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朝ここに入って行った、そのままの佇まいである。リョウは革ジャンを肩に引っ掛け、INFLAMESのTシャツを覗かせたまま、「お前もいたんか。」とシュンを見て目を丸くする。「暇な野郎だなあ。」
ミリアとシュンは勢いよく立ち上がったまま、リョウを凝視しながら息も絶え絶えに、ひたすら荒々しい呼吸を繰り返す。
検査の結果はどうだったのか。そもそも結果は出たのか、これからなのか。リョウの命は? 何でこんなに何事もなかったの如き、平然とした佇まいなのか。本当に検査をしたのか。ここで半日何をしてきたのか。このまま家に帰れるのか。台湾には行けるのか。胸中を支配する渦巻く疑念に耐えられず、遂にミリアはソファに突っ伏して泣き出した。
「わあああん!」静寂に包まれた検査室に轟き渡る大声である。
リョウは一瞬怯んで「何だよ、お前。何で泣くんだ。どうした。」と矢継ぎ早に発し、顔を上げさせ、濡れた頬を手で拭ってやる。
「リョウ、どうだったのよう! がんはどうなってたのよう!」
「ああ。」リョウは半笑いを浮かべる。
ミリアはリョウを見上げ、ひっく、と息を呑み込んで喉元を抑え込み、全身全霊をかけて黙した。シュンも腰を低く構えてリョウの次なる言葉を待ち構えた。
「……大丈夫だって。」
ミリアとシュンは息を呑んだ。
「だ、大丈夫?」ミリアは深刻そうに繰り返す。
「ああ。CTとか血とか色々やったが、何もねえとよ。がんらしき野郎はどこにも。さっぱり。」
「えええ、やったああ!」真っ先に諸手を突き上げ、歓声を上げたのはシュンである。「リョウの完全復活とミリアの大学合格! おめでとう!」
「え。」ミリアは目を見開く。
「お前、大学合格してんだよ! ほら見ろよこれこれこれ!」ミリアの目の前にくっ付けんばかりにスマホの画面を突きつける。ミリアは身を仰け反らせ、そこに記された番号を上から順に追った。
「あ、……ああ。ここ。0024。0024って、書いてある……。」ミリアの声は震えていた。慌ててリョウが荒々しくシュンのスマホを引っ手繰る。
「マジか……。」指で辿り、一点に留まりそのまま硬直する。「合格、してやがる……。」
「ミリア! 凄ぇぞ!」シュンは更なる歓声を上げた。
「ミリア! お前大学生だぞ! 念願の、悲願の……。」リョウは矢も楯もたまらずミリアを抱き締めた。「中学じゃ0点ばっか取って、高校行かねえ、そんでギタリストになるなんつってたお前がよおおお!」
「リョウが、リョウが、検査大丈夫だった! がんじゃなかった! 良かったあああ!」ミリアはミリアで歓喜の声を上げながら、両手を広げ思い切りリョウに抱き付く。
「……よお。」とそこに恐る恐る声を掛けた来たのはアキであった。シュンのすぐ後ろに来ているのに誰も気づかなかったのである。
「アキ!」ミリアが振り返って叫んだ。「アキ! 何でいるの! ねえ!」
「心配で。その……大丈夫だったんか?」
「俺は大丈夫だけどよお! それよかミリアが大学生だぞ! マジで! 信じられるか! このミリアが!」
「おお!」アキは似合わず目を見開き、讃嘆の声を上げた。「お前もミリアも、とにかく万事OKなんだな! やったじゃねえか! やったぞ!」
「そうなの! ありがとう! リョウが無事なのよ! 台湾行けるのよ! 屋台のデートなのよ!」
アキは一瞬首を傾げたものの、抱き付いてきたミリアをそのまま抱え込む形で抱き締めた。
「お前もやるじゃねえか! ああんなちんけなガキだったお前がよお、大学生かよ!」アキはそう言ってミリアの背中をばしばしと叩く。
ミリアはぱっと顔を上げ、潤んだ瞳をアキにひたと向け、「そうなのよ! リョウがもうがんになるんじゃあないかって、泣きべそかかなくっていいのよう!」と勢いよく涙を振り払う。「おめでとう! リョウおめでとう! みんなおめでとう! ミリアもおめでとう! デスメタルの神様、本当に、ありがとう!」