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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 そうして三日後、いよいよ退院となった。

 土曜日でミリアは学校も休みとなり、仕事なんぞ断じていれず、早朝未だ薄暗い内から喜び勇んで病院に駆け付けた。まだ眠りについているリョウを「早く帰りましょうよう。」と叩き起こし驚嘆させたのである。とはいえ無論まだ病院を出られる訳がない。最後の診察とその後の支払いがあるし、それに何より、退院の報を聞いたシュンがタクシーを捕まえるからいい、と言っていたのにかかわらず迎えに来ると言い張り、その時刻は朝十時という約束になっているのである。

 とりあえず運ばれてきた朝食をリョウに摂らせ、診察を済ませ病室を出るその前に、少々早い気はしたがミリアはリョウを引き連れ、七階の園城の病室へと向かった。

 エレベーターが見慣れぬ風景に二人を連れて行く。リョウとミリアは窓から見えるいつもより高い視界に新鮮さを感じた。

 「園城さんどうしてっかなあ。」

 「元気でいてくれるといいのだけれど。」

 二人はドアの前に到着すると、ミリアはブルーのリボンを付けたCDを手にしながら、病室に入るためのインターフォンを押した。

 「どちら様でしょうか。」丁寧ではあるがどこか冷たい声が発せられる。

 「園城さんの面会に来たのですが。」とミリアは答える。

 看護師は一瞬黙し、「どういう御関係の方ですか?」と問うた。

 どういう関係、と問われても家族ではなし、一応友人ということになるのだろうか。ミリアは不審がられないように、できるだけ丁寧に説明をした。

 「その、六階に入院していて、そんで内庭で園城さんによく会うようになって、友達になったんです。それで、今日もう退院することになったから、一度お礼とご挨拶をしたいと思って来たんです。……会えませんか?」

 「……わ、か、りました。」

 扉が開いた。ミリアはゆっくりと進み出て、ナースステーションの前に立った。するとインターフォンに対応してくれたであろう、小太りの中年の看護師が気難しい顔でミリアとリョウの前にやってきた。

 「園城さんの病室はどこですか。……もしかして、無菌室、入ってるんですか?」

 看護師の分厚い唇にぎゅっと力が籠められる。どうしたのかな、と思っている内に唇が開いて「園城さんは、亡くなりました。」と言った。

 ミリアは一瞬、何か、とんでもない聴き間違えをしてしまったような気がし、身体を硬直させた。

 「その……、つい一週間前です。治療の甲斐もなく、残念ながら……。」

 言葉が漸く理解に逢着する。ミリアの身はがたがたと震え出した。「……そんな。……そんな。だって……。」

 ミリアの肩にリョウの手が載った。

 「もう、二年前には体中にがんが転移し、治療そのものが難しい状況だったんです。本人にもそれは解っていました。つまり、……余命があと半年しかないということを。」

 「そんな……。」ミリアはリョウに凭れかかった。「そんな、そんな、……ミリアもリョウも、聞いてない。楽しそうにギター聴いて、ライブ行きますって、言ってて……。」

 看護師には無論その話の内容はわからなかったが、ミリアが大きなショックを受けているらしいことはすぐにわかった。

 「でも、最後は穏やかでした。ちょうど亡くなる三日前に、大学時代のお友達でしょうか。大勢病室にいらして。園城さんああ見えて、お元気だった時にはギター弾いてらしたそうなんですよ。個室締めきってロックでしょうかね? そんなの流して。それで、もちろん、もう弾けはしないんですけれども、お友達が持って来られたギター、嬉しそうに触ってましたよ。」

 ミリアもリョウも何も言えなかった。ミリアは持ってきたCDをきつく胸に抱きしめた。

 「あ、それ……、もしかして園城さんに持って来られたんですか?」

 ミリアはこっくりと頷く。「園城さん、リョウのバンドのライブ来てくれるって言ってたから、CD持ってきたの。もっと早く持って来て聴かせてあげればよかった。もう、遅いの? でも、遅いなんて……。」

 ミリアは耐え切れずにリョウの胸に顔を押し付け嗚咽した。リョウも片手でミリアの頭を支えてやりながら、茫然としていた。何も言葉が出なかった。

 あの日、ヴァッケンに行きたいと言った日には、既に半年後自分はこの世にいないということを解っていたということになる。しかしそれにしてはあまりに明るかった。希望に満ちていた。諦観なぞ、微塵も無かった。

 でも看護師は、今、既に余命半年の宣告を受けていたと言っていた。それを、忘れていたのか? 否、そんなはずがない。自分であっても、常に、何をしていても、五年後の生存率が七割、という数値が脳裏から僅かにも薄れたことはないのである。おそらく園城も、自分が半年後に死ぬということを理解しつつも、叶えられぬと解ってはいても、ヴァッケンでライブを観るという希望を払拭できなかったのではないか。

 それが、音楽を愛するということなのである。これしかない、と思い込むのである。自分から音楽を奪われたならば、それは自分でなくなるのである。誰か他人の人生である。それは完全に記憶を喪える死よりも恐ろしい。

 看護師は暫く困惑していたが、突然ぱちんと手を叩いた。「そうだ。そういうことならば、園城さんのご自宅に連絡とって、CDお仏壇に上げさせてもらったらどうでしょう。お父様もお母様も、こういう言い方なんですけれども、……その、……覚悟は出来ていたんですよ。がんが発覚したのが二年前ですし、再発も二度目でしたから。その間具合のいい時には旅行にも行かれて、ご家族でたくさんの写真も撮られて。亡くなられた時には、たくさんの思い出をありがとうって仰って……。ええ、今、ご自宅に電話してみますね。」

 看護師はそそくさとナースステーションに入って行った。

 暫くリョウもミリアも無言の裡に、茫然と誰もいないナースステーションを眺めていた。夢を見ているような気がした。

 「園城さん、そんな……酷かったのに、あんなに優しくしてくれたの?」ミリアが涙を拭いながら言った。「ミリア、酷いこと言った。」

 リョウは無言でミリアの頭を撫でた。何と言ってやったらいいのかわからなかった。それ以前に自分がこの現実をどう受け止めればいいのか、どう受け止めるべきなのか、皆目わからなかった。ただ胸の中に大きな穴が開いたような気がした。

 「お待たせしました。」看護師は懐っこい笑みを浮かべながら、「今、自宅がつながらなかったので携帯に電話してみたら、園城さんのお母さん、ちょうど下にいらしてるようなんですよ。お支払いに見えたみたいで。上に上がって来て頂くよう言いましたから。ちょっとこちらでお待ちください。」と言った。

 リョウとミリアは顔を見合わせた。

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