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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 おそるおそる、目を開く。そこにはリョウの字が少々荒々しく踊っていた。ペンを持つことも辛かったのではないかと思わされる字である。ミリアは縋りつくようにして読み始めた。


ミリアへ

 初めてお前に手紙を書く。死ぬ前に、言っておきたいことがあるから。

 お前を何一つ、幸せにしてやることができなかった。ずっと幸せにしてやりたいと思ってきたのに。挙げ句の果てには、このつまんねえ病気のために、お前を泣かせ、時間と金をつぎ込ませた。夫の分際でマジで、サイアクだ。

 こんな風にしてまでズルズル生きているのは、もういい加減我慢ならねえ。だから手術を決めた。これで失敗して死んでも、ぐだぐだ中途半端に生き延びるよりかはマシだからな。

 嘘みたいに聞こえるかもしれねえが、俺は初めて会った瞬間から、お前を幸せにしたいとずっと思ってた。痩せっぽちでボロボロだったお前に、ちょっとでも、この世に生まれてきてよかったって、この世の中捨てたもんじゃねえって、思わせてやりたかったんだ。

 なのに猫一匹飼ってやれねえ、スウェーデンには連れてってやれねえ、飯はハンガクばっかり、結婚指輪は安物、挙句の果てにはこんなことになって情けない。辛い。

 だけどやっぱり猛烈な吐き気に襲われてる時、頭痛くて死にそうな時、熱でうなされ眠れねえ夜、自然と思い浮かぶのはいつもお前のことだけだった。お前が俺の作った焼きそばを旨そうに食ってる所とか、お前が真剣にリフ刻んでる所とか、嬉しそうに学校の話してくる所とかな。気付けばお前が泣いたり笑ったり怒ったり、いつも俺の傍で見せてくれる色々な顔を思い起こしてた。だってそうすりゃあ、苦痛は勝手に引いていったから。嘘じゃねえ。

 お前は家族のいない俺にとって、かけがえのない、世界で一番大切な存在だった。それまで誰かに対してそんなことを思ったことはなかった。人生っつうのは、知らん内にこの世に生まれ落ちてそうして時期が来たら勝手に死んでいくだけのもんで、大して価値もねえ、いい暇つぶしができりゃあ問題ねえ、まあ、できればその間にちっとでも曲を残せればいいっていうのが、俺のそれまでの生き方だった。

 でもお前と出会って、俺は曲作ってギター弾く以外にも、毎日お前との生活で些細なことが楽しくて、何だか嬉しくて、よくわかんねえがお前がいなくてもお前が言ったこととか思い出して、つい、笑っちまったり、お前をどうやって喜ばせてやろうかと考えてみたり、そんなことをしてお前が愛しくてならなかった。お前を幸せにしようと思ってながら、俺がいちばん幸せだった。

 お前にいつも笑っていてほしかった。でもやっぱ俺は基本自己中だから、ひとっつも、叶わなかったけど。でも、それももう、お終いだ。俺は生か死か、どっちかに転ぶだろう。うっかり死にすっ転んでも、泣くな。泣かれるのは、困るんだ。辛いんだ。

 でもな、こんだけお前のことが愛しい以上、死んでもお前の傍に付きまとってる気がしてならねえ。気持ち悪いか? 悪いな。

 正直言う。もっともっとお前と一緒にいたかった。お前のことを愛していた。幸せにしてやりたかった。でももう、できない。どうかどうか、世界で一番幸せになってください。

リョウ


 ミリアの手はがくがくと震え出した。リョウは死ぬ気なのか。どうして――。目の前が真っ暗になる。ふらふらと揺れ出した体を、突如隣に現れたシュンが支えた。

 「どうしたんだよ。随分長いこと帰ってこねえなって、思ったら……。」

 シュンはミリアの手に握られている便箋に目を留めた。

 「……手紙?」

 ミリアは耐えきれずにその場にしゃがみ込んだ。そして声を上げて泣き出した。

 「リョウ、死んじゃう、死んじゃう気なんだ。どうしよう!」

 シュンは慌ててミリアの手から手紙を引っ手繰って読んだ。ミリアの悲鳴にも似た慟哭の声が響いた。シュンは片手でミリアの頭を撫でながら、手紙を読んでいく。

 「……ミリア、違うぞ。」シュンはにやりと笑んでしゃがみ込み、ミリアの頭を掻き抱いた。「よく読め。これはお前、熱烈なラブレターだ。あいつ死ぬ気なんざ、さらさらねえ。」

 ミリアの泣き声が少し、小さくなる。

 「笑えんな。あいつ、人生で初めてこんな手紙書いたんじゃね?」シュンの目はしかし必死であった。「ほら見ろよ。愛してるなんてよ、あいつこんな単語知ってたんか。歌詞に一回も出てきた例ねえから、知らねえのかと思った。……それにな、死んだら、なんて書いてあっけど、こーんな、お前と世界に未練タラタラなんじゃねえか。つまりは、死ねねえってこったろ。」

 ミリアは真っ赤な目を上げ、再び手紙を眺めた。ミリアの号泣が収まったのを見て、シュンは「大体あいつががんだの手術だのごときで、死ぬ訳ねえだろ。」と笑った。

 ミリアはごくり、と生唾を呑み込んだ。

 「ほら、ブランケットこれか?」シュンは椅子に掛けられた猫柄のブランケットを、さっと取り上げるとにっこりと笑って「行くぞ。」と囁きかけ、ミリアの手を握った。

 背を伸ばし上を向いてミリアに表情を見られなくなったと思った瞬間、シュンの顔は強張りそしてその瞳はほんの少し濡れた。

 この小さな掌がどれだけお前を必要としているのかわからないのか、馬鹿め。行き場のない憤りがシュンの胸を支配した。

 誰の了承を得て死ぬだなんてほざいているのか。バンドはどうする、待ちわびている精鋭たちはどうする、まだ見ぬ精鋭たちだって世界で待っているじゃあないか。――それに何より、ミリアはどうするのだ。お前はミリアを天涯孤独にできるのか。というか、お前がミリアと離れられるのか。そんでまた元通りの冷酷無比なお前に戻るのか。永遠に地獄にすっこんでいろ。

 シュンに左手を引かれ、右手にはしっかと手紙を握り締め、ミリアは再びエレベーターを降り、手術室へと向かった。

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