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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 さんざ主人の昔話に花を咲かせた後、四人は幾度も礼を言いながら床屋を出た。

 そしてシュンのVWゴルフに同乗し、近くの台湾料理屋へと向かうこととなった。「お前らのお祝い兼、台湾の練習。」そうシュンが独断し、決定したのである。

 

 駅前の台湾料理屋は、真っ赤な看板に幾つもの菱形の「福」の書かれたカードが逆さに吊るされていた。ミリアは珍し気に店内を覗き込む。こじんまりとした店である。

 「台湾楽しみだよなあ。パスポートっつう洒落たモン取ってこねえとなあ! ああ、マジで初の海外遠征! 凄ぇよなあ!」シュンがそう言って勢いよく暖簾を弾き中へと入った。

 老夫婦が台所の奥から顔を覗かせ「いらっしゃい」と声を掛けた。店内はカウンター席以外には三つのテーブルしかない。そこには学校を終えたばかりの学生たちが、満足げに飯を食らっていた。

 ミリアはリョウの腕にぶら下がるようにして、女将に案内された一番手前の席へと座る。

 真っ赤な表紙の古びたメニュー表には、色とりどりの料理が写真入りで示されていた。

 「旨そうだな。大体こういう店は旨いんだ。」

 そう舌なめずりをしそうなリョウをミリアはうっとりと眺める。

 「わかるか? こういう……、何つうか、長年やってて、地元の客が入り浸ってる店。」

 「おじちゃんの床屋と似てるね。小っちゃくって、昔からのお店。」

 「だな。……よし俺はこの小籠包にする。」

 しかしミリアはすぐに真顔に戻って、「お野菜と果物も摂って。お肉ばっかじゃ駄目なの。」と厳しく忠告した。

 「さすが料理大学の学生だな。」シュンが腕組みしながら頷く。「大したもんだ。こんでリョウのデスメタルボーカリストとしての寿命は圧倒的に、伸びたな。ありがとなあ、ミリア。お前のバンドに対する貢献はギターだけじゃねえ。」

 「じゃあ、……野菜炒めとビーフン何とかも付けよう。」

 「俺も小籠包と……、」アキがメニュー表を凝視する。「エビチリ。超好物。」

 「俺はこのふかひれスープと北京ダックも付けるぞ。今日は何せ祝いだからな。」そう言ってシュンが満面の笑みを浮かべる。

 「ねえねえ台湾行ったら、夜気持ちがいいんだって。だから屋台に行きましょうねえ。」ミリアはリョウを見上げながら言った。

 「お前なあ、俺らは台湾に観光しに行くんじゃねえんだぞ。ライブしに行くんだからな。しかも初の海外遠征なんだから、どうしたって失敗は許されねえ。死ぬ気で海の向こうに精鋭作る気で挑まねえとなんねえんだよ。浮かれ切って失敗なんてマジであり得ねえかんな。」

 「……そんなの、わかってるけど……。」ミリアは口をとがらせる。

 「でもライブはたった一晩じゃんなあ? そしたらもう一晩ぐれえ屋台デートに付き合えよ。さんざ世話になっといてケチな兄貴だな。」シュンがそう言ってミリアを撫でてやる。

 「そうよそうよ!」ミリアは唾を飛ばしながら意気込む。

 リョウはミリアを見下ろし、「そうだな。……入院中は散々世話掛けたしな。大学だって、お前なりに色々頑張って受かったんだしな。まあ、じゃあ、……台湾行ったら一晩ぐれえお前と遊んでやるよ。」

 「いやったあ!」

 ミリアはぱちん、と両手を叩き飛び上がった。「そしたらスウェーデンも行こうね! ちゃあんと、きっちり結婚するのよ! それからヴァッケンも行って! メタルキッズを大暴れさせんの! そんでそんで世界中にLast Rebellionのファンが出来て! みんなリョウの曲に熱狂して! 嗚呼、どうしたらいいの!」ミリアは両頬を押さえて顔を仰け反らせた。

 「ギターを弾きゃいいんだ。お前の仕事は。決まってんだろ。」アキは即座に答える。「あ、すんませーん。注文お願いしまーす。」

 「そうね。」ミリアは神妙そうに頷く。「今日から頑張らなきゃ。もう受験の練習はしなくっていいんだから、ギター毎日弾いて。そんでリョウの音を支えるの! パンテラのダレルとヴィニ―みたいに! アーエネのマイケルとクリスみたいに! ずーっと仲良し兄妹なの!」

 早速やって来た店員に争うように片っ端から注文をすると、再び再びミリアはうっとりとリョウの腕に絡めた。

 もうこれ以上何も心配することはないのである。後は海外遠征のことだけを考えていればいいのである。ミリアはそう思うだけで息苦しくなるぐらいに幸福であった。堪らずリョウの腕をぎゅっと抱き締める。

 「そういやミリアな、最初お前が飯くれてやったからホレたらしいぞ。」暇になったシュンが突然言った。

 ミリアは一瞬呆気に取られた後、みるみる顔を真っ赤にし、「何でこんな時にそんなこと言うの! 内緒ごとに決まってんじゃん! 馬鹿! 大馬鹿!」唾飛ばしながら怒鳴った。

 「ああ。焼きそばか。」リョウは何事もないかの如く呟く。

 「違うの! 違わないけど、その後もいっぱいリョウの好きな所あるし! 本気でいっぱいあるし!」

 「でもさあ、飯って大事だよな。」リョウは穏やかな笑みを口の端に湛えながら言った。「俺もさ、入院してる時、お前が毎日何やかんや作って持ってきてくれるのが、実際凄ぇ楽しみだったんだよ。大げさな言い方すると、あん時、唯一の喜びだった気がすんだよ。そりゃあ、お前に勉強させねえといけねえと思ってたから、こんなしょっちゅう来んなとか、飯作って来なくていいとか散々言ったけどな。でも飯っつうのは偉大だよ。人の幸不幸を左右するっつうのかな。そんぐれえの威力はあるよな。うまくは言えねえけど。」

 ミリアは思わず瞳を潤ませる。

 「だからお前が大学で料理を勉強してえっつうのは、凄ぇいいことだと思ってさ。楽しく旨いモン食ってりゃあ、人間誰しも幸せだもんなあ。」

 「そうなの!」ミリアは大きく肯いた。「ミリアよっく覚えてんの。リョウが最初に作ってくれた焼きそばの味。それからライブの前にごちそうしてくれた親子丼でしょ。それから朝ごはん大事だよって出してくれるふわふわ卵焼き。その時ねえ、ミリアとっても幸せって思うの。お料理を勉強してもっともっと幸せなお料理を作って、作るだけじゃなくってリョウと一緒に食べて、みんなともっと幸せになりたいの!」

 「お待たせしました。」と言って三角巾を被った女将が、次々にテーブルに皿を並べていく。

 「うわあ。」ミリアは歓声を上げた。色鮮やかな大皿が目の前に並ぶ。

 すっかりテーブルが埋め尽くされると、シュンが一人一人にウーロン茶を注ぎ、「リョウ、ミリア、おめでとう!」と言ってグラスを高々と上げた。

 「まあ、ありがとう!」ミリアも腰を上げてシュンのグラスに自分のグラスを合わせる。

 「ミリア、是非とも立派な女子大生になってくれ!」

 「もちろんだわ!」

 「リョウもおめでとう!」

 「どーも。」リョウは半笑いを浮かべながら応える。

 「これからは世界を相手にデス声がなって、ギター弾きまくってくれ!」

 「たりめえだろ。」

 「以上で、……お揃いですかね。」女将が伝票とテーブルの皿を交互に凝視しながら言う。

 「お揃いだわ。ねえとっても美味しそうね。」ミリアが微笑む。

 老境に差し掛かろうとする女将は、「どれもこれも自慢の味です。」と答えた。

 アキが早速箸を手に持ち女将を見上げる。「女将さん、俺ら来年台湾行くの。これ、本場の味?」

 「私台湾人ですよ。ここで出してるのは、ぜーんぶ、小さい頃おばあちゃんに作ってもらった味ですから本場も本場。」

 「ええ?」ミリアは立ち上がった。「おばちゃん台湾の人なの? そしたらねえねえ、台湾に大学合格できるお守り売ってる? あとそれから夜屋台でデートできる?」

 「もちろん。」女将は皴の多い顔をさらに皴でいっぱいにしながら、「台湾には素晴らしい神様がいっぱいいますよ。それに安くて美味しい屋台もいーっぱい!」

 「うわあ。」ミリアはうっとりと身を震わせる。

 「よかったな、ミリア。さあ、乾杯!」シュンがそう怒鳴って次々にグラスをぶつけていく。三人もそれに応えた。

 さすが本場の味なだけあって、料理はいずれも素晴らしく美味であった。ミリアは一々目を見開きながらそれらを堪能する。以前程の食欲はまだ戻っていないはずのリョウでさえ、次々に皿を空にしていく。シュンやアキに至っては、小籠包を争うようにおかわりをした。

 「こりゃあ本場の味には期待が持てるぜ。」シュンが頬を膨らませながら言う。

 「楽しみだわ。」ミリアもそう言ってスープを味わう。

 「だから、ライブに行くんだからな。観光じゃねえぞ。」即座にリョウは釘をさす。

 「わかってるってば。」ミリアはそう言ってシュンからもらった北京ダックをくるくると菜にくるむ。

 「本当かよ。どいつもこいつも浮かれやがってよお。」しかし無理やり作った渋面は、すぐに綻び出す。料理は美味で、そして自分の体には異変が何もなかった。ミリアの努力は報われ、大学には合格でき、後はライブの成功に向けて尽力するのみである。そう思えばリョウは久方ぶりに溢れ出す歓喜を抑えることができなかった。バンドリーダーとしての顔が、脆くも崩れ去る。

 「リョウ、嬉しそう。」それに真っ先に気付いたのはミリアだった。

 「そりゃあ嬉しかろう。自分はがんじゃなかった訳だし、ミリアは大学に受かったんだからよお。こんな幸せが重なることっつうのは、なかなかねえぞ。」シュンがなんの衒いもなくそう説示する。

 「嬉しい。」リョウは認めざるを得ない。「後は、俺が夢見た海外のライブに、全てを賭けるだけなんだからな。俺は俺をそういう場で試せるのが、一番興奮すんだよ。」

 ミリアはぱくり、と北京ダックを頬張り、そのリョウの言葉を胸中に反芻させながら、今のこの時を一生忘れまい、とそう唐突に思った。もしこの世にさよならを言う日が来たならば、このことを胸中に思い描き、そして最後の息を吐こう。それは絶対に、絶望や苦悶とは無縁になるはずだ。

 ミリアは満面の笑みを浮かべて、口中に広がる甘辛い北京ダックを思う存分味わった。

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