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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 ミリアは相変わらず茫然と検査室の扉を見詰めていたが、「ミリア。」突如後方から声を掛けられ慌てて振り向いた。

 そこにいるのは、黒い長髪を後ろで束ね、革ジャンにMURDUKのTシャツを着た、馴染み深い顔である。 「シュン!」ぱっと顔を綻ばせる。

 「あははは。どうだ、早ぇだろ。俺の二十年物の愛車はなかなかああ見えて、走るかんな。」

 ミリアはシュンに力一杯抱き付いた。

 「何だよ。俺はリョウじゃねえぞ。」

 シュンは一瞬身を捩ったが、ミリアは頭を擦り付けるように一層精一杯の力を込めた。シュンは諦めたように、ミリアの頭を撫でてやる。

 「お前なあ、一々大袈裟なんだよ。たかが検査するだけじゃねえか。考えすぎ。ほら、飯食いに行くぞ。どうせリョウが出てくるまで、何も食わねえつもりだったんだろ。」

 シュンはミリアの頭を無理矢理引き剥がすと、腕を引っ掴んで廊下を大股で歩き始めた。

 「それよかよお、今日お前、大学の合格発表なんだろ? リョウから聞いたぞ。お前いつの間にか大学なんか受けてたのな。大したもんじゃねえか。言っとくがLast Rebellionは全員高卒だかんな。お前が一番の学歴出世頭だ。」

 「うん。」ミリアは頬を固くしたまま肯く。

 「大学で何やんだよ。デスメタルか? ギターか? それとも、こう、……モデル歩きでもやんのか?」と言って腰をくねらせて歩く。

 「ううん、違う。お料理やんの。」

 「へえ、大学で料理なんか勉強できんのか。凄ぇな。まさか、女子大っつうやつか?」

 「うん。」

 「おお、マジか。凄ぇじゃねえか! 女子大かあ。遂にこの俺に女子大行ってる友達ができんのか。ミリアだって事実をさっ引きゃあ、何か、ドキドキすんな。」

 「お友達? 変なの。シュンは、お兄ちゃんだわ。」

 「そうか。実の兄貴が夫になっちまったからなあ。まあ、それでもいいや。とりあえず合格祝いだ。お前の何でも好きなもん食いに行こうぜ。何食いてえ?」

 エレベーターの前で立ち止まった。ミリアは首を傾げる。

 「こっから外行かない」

 「え、何で。」

 ミリアは深く決意したようにゆっくりと頷く。

 「だってリョウが一人ぽっちになっちゃうもん。だからミリアここ、出てかない。」

 「んなことしなくたって大丈夫だよ、てめえの兄貴……じゃねえ、夫はたかが検査するだけなんだからよお。大方『元気いっぱい台湾でがなり立てて来てくださいね』、って言われて終いだろが。」

 ミリアはしかし俯いたきり動じない。

 「……わーかったよ。じゃ、下の喫茶店でも行って何か食ってくるか。それならこん中だし、いいだろ?」

 「うん。」漸くミリアは顔を上げて微笑んだ。

 二人はエレベーターで階下に降りると、入口近くにある喫茶店へと入った。その序でに床屋を眺めたが、「只今出張中。十二時から開店致します。」と入口に達筆な字で書かれていて、中は暗かった。

 「おじちゃん。まだお仕事してんだ。」

 「誰、おじちゃんって。」

 「床屋のおじちゃん。リョウのこと坊主にした人。でもね、いい人。」

 「そりゃあ、床屋が客の要望通りに坊主にして悪人扱いされちゃあ、割り合わねえねえな。つうかお前、結構あちこちに家族いんのな。リョウが夫だろ? そんで俺が兄貴だろ? そしたらアキも兄貴だろ? ついでにユウヤもか? そんでここにはおじちゃんがいて……」そこまで言って実の非情過ぎる母親は生きてたんだっけ、と思いシュンは口籠った。

 「そうね。」ミリアはほんのりと微笑んだ。「だからミリア全然寂しいって思ったことないの。リョウが入院してた時は、おうちで一人ぽっちで、THOUSAND EYESの『Endless Nightmare』が頭にずーっと流れてる感じだったけど……。」

 「お前ずっとリョウの病室に入りびたりだったじゃねえか。」

 「そんなことないもん。ちゃんと学校だって行ってたし、おうちでお夕飯お料理してからリョウの所持ってってたもん。病院にいたのはちょっとだけだもん。」

 「まあ、感じ方は人それぞれだな……。」

 喫茶店に入ると一面のガラス窓からは、紅葉した銀杏の樹々が煌びやかに輝いていた。どっかと窓際にシュンが腰を下ろし、ミリアはその前に座った。

 「秋だなあ、早ぇよなあ。リョウが入院してからはマジでどうなるかって心中怒涛だったけど、月日はどんな時でも勝手に過ぎていくんだからよお。」

 ミリアはシュンから差し出されたメニュー表に茫然と視線を落としながら、「もう病院にリョウ渡さない。」

 シュンはぷっと噴き出す。「別に病院だってあんなトンデモ野郎閉じ込めたくって、入院させてる訳じゃねえからな。」

 「……そんなの、わかってるけど。」口をとがらせる。「でも看護師さんいっつもリョウの傍にいるから、ミリアちょっとだけ、看護師さんになろうかなって思ったこと、あった。」

 「マジか!」シュンは目を丸くする。「お前ってマジで全部が全部リョウ中心なんだな。もしあいつが三味線やってたら三味線やってたんだろうなあ。琵琶だったら琵琶。琴だったら琴。」

 「そう。」ミリアは生真面目に即答する。「でもデスメタルのギターだったの。」

 「お前ってとことんリョウが好きなんだなあ。それで六歳から一筋って、ある意味凄いよなあ。」

 ミリアは深く眉間に皴を寄せた。「でも……。ミリアずるいの。」

 「ずるい?」

 ミリアはこっくりと頷く。「ミリアがどうしてリョウを好きなのかってこと。考えると、ずるいの。」

 「何だ、別に理由なんていらねえんだぞ。人の感情なんだから。」

 「でも……。」

 ウェイトレスが目の前に氷水を置いた。からん、ころんと涼し気な音が響く。

 「もう、お決まりでしょうか。」

 「あ、ああ。」シュンは慌ててメニュー表を覗き込み、「俺はナポリタン、お前は……これ卵入ってるぞ。ハムと卵のサンドイッチ。これでいいか?」

 「いい。」ミリアはどうでもよさそうに頷く。

 「じゃ、それで。俺は食後にコーヒー。こっちにはミルクティ付けて。」

 「はい。承りました。」清潔そうなエプロンを身に着けた婦人は軽く頭を下げて、戻っていく。暫くシュンはミリアの次の言葉を待った。

 「……あのね。」ミリアは言いにくそうに俯く。「ミリアは最初リョウに一目ぼれしたと思ってたんだけど、違うかもしんないの……。」

 それがどうした、世の中打算で引っ付いているカップルは山ほどいる、とシュンは思う。そもそも女子高校生の恋愛話程退屈なものはないのである。シュンは心中げんなりとしながら、ナポリタンの到来を待った。

 「最初にリョウがご飯くれたでしょ。ミリアその時、とってもお腹減ってたの。だから……。」

 シュンは噴き出す。

 「飯くれたから懐いたかもしんねえって、今更罪悪感に駆られてんのか! あははは、大バカだな!」

 ミリアは首を横に振る。「それにそれに……。パパはミリアのこと蹴っ飛ばしたり殴ったりしてたの。毎日。そんで女の人が来るとずっと、寒くても暑くても、お外にいなきゃいけなくて。でもリョウは絶対蹴っ飛ばしたりしないし、ぶん殴りもしないし、しかもクーラー付いたおうちにずっといていいよって……。ギターも貸したげるし教えたげるって……。」ミリアは声を震わせる。

 だからそれが何だ、とシュンは思う。

 「それってリョウじゃなくっても、優しくしてくれたら、誰でも好きになってたってことよね?」

 シュンは首を傾げる。「……でもなあ。そんな小さい子が突然家やって来て、はいわかりました、今日からうちに住んでいいよ、面倒は一切合切看ますよなんて、普通言わねえからな。警察連れてって終いだろ。しかも貧乏で将来性皆無のバンドマンがよお。少なくとも俺にはんなマネできん。」

 ミリアは目を瞬かせた。

 「まあ、でもあいつが誰に対しても普遍的に優しい奴かっつったら、断じてそんなことねえからな。散々言ってきたが、ギタリストはしょっちゅう切る。しかもわざわざ言わなくてもいい悪態ついてクビにする。ライブに来たファンとは一言も交わしやしねえ。近寄ってきたら睨みつけて終ぇだ。物販にも立ったことさえねえ。ダイブにステージ上がった客は問答無用で蹴っ飛ばす。あいつ、相当酷い男だったからな。」

 シュンは顔を近づけ声を潜めて言った。

 「そんな男が何の気の迷いか、お前のことだけを可愛がって十何年も一緒に暮らしてんのはなあ、奇蹟だ、奇蹟。この世の奇跡。」

 「奇蹟……?」

 「そうそう。だってな、極悪非道な冷血漢を真っ当な人間に変えたんじゃねえか。お前が飯目当てでリョウに懐いたとしても、リョウがよくなったんだったら別にいいじゃねえか。小難しいこと考えるから、おかしくなる。」

 「そう、……かなあ。」

 「そうそう。お前は一々考えすぎなの。俺らは頭良くねえんだから、あれこれ考えなくっていいんだよ。感じたまま生きてきゃさあ。」

 ミリアは小さく肯いた。

 「それよりよお、もうあと五カ月だかんな。お前の大好きなクリスマスが来て、そんであっという間に年末来て、そしたらほとんど気付かねえ内に正月来て、そんでちーっとあったかくなったらもう台湾。Last Rebellion初の海外遠征。楽しみだよなあ!」

 「うん。」ミリアは肯いて、しかし心配そうに俯いた。リョウは今、検査で辛い思いをしていないだろうか。それに、がんなどが見つかってしまったらどうしたらいいのか。そう思えば台湾なんてどうでもいい。人生で得る筈であった僥倖の全てをリョウに回して下さいと、ミリアは身を固くして祈った。

 「大丈夫だよ。」シュンは即座にミリアの心境に気付いて言った。「リョウは昔っから海外で演るんだって言ってたしな。あいつは自分で口にしたことは必ず、叶える。十代の頃はなあ、聖地でワンマンやるとか、ギター雑誌に載るとか色々言ってたが、三十路を超えてみりゃあ、何だって叶えてきてんだよ。見たくれ通り凄ぇ男だぞ、あいつは。ギタリストとしてもボーカリストとしても、実力は十二分。才能もある。まあ、ああいうのが神に愛されてるっていうんだろうなあ。まあ、愛されてるのはデスメタルの神オンリーだけど。とにかく、何があっても結果オーライで収支決算する奴なんだよ。そこは近くで見ているお前が一番よくわかってんだろ?」

 ミリアは涙が零れ落ちないように、ひたすら真っ直ぐ遠くを見つめていた。

 たしかにシュンの言う通りだ。そしてリョウはがんの再発はありえないと、大丈夫だと言っていた。そして台湾に行き、異国に精鋭たちを作るのだと言っていた。

 ――俺ら英語でやってて良かったよな。俺が何言ってんのか、わかってくれるからな。俺は実は結構歌詞にも力入れてんだぜ。絶望の汚泥を掘り起こしてよお、えっさほいさって。いわば絶望のドカタだな――。

 「大丈夫……。」ミリアは自分に言い聞かせるように呟いた。

 「そうだ。大丈夫だ。……考えてもみろよ。ある日突然押しかけて来た、見も知らねえ自称腹違いのガキをその場で面倒看ることに決めて、そんで何だか知んねえが、結構ちゃあんと育て上げて、育てたついでに自分のバンドのパーソナルなギタリストにしちまうなんて、普通考えられねえよ。」シュンはそう言って、あっははは、と笑った。

 「リョウは最初ミリアとバンドやろうなんて、思ってなかったもん。ギター教えたのはおうちにおもちゃがなかったからって、言ってた。」

 「あいつの家に女児向けおもちゃがあったらホラーじゃねえか! ま、だけど最終的には自分とツインギター弾かして、挙げ句の果てにゃあ嫁だ。これ以上の結果オーライってあるか。あいつはそういう、面倒背負い込んだり、失態しでかしたり、病気んなったり、色々やらかしはするが、それをぜーんぶ」ふ、と鼻で笑う。「てめえの利得にしちまうんだ。」

 「うん。」ミリアは素直に頷いた。

 「あいつの最大の強みはな、全部の絶望を曲に昇華して、そんでこういう経験があってよかったって、遥か上空から笑ってみせるところだ。人生全部その繰り返し。」

 「そうよ。」ミリアは思い当たって身を乗り出す。「だってねえ、苦しいかったこと、目の前にあるみたいにじーっと見て曲作るんだもの。デスメタルの曲はそうやって作らないと、感情が込められなくって、勢いもリアリティもなくなって、全然ダメってよく言ってる!」

 「普通は、厭なことって思い出したくもねえってなるんだよ。蓋してなかったことにしようって思うの。普通の人間はな。そうやって知らんぷりして生きていくの。」

 「リョウは普通の人間じゃあないの?」

 「ま、そういうこった。」

 ミリアは暫く考え込んで、「普通なんかいらない。」と呟く。「だってリョウはボーカルもギターも世界一だもの。一番強くてかっこいいもの。リョウが作る曲、どれもこれもすっごいもの。絶対に台湾の人も、リョウかっこいいってなる。それからもっともっと。ドイツのヴァッケンの人も、なる。」

 「だよな。」シュンはにやり、と笑んだ。

 「それにそれに。」ミリアの口吻には次第に熱が籠ってくる。「リョウはかっこいいだけじゃなくってね、いつもすっごい優しいの。ミリアの言うことなあんでも聞いてくれるの。」うっとりとミリアは目を閉じる。

 「そうなんか。」またどうでもいい話題になってきた、とシュンは内心うんざりする。

 「ミリアがねえ、今日とか、絶対病院行くって言い張ったら学校行けってうるさくしたけど最後はしょうがねえなってなったし、リョウ、今日、検査までご飯食べられないから、ミリアも絶対ご飯食べないって思ったの。朝、リョウが勝手に卵焼いてね、食えって言われて唇つままれてぐいーんって開けられそうになったけど、そんでも絶対口開けなかったら、しょうがねえなってなったし。」

 それはお前が頑固だってことじゃあねえのか、とシュンは思いなしたが黙した。

 「だからとっても、優しいの。」ミリアは無意識にダイヤの嵌められた指輪のある左手薬指を右手で覆った。

 「良かったなあ。リョウん所来れて。」

 ミリアは真剣に頷く。「……もしリョウの所来れなかったら、……そんなこと考えるだけでおっかない。泣いちゃうぐらいすんごいおっかない。」

 「リョウも俺もおっかねえよ。お前が来てくれなかったよお、リョウは相変わらず刃物みてえに生きてたろうし、そんで周りからは恐れられ嫌われ、次から次へとひっきりなしに新しいギタリストが入っちゃあ消えてしてってやってたんだろうなあ。そんで車内に何日も缶詰になるツアーとかもぴリぴりしてさあ。そんじゃあ、バンドだってでかくならねえよ。本当お前が来てくれて良かったよ。お前はあいつを人間にしてくれたんだよ。」

 「リョウは人間じゃあないわ。ライオン。真っ赤な鬣ももうすぐ生えてくるの。」ミリアはうっとりと呟いた。

 そこにウェイトレスがやってきてナポリタンとサンドウィッチを並べた。

 「おお、旨そうだな。食うぞ。頂きます。」

 二人は昼食を腹に納めると、再びリョウの検査室の前へと戻った。そこは相変わらず静寂に包まれており、何も変わらぬように見えた。ミリアは目を細めて、扉の向こうをあたかも透視するが如く力強く凝視した。

 「そんなおっかねえ顔すんなよ。つうかあと一時間でお前、合格発表じゃん。」

 「そんなの、見ない。」

 「なあんで。怖ぇのか?」シュンは苦笑いしながら言った。

 ミリアはキッと睨んだ。「リョウが大丈夫だったよって出て来るまで、見ない。一緒に結果見るの。そんでおめでとう、って言い合うの。邪魔しないで。」

 「……そうか。」酷い頑固者だ、とシュンは内心おかしくてならない。

 二人は検査室前のソファに両手を揃えて座り込んだ。シュンは時折退屈そうに欠伸を噛み殺し、ミリアに話し掛ける。

 「台湾行ったら何する?」

 ミリアは黙っている。

 「やっぱ飯だよな。飯。リョウは好き嫌いねえし、結構なんでも旨いっつって食っちまうから、屋台とか回ったら楽しいんじゃねえの、連れてってもらえよ。」

 「屋台?」ミリアがようやく食い付いた。

 「らしいぞ。台湾は三月ぐれえじゃもう結構暑いから、夜外出てても結構いい気分だっつう話だ。って、ユウヤが言ってた。」

 「そうなの。」ミリアはそう言って頬を緩める。「……ミリアね、リョウと一緒に夜デートするの夢なの。こうやって腕組んでえ」と無理矢理シュンの腕に自分の腕を絡める。「そんで町はぴかぴかしてて、楽しいねって言うの。子供の頃ね、クリスマスに駅前の大きなツリー見に行ったの。帰りにはケンタッキー・フライド・チキンとケーキ買ってもらってね。ケーキにはブルーのドレス来たお姫様が乗っかってて、ミリアそれ、食べられるって知んなくて、お人形の友達にするって言ったの。でもそしたらリョウは腐るから食えって言って……。」突然ミリアの目から涙が溢れ出した。シュンはぎょっとなって思わず身を仰け反らせる。

 「リョウ、台湾行ける? もしも、もしも、リョウが治らなかったらどうしたらいいの。もうあんなに痩せたり苦しくなったりするの、見たくない。あんなのってない。」

 シュンは「大丈夫だよ。大丈夫大丈夫。」そう言って頭を撫で摩る。

 そうこうする内に合格発表の時刻となった。ミリアは気付ているのだか、気付いていないのだか、じっと相変わらず検査室の扉を見据えている。

 「なあ。」

 「なあに。」

 「あのさ。……三時になったぞ。」

 「だからなあに。」

 「合格してっかどうか、……気になんねえ?」

 ミリアは暫く黙して、「本当は、……ちょっとだけ、気になる。」と呟いた。

 「だよな!」シュンはそう叫んで膝を叩いた。

 「でも見ない! リョウが大丈夫だったよーって、出て来るまで、見ない。」

 「……そうか。」

 再び暫く沈黙が訪れた。

 「……なあ。俺だけ見たら、ダメ?」

 ミリアは険しい目でシュンを睨み付けた。「ダメ。だって、そしたら『あっ』とか、『はあっ』とか、何か言うじゃん! そしたらミリアにバレるじゃん! ミリアはリョウが出てくるまで知りたくないのに!」

 「じゃあさ、絶対無反応決め込む。だから、……見てもいい?」

 ミリアは疑惑の目でシュンを凝視した。

 「絶対?」

 「絶対。」

 「そんなの、できんの?」

 「できるできる。俺、何も言わねえし呼吸も変えねえ。何も変えねえ。心頭滅却すっから。」

 観念したようにミリアは深々と溜め息を吐いた。「……ならいいよ。」

 「マジか!」スマホを取り出し、「受験番号教えて。」

 「……0024番」

 再び静寂が訪れる。ミリアは全身全霊をもってシュンの変化に五感全ての感覚を研ぎすました。しかし約束通り、シュンは呼吸も声も全てにおいて無反応を貫いている。

 「ねえ。……見た?」遂に耐えきれずミリアが問うた。

 「見た。」静かにシュンは答えた。

 ミリアの心臓は高鳴る。

 シュンの声は厭に落ち着き払っている。これは約束を死守したが故の結果であるのか、それとも言うに言われぬ、すなわち不合格の結果であるのか。ミリアの胸中はざわついた。

 こんなことを許可するのではなかった、と後悔の念が渦巻く。「どうだったの?」そう聞こうとして、否、リョウが出てくるまでは絶対に知らないのだ、と深呼吸をして自身を落ち着かせる。でもなかなか落ち着くことはできない。ミリアは何度も無理矢理深呼吸を繰り返した。

 そのミリアの反応を見ながら、次第にシュンも結果を伝えるべきか否か、鼓動を速める。ああ、もう、言ってしまった方がお互いに楽になれるはずだ。絶対そうだ。そう言おうとして息を吸った瞬間、検査室の扉がガタリと開いた。

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