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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 すっかり腹を満たしてリョウとミリアは帰途に着いた。夜空にはいつも以上に多くの星々が煌めいていた。ミリアはバイクの後部座席で随分と涼しくなった夜風に髪を靡かせながら、うっとりと顎を上げて空を眺めた。

 「ねえねえ、お星綺麗ね。」赤信号で止まるとミリアはリョウの背に語り掛けた。

 「ああ? まあ。そうだな。」

 「リョウ、元気でおめでとうって感じの星ね。」

 「……そう、かあ?」

 一応リョウは確認の意味を込めて空を見上げる。見慣れた灰色にくすんだ空である。ライブの後に見上げるそれと何ら変わらないようにも見える。

 しかしミリアは星々の美しさにすっかり満足し、今度は目を閉じてリョウの背にしっかと抱き付く。もう二度とこの温かさを手放してなるものかと決意すると共に自ずと腕に力が入る。

 「腹一杯で苦しいんだから、あんま腹抑えつけんなよ。」

 ミリアはぶう、と頬を膨らませ、尚のことリョウの背に頬と胸とを押し付けた。

 「出ちまうだろが。」

 アクセルがかかり、再び出発する。

 ミリアは再び微笑みながら空を見上げた。この夜空は台湾にも繋がっているのかと思えば愛おしくてならず、更に異国の言葉を話す精鋭たちが興奮気味にこんな夜空の下でLast Rebellionのライブの感想を口にする様を思い浮かべた。

 ぐんぐん流れていく、ビルに始終切り取られてばかりいる空は、余計に大切なものとしてミリアの胸中にも広がっていった。

 「おい、何か欲しいものある? コンビニ寄る?」

 「うん。」

 家のすぐ傍のコンビニにバイクを乗り付けると、「ああ、マジで苦しい。食い過ぎた。」リョウはそう独り言ちながらミリアを下ろしてやる。「あの店旨過ぎんだもんよお。台湾侮れねえな。」

 「うん。」

 「ま、とりあえず食後のコーヒーでも買ってくるか。んで、お前は何買うの?」

 問いかけながら、店に入っていく。いらっしゃいませ、という声がおでんの香りと共に飛び込んできた。リョウはこっちも旨いんだよなあ、いい季節がくるなあ、と顔を綻ばせる。

 「これ。」

 ミリアが迷いもせず手に取ったのは避妊具の箱であった。

 リョウは目を見開き、慌てて周囲を見回しそのまま商品を奪い取り棚に戻し、手を引っ張り奥へと移動する。

 「何考えてんだよ!」リョウは小声で叱咤する。

 「だって……。」ミリアは詰まらなさそうに俯いた。「だってもうリョウ元気になったから、いいかなって思って。」

 「馬鹿じゃねえの!」

 「……馬鹿じゃないもん。大学生に、なるんだもん。」

 リョウは瞬きを繰り返す。ミリアは拗ねたように足をぽんぽんとリズミカルに小さく蹴り上げている。たしかに結婚式の後には幾度となくそういう行為はしてきたものの、入院をしてからというものは全くなくなったのである。

 リョウは恐る恐るミリアを見下ろす。ミリアは相変わらずリョウに左腕を掴まれたまま、詰まらなさそうにふらふらとしている。

 ごくり、とリョウは生唾を飲み込んだ。

 「……先、外出てろ。」

 「え。」ミリアは驚いたように顔を見上げた。「何で。」

 「だから。いいから。外。出てろって。」遂にミリアの背を右手で押し出す。ミリアは一瞬顔を顰めたものの間もなく、後ろ髪を引かれながら言われるがままに外へと出た。

 リョウは深々と溜め息を吐くと、目的の缶コーヒーを手にし、レジに誰も客のいないことを確認して先程ミリアの手に取ったそれを引っ手繰るように掴み取ると、そのまま素早くレジに差し出した。

 その時に覚えた腹部の膨張感に、やっぱり食い過ぎたとリョウは微かな後悔を覚えた。


 翌朝ミリアはどうして一体、昨今見たことのないぐらいに浮かれ切っていた。

 いつもは一つずつの卵を二つずつ使ってスクランブルエッグを作り、そしてやはりいつもは二枚ずつのベーコンが四枚ずつ焼かれて皿に載っている。

 リョウは眉を顰め訝りながらも、テーブルに出された皿に向かって「いただきます」と静かに頭を下げ、それ以外には何一つ発することなくもくもくと食べ始めた。

 目の前でご機嫌そうにゆらゆらと揺れている、きっちりと結わき上げられたポニーテールを呆然と眺める。

 「ねえ、リョウ。ミリア今日帰ってきたらギター練習するわね。だからおうちにいてね。」

 「……何で。いつもギターの練習なんざ一人でだってやってんじゃねえか。」

 「ダメなの。一人じゃ練習できない。」眉根を寄せ、大口あけてトーストを頬張る。

 リョウはちらとミリアの顔を見た。

 ああ、あのパンを頬張っている唇に昨夜は幾度口づけたであろうと思えば、もちろんそれ以上強くは出られない。

 「ま、まあ、……今日はレッスン夕方までだから……。」

 「うん。そしたらスーパーにお買い物も行く。迷子にならないように、手ぇ繋いでね。」

 迷子という年齢ではあるまい。そう思うものの、リョウは黙ってベーコンを口に放った。

 「台湾行くんだから、もんのすっごいギター弾けるように練習しとかないとね。ミリアね、上手ですね、とか、速いですね、とかって言われるよりも、リョウとおんなじ音ですねって言われるのがね、一番嬉しいの。台湾語で言ってくれるのかなあ。リョウとおんなじ音ですねって。血が同じだからですかって。うふふふ。」口元に箸を挟んだ手を持って行き、笑みを溢す。

 「……へえ。」

 「だからリョウと一緒に練習しないとなんないの。……ごちそうさま!」

 慌ててテーブルを見れば、ミリアの皿はすっかり空になっている。

 「じゃあ約束ね! 今日一緒にギター練習するの。ね? いってきまあす!」ミリアはさっさと立ち上がり、鞄を引っ掴み羽でも生えているのかと思うぐらいの軽やかさでドアを出て行った。

 リョウは暫く唖然としながらミリアの消えて行ったドアを見詰めていた。

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