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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 ナースステーションの前で待たせてもらうこと、十分少々。

 扉が開き、そこにパッと見てそれとわかる、園城とよく似た中年女性が顔を出した。園城を少しふっくらとさせて、髪を伸ばしたらこんな風になるであろうと思われる風貌であった。だからミリアはすぐに立ち上がった。続けてリョウも立ち上がる。

 「あの……。」ミリアはしかしその後何と言っていいのかわからず、口ごもった。

 「黒崎と申します。」代わってリョウが言った。

 母親は、白髪頭を深々と下げる。リョウとミリアもそれに倣った。

 「このたびは、何といいますか……。今さっき聞いたものですから、まだ信じられないんですけれど……。」リョウがそう言って口籠る。

 母親は哀し気な笑みを浮かべ、「リョウさん、ですか?」と問うた。

 リョウは驚いて「そうです。黒崎亮司と申します。」

 「清隆からお話は伺っております。」過去形では話せない所に、ミリアは母親の悲痛を感じ取る。

 「え。」リョウは目を見開く。

 「あの子、……ヘビメタだのギターだのが中学生の頃から大好きで。自分でもギター弾いて、大学では軽音楽サークルに入って楽しそうにやっていたんです。……その、……がんに、なるまでは。」

 リョウは目を閉じて俯いた。

 「でも突然お腹の辺りが痛む、張る、そんなことを言い出して、でもあんなに若いのだし、そんな深刻なものだとは思わないじゃないですか。近くの小さなクリニックでだましだまし一カ月、二カ月ぐらい経って、まだ具合がよくならないというので漸く大きな病院に連れてきたら、膵臓がんだって。もう、……手遅れだって……。」そう言って母親は目元を押さえ、声を詰まらせた。「……でも、余命半年と言われて、二年間も命を伸ばしてくれたんです。具合のいい時には大学時代のお友達も大勢お見舞いに来てくれて、大好きなバンドのライブも行けて、最近はプロの凄いギタリストとお友達になったって言って、それは喜んで喜んで……。きっと長生きするよりも、これだけ友達やら好きなことに恵まれて、幸せの量では普通の人以上だったんじゃないかって、そう思うんです。……リョウさん、あの子に素敵な思い出を……、本当に、ありがとうございました。」

 リョウは焦点の定まらぬ目で暫く呆然と立ちすくんでいたが、「俺は……、何も。それよりも治療で不安だったのを、園城さんが色々勇気付けてくれて。俺の方が……。」と振り絞るように言った。

 ミリアはためらいがちにそっとCDを差し出す。「これ、園城さんにもっと早くあげたかったんですけど、……もし、良かったら。その、お仏壇に。」

 母親は泣き笑いの顔でそれを受け取った。

 「リョウの、一番新しいCDなんです。ライブ来てくれるって言ってたんです。こんな……、こんなことになってるなんて全然思わなくて。」ひい、という悲鳴に似た声が響いた。

 もしリョウが死んだら、こんな風には話せない、笑えない。ミリアは唐突にそんなことを思った。リョウだけが死んで、同じがんの友人だけが生き残ったなら、嫉妬、怨恨、憎悪、そんな感情の沸き起こって来るのを自分はきっと抑えきれない。こんな、園城の母親のように終始穏やかでは、とても……。

 「ありがとうございます。あの子の部屋で掛けさせて貰います。いっつもね、あの子が部屋にいる時には何かしら音楽が流れていてね。本当に好きだったんです。音楽が。」

 ミリアは泣きじゃくりながら頷いた。

 「そうだ、これ。」母親はそう言ってポシェットから何やら取り出した。「ギターを弾く時に使うやつ、ですか? あの子の部屋からたくさん出て来て。自分で発注して作ったんでしょうね。名前入りで。あまりに沢山あったので、お世話になったお友達にお渡ししているんです。あの子の思い出として、一枚、貰って下さいませんか?」

 「ピックだ。」ミリアは感嘆の声を上げる。ブルーのティアドロップ。KIYOTAKA、と金色の文字で書かれている。

 リョウは両手を差し出し、母親から恭しくピックを受け取った。

 「こんなの作ってるなんて全く知らなくて……。まさか形見分けのために作ったんではないのでしょうけれど、きっとあの子も、自分の名前の入ったものをお友達に貰って頂けたら嬉しいんじゃないかって。それより、あの子が、あの子の存在が、忘れられてしまうのが、何より可哀想で。」

 「忘れませんよ。」リョウはピックを握り締めて言下に呟いた。「あの、……園城さん、ヴァッケンっていう、ドイツでやるメタル最大のフェスティバルがあるんすけど、そこ行きてえって言ってたんです。で、俺も、さすがにヴァッケンからはまだまだオファー来ねえすけど、海外のフェスから幾つか来てて……。こいつがまだ高校生の内はそこまで長期間学校休ませられねえって思って、断ってたんですけど、いよいよこいつも今年度いっぱいで卒業するし、俺らこれから、世界に出て行くんです。で、ヴァッケンに出るのも俺の目標の一つで。だから、これ、持ってけば園城さんも一緒にヴァッケン行けるんじゃないですかね。何か巧く言えねえんすけど、俺、これ、大事にいつも持ってます。世界に出て行く時も、絶対一緒に、連れてきます。俺ができることはそんぐれえしかねえすけど。」

 母親は再び瞼を強く抑え、身を屈めた。

 「ああ、ごめんなさい。嬉しくて嬉しくて……。そんなことを言ってたんですね、あの子は。……たしかに海外のライブに行ってみたいなんて、言ってました……。」溜め息を吐いた。「リョウさんがその、憧れのライブに連れて行ってくれるなんてことになったら、あの子、飛び上がらんばかりに喜ぶと思います。」涙目で微笑み、頭を下げた。「宜しくお願いします。……リョウさん、あなたが、世界の舞台でご活躍されることを、私、祈っています……。清隆と一緒に、祈っております。」

 「任せて下さいよ。」リョウはそう言って母親の手を取り、固く握りしめた。カサカサした冷たい手であった。母親は驚いたように目を丸くし、それから涙目で微笑んだ。

 「リョウさん、あなたと会えてよかった。しばらくぶりに……、楽しみが出てきました。ありがとうございます。」そう言って頭を下げた。リョウは手をゆっくりと離す。

 リョウとミリアも同じく頭を下げる。婦人は「リョウさんにお会いできて、あの子、本当に嬉しがっていたんです。凄いギターを弾かれる人と友達になったって。そんなことってあるの? って思いながら私も話を聞いていましたけれど、病気で辛い中だのに本当に嬉しそうなので、それを見て私も嬉しくて嬉しくて。」

 母親は体を折って、泣いてるのだか笑ってるのだかわからぬ姿勢から言葉を発した。

 「ありがとうございます。すみません、……まだ、私自身もあの子がこの世にいないだなんて、信じられなくて。ずっとずっと覚悟はしていたつもりなんですけれども、まだここに来るとあの子がいるような気がして。……すみません。これからリョウさんのご活躍をお祈りしています。では、また。」

 母親はゆっくりと頭を下げると、静かに去って行った。

 ミリアはリョウの手をしっかと握り、暫く経ってからリョウの顔を見上げた。リョウは目を細め、何かを考えている風であった。ミリアは寄り添うように頬をリョウの胸に寄せた。

 すると「帰ったらとっとと活動再開だ。」リョウの口から低い押し潰すような声が発せられた。

 ミリアは驚いて見上げる。

 リョウは今しがた貰ったばかりのピックをまじまじと見つめ、「新曲だ。」と自身に言い聞かせるように言った。

 「リョウ、麻酔効いてる時『新曲出来た』って、言ってたわね。」

 リョウは驚いたようにミリアを見下ろす。

 「マジか。」

 「……覚えてないの?」

 リョウはふふ、と微笑んで「覚えてる。つうか、夢見てたのは覚えてるけど、俺、それ、喋ってたのか……。」

 ミリアはこっくりと肯く。

 「何かな、あん時夢を見てたんだよ。お前がいて、客がいて、ライブ中ソロ弾いてたんだよな。そしたら凄ぇギターフレーズが浮かんで来て、これ曲にしたら凄ぇことになるぞって直感してな。そんで興奮が収まらなくなって……。俺は手始めにこれを仕上げる。」

 ミリアはにっこりと微笑んだ。「いちばん初めに聴かせてね。」

 「たりめえだろ。」

 そう精悍に微笑んだリョウの向こうでは、鮮やかな新緑が陽に照らされ光り輝いていた。既に初夏が到来していた。園城のいない夏が、当たり前のように来ようとしているのを、リョウは少々の憎悪をもってしかし受け入れていた。

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