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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 翌日から約束通りリョウはミリアにギターを教えることとなった。

 とはいえ自身も暫くギターばかりを弾く生活ではなかったために、指は明らかに鈍っている。とりあえずレッスンを再開するためにも、リョウは自身で弾いてみてミリアに同じように弾かせるという繰り返しで、自分とミリアの双方を上達させる練習に入った。

 ミリアはそれを前日から楽しみにしていて、今日は学校から全速力で帰るや否や制服を脱ぎ捨てるようにしてさっさとジーンズとパーカーに着替え、ギターを持ち出し手早くチューニングを済ませると、ソファに、というよりはそこに座っていたリョウにぴったりと張り付くように座り込んだ。

 「夫婦水入らずだわね。」ミリアがさも嬉し気にリョウの肩に額を擦り付ける。

 「お前な。」リョウはミリアの額を掌で引き剥がす。「せめて前と同じレベルで弾けなかったらヘルプ入れっかんな。」

 「そんなの!」ミリアは目を丸くする。「絶対ダメ! ミリアがリョウとツインギター弾くに決まってるでしょ! 他の人なんて絶対ダメ! 浮気だわ!」

 リョウは溜め息を吐きながら、ギターを弾き始めた。かつてミリアを最初にライブに出すと決めた時、一晩中ほぼ徹夜でギターを教えこんだっけ、とそんなことを思い返す。あの時ミリアはまだ小学校低学年であったのにかかわらず、よく泣きもせず、文句も言わず、弾き倒したものだと今更ながら感心する。あの時自分は子供相手、というのではなく同じステージに上がる、一メンバーとして見ていた。それゆえに相当厳しい言葉も投げつけたはずである。それでもミリアは泣き言、涙、何一つ発することなく自分についてきた。なんとか応えようとしていた。今と同じように……。

 まず弾き始めたのはライブでの定番曲である。これをやらずしてライブを終えたらおそらく暴動が起きる、そういう曲である。ミリアも合点がいったようにすぐそれに合わせ始めた。

 「おいそこズルすんな。全部ダウンで弾け。」リフにアップを交えたのを目ざとく発見し、リョウはすかさずそう言い放った。ミリアは必死にダウンピッキングでゴリゴリと弾いていく。二の腕が軋み、すぐに腕全体がマヒするような感覚に陥った。

 「リフなんだから、しっかりテンポ合わせろ。」リョウの注文は的確で素早い。無論金を取っている生徒には懇切丁寧に教え込むが、ミリアは身内である。なんの遠慮呵責もなしに、次々にミスを挙げ連ねて言った。「ダメダメ。ハーモニックスのタイミングが半テンポ遅いし長すぎる。」「お前耳付いてんのか、チョーキング上がりすぎ。最後音ずれた。」

 そうしてようやく一曲が終えた時にはミリアの額には汗が浮かんでいた。

 「どうしよう。」ミリアは泣き出しそうな顔で言った。「どうしよう、弾けなくなってる。でもヘルプは絶対イヤ。」

 「じゃあ練習しろ、練習。死ぬ気で。」そう言うリョウもいつもの調子は出ていない。慌ててペットボトルの水を呷ると次の曲に入った。正直、ミリアもそうかもしれないが自身の指も相当鈍っている。さすがに弾けなくなっている、ということはないが、このままでは相当ギターだけに専念した、切羽詰まった表情でステージに上がる羽目になる。それは、恥だ。精鋭たちが懇願しているのは、高速ギターリフに苦心するアマチュアギタリストなどではない。狂獣の王である。余裕と残忍さ、凶暴さを重ね合わせた王が堂々と君臨する様こそを希っているのである。練習に練習を重ねなければならない。

 「ライブいつやるの。ミリア、計画立ててかないと。」

 「ううん、そうだなあ。来月か再来月あたりどっか入れてもらいてえもんだなあ。もう十か月近くライブやってねえなんつう話になったら、さすがに存在忘れられんだろ。髪の毛短いけどやるしかねえよ。」

 ミリアはまじまじとリョウの頭を見詰める。まだせいぜい五分刈りである。エクステを付けられるような長さでもない。これを見たら精鋭たちは嘆くであろうか。それとも地獄からよく生還したと賛美してくれるであろうか。ミリアは難問に眉根に皺を寄せて俯いた。

 「でも髪伸びんの待ってたら、来年再来年だろ? さすがにそんなん経ったら、お宅はどちら様ですか状態だろ。だったらもう文句言われんの覚悟してステージ上がった方がいいだろ。何なら『髪短くてすいませんライブ』とかあらかじめ銘打ちゃ、誰も文句言ってこねえだろ。」リョウはそう言って自分のハリネズミのような頭を撫でた。

 「ヘボい名前……。ヘルプ使われないように頑張らないと。」ミリアはぶつぶつと呟き俯いた。

 「お前、そういや受験は?」

 「十月なの。あと三か月以上もあるの。」ミリアはそれよりはギターのことを考えつつ言った。「大丈夫なの。ギターも発表もちゃんとやりますから。あのね、もう、資料は出来てんの、リョウに持って行った料理を先生に言われて毎日お写真撮って、栄養分析もしてノートにメモしてあるから、あとはそんで資料作って、先生にお願いして発表の練習すれば大丈夫なの。ミリアは大学生になります。」

 「……ふうん。」リョウは半信半疑ぐらいの態でミリアを見据えた。

 勉強もせず大学生になります、と言われてもあまり信用性はないが、先生が面倒を見てくれるというのであれば、どこか安心感のようなものがある。ミリアが精神的に危うくなり長期欠席をした時も、追試をかなり遅れて受けさせてくれたり、補講を行ってくれたりと、留年をしないよう最大限の尽力をしてくれたのである。

 「だからリョウはミリアのこと、心配しないで。」気丈そうに微笑むのが、リョウにとって既に見慣れたものなりつつあることにふと、気付いた。たしか入院中も、最近痩せてきてないか、そう尋ねた時にミリアは心配しないで、と答えた。それから金のことを聞いた時もそうだ。学校の勉強も、何もかも。ミリアはありとあらゆる場面で、口癖のように「心配しないで」と答え続けてきた。リョウはそうさせてきた原因を創り出したのは自分だということに気付き、胸の奥に明白な痛みを覚えた。

 「……心配ぐらい、させろ。」ほとんど不機嫌そうにリョウは言い放った。

 ミリアは目を丸くする。

 「否、……させてくれ。」

 「ミリアの心配、したいの?」ミリアは固い微笑を浮かべる。

 リョウは暫く考え、「……したい。」と答えた。「俺の特権だからな。」

 「特権?」

 「そう。嫁の心配をする夫の特権。俺しかねえだろ。」

 ミリアはギターをしずしずとソファに寝かせると、そのまま突然リョウの唇に接吻をした。それは衝動的で、だからこそ抗えぬ欲望であった。

 そっと唇を離すと、真正面からリョウを抱き締める。

 リョウは驚いたものの、どうにか理性でもって引き剥がし、「イチャついてる場合じゃねえの。ギター弾け、ギター。」と、自らのJacksonVをミリアの代わりに抱くと、再びリフを刻み始めた。

 ミリアはしかし幸せそうにいつまでもリョウのギターを弾く姿を見詰めていた。

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