如く手を繋いで歩き出した。細い指がしっかとリョウの手を捉える。こんな指でギターを弾いているのだなあ、とぼんやりとリョウは思う。

 早速入った店では店員に即座にモデルであることが知れ、写真だのサインだのを請われ、相変わらず 「彼氏さんとデートですか」の問いかけには僅かな躊躇も無くイエスと言い張り、ミリアは上機嫌でふわりとしたパステルブルーのスカートを買った。

 「ねえねえ、似合ってた?」

 「ああ、似合ってた。」似合うも似合わないもリョウにはわかる訳がない。万年メタルTシャツとジーンズで過ごしている男なのである。

 「ふふ。ミリアねえ、カメラマンさんとかにはピンク系が似合うって言われてんだけど、本当はブルーが好きなの。」

 「知ってる。」

 「だからねえ、ブルーが似合うって言ってくれるのは、リョウだけなの。」

 リョウは自分の言葉が思いがけない影響を齎していることに気付き、ぎくりと肩を震わせた。

 「……あっはははは。どいつもこいつも見る目がねえな! ミリアは何だって似合うだろ! じゃねえ、……青がよく似合うに決まってんじゃんなあ!」

 「きゃあ。」ミリアはリョウの腕をぎゅっと抱き締める。

 今日はミリアを喜ばせるのだ。それが己の使命だ。大学合格のお祝いを探すのだ。リョウは一人くるしく首肯した。


 ミリアはシンプルで着回しのできる洋服を大学生活に向けて多数買い込み、さすがに草臥れて、たくさんの紙袋を抱えて喫茶店へと入った。

 ミリアは店に入るなり、歓喜の笑みを浮かべたまま席をあちこち探す。

 「あ、空いてた! リョウ、ここ!」

 「ここ?」リョウは訝りながらミリアの後に続く。

 ミリアは紙袋を置いてどっかと座り込んだ。

 「リョウは、ここ。」

 「……はい。」

 リョウは指示された通りミリアの前に座り、メニュー表を取る。

 「ねえねえ。」ミリアが不満げに顔を顰める。「ここ、……覚えてる?」

 「覚えてるよ。前も来ただろ。……俺は、アイスコーヒーだな。お前は?」

 ミリアは鼻梁に皺を寄せる。

 リョウは不思議そうにミリアの顔を眺め、あ、と思い至った。ミリアは満足げににっこりと微笑む。

 ――ここで、初めてキスをしたのだった。

 ミリアはうふふと両手で頬を包みながら堪え切れない笑みを漏らす。リョウは居心地の悪さを覚え、救いを求めるように窓の外を見遣った。日曜日のせいか家族連れの客、カップルが絶え間なく歩いている。

 「お待たせいたしました。メニューはお決まりでしょうか。」店員が氷水やらおしぼりやらを置いていく。

 「俺はコーヒー。」

 「ミリアはカプチーノ。」やはり嬉し気に言う。

 「あ、それケーキセットにすれば。」

 「え。」

 「こいつのはケーキセットで。ええと、……ショートケーキ、ある?」

 「はい、ございます。」

 「じゃあそれで。」

 リョウは一切ミリアの顔を見ずに言い切った。店員が頭を下げて去っていくと、「ミリアのだけ、いいの?」と問うた。

 「あちこち歩いて疲れたろ。」

 「……じゃあ、半分こしよね。」

 リョウはちら、とミリアを見る。

 「ここ、来たかったの。だって……」さすがにその原因に対する具体的な言及は避けた。「その……。色々買ってくれるのもとっても嬉しいんだけど、それよりもやっぱしリョウと一緒にいれたり、リョウと思い出を作れる方が断然嬉しくって。リョウじゃないとダメなことが一番嬉しくて。」

 リョウは「あ。」と何かを思いついたかの如く言った。

 「あ?」ミリアは小首を傾げ聞き返す。

 リョウの顔がみるみる輝き出す。「だよなあ! 他のどいつでもできることなんて、そいつに任せておきゃあいいんだよなあ! 俺が俺であるこそ……! よし、帰るぞ。」と言って立ち上がった。

 「待って!」ミリアは慌ててリョウの腕を掴み、もう一度座らせようと引っ張る。「ま、まだコーヒー来てないじゃん!」

 「ああ、そうか。」リョウは大人しく座り込んだ。「じゃあ、ケーキ食ったら帰ろう。」リョウは何やら不敵な笑みを浮かべ、腕組みした。

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