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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 「今日ね、学校でいっぱい褒められちゃった。」ミリアは台所で豚肉を茹でているリョウの横腹に身をくっつけて言った。

 「資料もよくできてるし、発表も上手だって。」

 リョウは一瞬箸を止め、その褒められた資料は自分が作ったんじゃないかと思いなす。

 「調理部の香西先生もね、黒崎さん、たくさん本読みましたね。努力の跡がちゃんと見られますよって、そう、言ってくれたの。」

 「……良かったな。」しかしせっかくの喜びに水を差したくなかったので、リョウは菜箸を動かしながら肯いてやる。

 「去年合格した先輩よりも発表の中身が充実してるし、上手よって。」ミリアは身をくねらせて喜びを表現する。

 そこまで持ち上げて不合格だったらどうするんだ、とリョウはちらとミリアを見下ろし一人憂慮する。

 「……まあ、実際に高校の先生が合否を決める訳じゃねえからな。油断しねえで、ちゃんと練習しろよ。入試まであとたった二週間しかねえんだからな。」

 リョウはそう言って白く茹でられた豚肉をざるに開ける。一気に湯気が上がった。

 「リョウも、……元気?」ミリアは不安げにリョウの顔を見上げた。

 「元気に決まってんじゃねえか。食欲旺盛、ギターもばっちり、まあ、……髪はなかなか伸びねえけど……。そんぐれえだな。」

 ミリアは大皿を取り出した。そこにリョウが豚肉を盛りつけていく。そして大根の皮むきを始めた。

 「髪の毛なんて、どうでもいい。」

 リョウはぷっと噴き出し、その瞬間思わず大根の身に包丁を入れてしまい「ああ!」と怒声を上げた。「お前なあ! 入院直後、坊主にすんの激烈反対して床屋に怒鳴り込んできたの忘れたんか。なんつう変わり身の早さだ。」

 「だって。」ぶっと頬を膨らまして、「ミリア、わかっちゃったんだもの。はっきり、わかっちゃったんだもの。リョウが元気なら、何でもいいって。髪の毛なくったって、デブったって、日焼けしたって。なんでも。」と言った。

 リョウは首を傾げ、「まだ人生でデブったことと日焼けしたことは、ねえな。」と呟く。

 「でもいいの。どうでもいいの。」ミリアは妙な鼻歌を歌いながら、冷蔵庫からレタスとハムを出してサラダを作り始める。

 「こういうのだってね、リョウがいなければつまんないの。ご飯も全然食べる気しなくって。リョウが入院してた時、みるみる痩せた。」

 「……知ってる。」リョウはそう言って遠くを見つめるように目を細めた。あの時、自分が何度目からの無菌室に入っていた時である。日に日に目ばかりが大きくなるミリアの身を確かに案じてはいた。しかしそれは全く言葉にも行動にも移せなかった。自分の治療があまりにも過酷で、身動き一つ取れず。口も利けず。その無力さが痛感される。

 「リョウがいないと、ミリアはダメって凄く思った。」

 ミリアの受験が二週間後であるということは、ほとんどその軌を一にして自分も検査をしなければならないということを意味する。万が一再発していたとしたら、ミリアまで今度こそ正真正銘共倒れになるのではないか。不安の暗雲が胸中を覆っていく。

 「ご飯って、幸せだから食べられるし、食べられるから幸せになれるのかもしんない。そう考えるとお料理大学で勉強するのって、とっても素敵なことかもしんない。」

 ミリアが急に哲学じみたことを言い出したので、リョウは噴き出した。

 「何だお前、急に。」

 「本当はね、本当はね。」ミリアはそう口早に言って、恐る恐るリョウの顔をちらと見上げた。「大学なんて行かなくていいと思ってたの。お金いっぱいかかるし。ミリアはカイトみたいに頭よくないから、私立しか行けないんだし。それよりも断然モデルのお仕事増やしてもらってお金稼いだ方が、いいって。それにそれに、大学行かなきゃバンドとかギターにももっともっと時間使えるし。そうやって頑張ったらもっとお客さん来てくれるようになるかもしんない。でもリョウが大学行けっていうから、しょうがないなあって思ってた……。本当は。」ミリアのレタスをちぎる手が止まる。「でも最近、発表の練習とか始めてからは、大学行ってお料理の勉強めいっぱいして、そんでいつかリョウにはもちろんだけど、リョウ以外の人にも美味しいご飯食べてもらって、そんでみんなを幸せにできるようになったら、ミリアもとっても嬉しいかもって思うようになって……。」

 リョウも皮をむき終えた大根を握りしめて拝聴している。

 「リョウ、覚えてる? 最初にここ来た時、リョウが白い焼きそば作ってくれたの。すっごいすっごい美味しくて、胸がいっぱいになって、じんわり熱くなって、あの瞬間ミリアはすっごい幸せになった。一気に天国に昇ったみたいだった。それから初めてライブ出た時も、ミリア不安で、大丈夫かなって思ってて。そんでね、みんなでご飯食べに行ったでしょ。その時リョウがこれがいいよって注文してくれた親子丼、キラキラしてて綺麗で、わー、素敵って思って。ライブ絶対頑張れそうって思って。だからね、ミリアいっつも食べ物に幸せ貰ってんの。だから、お金かかるけど、大学でもっともっとお料理詳しくなって上手に作れるように、お勉強さしてほしいなって……。」

 「金なんざ幾らだって稼いできてやるよ。」リョウはにっと笑って腰を屈め、ミリアの目線で話しかけた。「まかり間違っても再発なんつうクソダリイことはしねえよ。そんでお前の大学行く費用は俺が当面はギターレッスンで金を稼いで、そんでも足りなきゃあ誰それ構わず曲書いて、何とかする。お前がちゃんと自立する方法を見出せたんなら、それが俺にとっては一番嬉しいことなんだよ。俺は……」リョウは今度は大根おろし器を腹の前に置き、力を込めてごりごりとやり出した。「ただただお前に幸せになってもらいてえんだ。自分のやりてえこと見つけて、それに寝る間も惜しんで全力で取り組んで。そんであわよくば周りの人間が凄ぇとか、かっけえとか、そういう風に思ってくれて。幸せってのは結局そういうことだと思う。貧乏人が言えた口じゃねえが、金があるっつうことよりも、そういう人生歩める方が幸せなんじゃねえかって、これは勝手な俺の持論なんだが。でも、正直、そう思っちまうんだよな。」

 ミリアは微笑んで、「ミリアは毎日好きなことばかししてるし、それをこれからも続けてくの。だから幸せ。ギターもお料理も。幸せなことは全部リョウが教えてくれた。」と言った。

 「そうか。じゃあこれからもっともっと突き詰めていけるよう、頑張れよ。俺が教えてやれんのはギターぐれえだけだけどな。それもいつ抜かしちまっても構わねえから。」

 うん、とミリアは遠慮なしに満面の笑みで肯いた。

 目の前には大根おろしの載った豚しゃぶとレタスとハムのサラダが綺麗に大皿に華やかに出来上がった。

 「つうか、今日のなんか特別旨そうじゃねえ?」

 「絶対美味しい!」ミリアはその場に飛び上がってリョウの腕を抱き締めた。

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