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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 ミリアは懐かしい故郷の空気を吸うように、ライブハウスの扉を開けた途端諸手を広げて大きく深呼吸を始めた。リョウはその隣をつかつかとステージに向かい早足で歩いていく。

 「あ、リョウさん、ミリアさん、お帰りなさい。」と真っ先に駆け込んできたのは、いつも機材の搬入から運転まで買って出、ローディーをしてくれているヨウヘイである。暫く見ぬ内に髪は背まで伸び、しかも赤く染めている。

 「いよう、久しぶり。今日はよろしくな。」リョウは手を挙げると微笑みながら、やはりステージへと進んでいく。ミリアは知っている。どれだけリョウがこの日を待ちわびていたか。今日の曲を選出する時、前日リハの時、リョウが楽しみで楽しみで仕方がないとばかりに、それらを行っていたことを知っている。

 「あらあ、髪の毛赤くなってる。」

 「いやあ、今日はリョウさんの復活ライブじゃないっすか、だから尊崇の念を込めて昨日染めてきたんすよ。」

 ミリアは目を丸くし、「でも今日リョウは坊主だわよ。ほら。だってお病気してたんだもの。」とリョウの後姿を指差しながら耳打ちする。

 「知ってますって。まあ、でもリョウさんのイメージがね、やっぱこれだから。」

 「そのぐらいになるのに、あとどんぐらいかかるかしらねえ。その前にリョウは頭元に戻すつもりなのかしら。これでどこででも働けるって言ってたのよう。」

 ヨウヘイは目を見開き、「え、え……。」と戸惑う。

 「でも精鋭も誰も彼も、きっとリョウは真っ赤なライオンヘアーでステージに立つと思っているわよねえ。坊主頭じゃあびっくりするわよねえ。」

 「否、でも、入口ん所、シュンさん張り紙してくれたんで。」

 「張り紙?」ミリアは眉根を寄せる。

 「ええ。色々書いてくれましたよ。シュンさんがマッキーで。手書きで。見てきます?」

 ミリアはこっくり肯くと、身を翻してヨウヘイと共に入口へと向かった。リョウがステージ上で心底嬉し気にギターを抱えているのを、ミリアは微笑みながらちらと見遣った。


 入口近くには、いつものブラックボードの隣にご丁寧にもう一枚、段ボールを一枚に伸した紙が張り付けてあり、そこには何やら細かな字でつらつらと記してある。


 『皆様お待たせ致しました。本日は実に九か月ぶりにお目にかかりますLast RebellionのベーシストSYUNでございます。暫くライブから遠ざかっておりました理由についてはHP等でも告知してきましたが、我らがフロントマンRYOががんで入院していたことによります。しかしRYOは日本屈指のデスメタラーでございますので、死線こそ彷徨えど、三途の川にくるぶしぐらいは浸かれど、本日万事を期して復帰を致しました。めでたいね! 皆さんもRYOのデスボイスと超絶ギターテクを一刻も早く拝みたくうずうずなさっていることと思いますが、ここで一点注意をさせて頂きます。無論声も、指も、以前と何一つ変わるどころか、瀕死になったことでサイヤ人の如く一層パワーアップしている様子ではありますが、抗がん剤治療の影響で髪の毛がまだございません。真っ赤な長髪振り乱すヘドバンを期待なされているお客様には大変申し訳ございませんが、お応えし兼ねますのでここでお引き取り願います。無論その際には受付にて返金をさせて頂きますので、ご安心くださいませ。しかしそれを補ってあまりあるパフォーマンスを、新曲込みでお見せ致しますことをここに宣言させて頂きます。この新曲、っつうかキラーチューンはLast Rebellionの新境地を切り開くものです。それを今宵皆々様方に最初にお見せ致しますのを、心より一同楽しみにしております。請うご期待。』


 「……何て書いてあんの。」ミリアが目を細めながら言った。

 「つまり……」ヨウヘイは苦笑しながら「リョウさんは今日髪の毛ないから帰ってもいいですが、凄い新曲やりますよってことですね。」

 「帰っちゃうの……。」ミリアは悲し気に鼻を鳴らす。「久しぶりだのに……。」

 「否、帰らないでしょう。リョウさんの髪の毛だけ観に来てる客なんて、いないすから。そんな、マニアすぎる奴。これはシュンさん独特の宣伝文句で……。」

 「あ、ミリアちゃーん!」

 と後方から叫び声が上がる。ミリアはびくりとして振り向いた。道路を挟んで向こう側には懐かしい精鋭たちの顔があった。手を大きく振り、一目散に走り込んでくる。

 「ああ! まっちゃん! 浩二さん! タカさん!」ミリアはその場でぴょんぴょん飛び跳ね、懐かしい名前を絶叫した。Last Rebellionの揃いのTシャツを着た三人の男たちは、青信号を全速力で渡ってきた。そのままミリアの前で肩を激しく上下させながら、「ああ、マジで、本気で、本当に、楽しみにしてましたよ!」と口を切ったのは、一体どこに住んでいるのかとリョウに言わしめた、すなわち、全国どこでライブをやろうとも必ずリョウの真ん前にいる赤髪のまっちゃん、こと松下である。

 「来てくれたのね! 嬉しい! 忘れられてたらどうしようって思ってたのよう!」ミリアは感極まって三人と次々に握手を交わしていく。

 「まさか、んなことあるわけないでしょう!」隣で黒髪の浩二は地団太踏んだ。

 「そうすよ、こいつはねえ、リョウさんが入院したって報を聞いてから、必死に残業こいて金貯めましたよ。復活後は海外でのライブだってストーカーの如く遠征すんだって。」タカはそう言って微笑んだ。

 「そうなの、大変だった? 一緒に海外行こうね。」ミリアは頬を紅潮させて肯いた。

 「マジで? どこに?」三人は血相を変える。

 「んーと、よくわかんないけど、きっとそのうちリョウが言うわよう!」ミリアはぱちん、と両手を叩いた。

 昨今リョウがあれこれ英文で海外とのメールをやりとりしているのをミリアは見ていたのだが、それが確定なのかもわからなかったし、一体どの国の人間とやり取りをしているのかもわからなかった。

 ただスウェーデンではなさそうで、昨夜も遅くにリョウがメールの画面とにらめっこをしながら、既にベッドに入ってうとうとしていたミリアに対してか、それとも単なる独り言のつもりか、「悪ぃなあ、ミリア。昔っからお前、スウェーデンに散々行きたがってんのに、いつまでも叶えてやれねえ不甲斐ねえ兄貴? 夫? でよお。何せ遠いんだよなあ。遠いと旅費が半端ねえんだよ。スウェーデンのメタルフェスか何かに全渡航費込みで呼んでくれりゃ一番いいんだけどなあ。そりゃあさすがにビッグバンドにならねえと、無理だよなあ。ああ、いつになることやら。」と溜め息混じりに言っていたのを思い出すのである。

 しかしミリアにとってみれば、スウェーデンに行けば異母兄弟でも結婚ができる、というのはシンデレラが最後に王子様と結ばれてめでたしめでたし、と言うような最終的な、つまりはその後はすっぱりと何もない、完全なる結末と同じなのであり、どこか夢物語と化している部分もなくはなかった。それよりもリョウと一緒に暮らせる今こそが幸せなのであり、結婚は指輪もあり式の写真もあり、日本を一歩も出なくとも結婚をしていると同然と考えていたので、以前ほどスウェーデンにかける情熱はなくなっていたが、今更やっぱり結構です、とリョウに言い出すのも変だと思い放っておいたのである。

 だから別にスウェーデンなんぞでなくとも、とにかくリョウの悲願であった海外でのライブができるかもしれない、という段階まで漕ぎ着けられたことでミリアはもう、心底満足し切っていた。

 「遂にLast Rebellionも海外行くんかあ!」三人は満面の笑みで顔を見合わせた。「……で、リョウさん具合はどうなんすか、もう、本当に本当に大丈夫なんすか?」松下はミリアの目の前まで一歩踏み出し言った。ミリアは身を仰け反らせながら、「うん、だ、大丈夫よう。」と答える。慌ててヨウヘイがミリアの背を支えた。

 松下はああ、だかおお、だかわからない言葉を発しながら俯いて顔を掌で覆う。「リョウさんがいなくなっちまったら、俺は何も楽しみがなくなっちまうんすよ。マジで。Last Rebellionを初めて聴いた時にはね、もう、俺、背筋がぶるぶる震えて止まんなくなって、そのまま家を飛び出して夜八時までやってる近所のDISKUNIONにギリギリ七時五十分に飛び込んで、店員に泣きついて速攻出してもらって……」と既に五十回は聞かされた話を繰り返した。ミリアはしかしうんうん、と話を聞いて頭を撫でてやる。

 「リョウは大丈夫よう。毎日三食しっかりご飯食べてぐっすり寝て、ギター弾いてるわよう。新曲の歌入れも満足げに帰って来たわよう。」

 「マジすか。……ああ。」今度は黒髪の浩二が感慨深げに肯いた。

 ミリアは肯く。

 「だから海外にも行けんの。ちょっとどこって言ってたか、忘れちゃったけど。でもメールでやりとりしてるわ。」こんなことを勝手に言ってしまっていいのかミリアは少々首を傾げたが、まあ精鋭たちだしいいか、と思いにっこりと微笑んだ。

 「地球の裏側ブラジルだろうが、それから戦禍生々しきイスラム圏だろうがソマリアだろうが、雪と氷の南極だろうが北極だろうが、一体全体どこだろうが、断じて俺は行きますよ!」浩二はそう言って目を輝かせる。

 「……ミリアは、そういうとこ、やだな。」ぼそり、と呟く。

 「俺はねえ、毎日筋トレしまくってました。見て。」と言ってタカはTシャツをちら、と捲る。腹はぴっちりと筋肉で引き締まっていた。

 「あらまあ。」ミリアは思わず手を伸ばし、全く凹みようのない腹をぐいぐい拳で押してみた。「カッチンコッチンね。」

 「どんだけモッシュが起きようが、ダイブが起ころうがリョウさんを目の前で見るために、体鍛えたんすよ。毎日仕事帰りにジム行って。プロテインがぶ飲みして。」

 「ふふふ。」

 「そうそう。みんなリョウさんの復帰だけを楽しみに、ここ九か月生きてきました。」

 「そうだの……。」ミリアは瞳を潤ませる。

 「ミリアさんも色々大変だったんじゃあないですか。看病。」

 「大変じゃあないわ。……ちっとも。」ミリアはそう言って目を押さえる。それを見て男たちは微笑み、ミリアの背を摩ったり手を握ったりした。

 「でもね」はっとミリアは顔を上げた。「ユウヤが予定組んでくれてね、今日リョウがライブやるってなってからは、本当に毎日楽しかったの。一緒にギター弾いてね、リハにもバイクで一緒に行ってね、また前みたいに戻ったって思って。幸せ、って……。」

 「良かったっす。」三人はそれぞれ潤んだ瞳で肯き合った。

 「ミリアさん、そろそろリハが……。」ヨウヘイが腕時計を指差しながら恐る恐る口を挟んだ。

 ミリアははっと今更ながら気付いて言った。「まだリハだってやってないのよう。ライブまでまだあと三時間もあるのに! あなたたち一体どうしてここにいんの?」

 「久々に入り待ちしようと思って。」こっそり耳打ちするように松下が言った。「でもライブハウスの前って、屯禁止だから道路挟んで向こうのファミレスにいたんすよ。でも久々のRebellionの話題に花が咲き過ぎて、リョウさん入る所見失ったの。」

 「まあ、可哀そう。」

 「でもミリアちゃんいるーっつって、大慌てで出て来て会えて超嬉しいす。これ、差し入れ。」松下はそう言って紙袋を差し出した。

 「どうもありがと。」ミリアは微笑む。「何かしら。」

 「いつもだったらビール、だったんすけど、病気だった人にそれも悪いかなと思って。その、はちみつ。リョウさんの喉にいいかと思って……。」

 「はちみつ!」ミリアはごそごそと紙袋を漁って、小瓶を取り出す。黄金色のはちみつがそこには入っていた。

 「ありがとう……。」ミリアはリョウの身を案じているのは自分ばかりではなかったのだということを改めて実感し、松下の手をとってぶんぶんと握手をした。

 「じゃあ、開場時間までそこいらで時間潰してるんで、リハ頑張って下さいね。」松下はそう言って微笑む。

 「うん。」

 「俺ら、本気で楽しみにしてるんで。」浩二が片目を瞑ってにっと笑った。

 「うん。」

 「ミリアさんマジでそろそろ。リョウさんに怒られますよ。」ヨウヘイが小声で囁く。

 「そりゃあマジで怖ぇや。ミリアちゃん、行って行って。」タカがしっしと犬猫でも追い払うように手を振った。

 「うん、またね。」

 ミリアは名残惜し気な目線をくれながら、再びヨウヘイと共にライブハウスへと戻った。

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