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リョウはそれからいつも以上に増量されたミリア特製の夕飯を食べ、毎晩お気に入りのCDを聴き、そしていよいよ手術当日を迎えることとなった。手術開始は昼からということだったが、面会時間の始まる八時には既にミリア、シュン、アキが病室に集まっていた。
リョウはその顔に緊張の色を宿しながら、かつて見せたことのない表情で三人を見上げた。丸坊主の頭より顔色の悪さよりも、それにシュンとアキは少なからず恐懼を覚えた。しかしミリアだけが唾をぺっぺと散らしながら、熱くリョウに幾度も語りかけていた。
「ミリアの血液型はリョウと同じだし、半分同じ血だから、いつでも輸血してあげる。手術室の外で待ってるから、いつでも欲しい時、呼んでね。今日は牛乳二杯飲んだし。」
「呼べねえよ。」シュンが代わりに答える。「これからリョウは麻酔かけんの。そうすっと何もわかんねえぐらいに、ぐっすり眠っちまうの。」
「そう。……おやすみ、リョウ。」
シュンは顔を顰める。
「天下のリョウじゃねえか。」アキが静かな笑みを浮かべて言った。「とっとと復帰して、精鋭たちを暴れさせてやって、そんでヴァッケン行こうぜ、ヴァッケン。もうミリアも高校出るんだし、世界を舞台にしてもいい頃合だろ?」
「ああ。」リョウは青白い頬を少しだけ歪めて笑った。
「そうそう、精鋭たちも、まだ見ぬ精鋭たちも、みんなお前がステージに来襲かけるのを、今か今かと待ってんだぞ。」シュンがそう言って微笑む。「そのお蔭でなあ、オフィシャルサイトのメールボックスは連日ぱんぱん。誰も彼もお前に病気を早く治してくれって、早くライブが観てえって、新曲聴かせろって、そればっかだ。お前らの楽しみそれしかねえのか、寂しい人生だなってえぐらいにな。……でも精鋭以上に、俺の人生の楽しみはきっかり、Last Rebellionだけだ。それ以上も以下もねえ。つまり、お前がいなきゃあ、俺の人生真っ暗っつうことだ。誰の人生が寂しいって、俺の人生ぐらい寂しいもんはねえだろ? それが、ここ数ヶ月で厭ってぐれえに、思い知らされた。だからとっとと悪いモンおっ切って出てきてくれよ。」
ミリアは驚いてシュンの顔を見上げた。
「ミリアじゃねえが、血でも肉でも、俺の持ってるモンは何でもくれてやるからよお。」
リョウも目を丸くしてシュンを見上げていた。
「俺もな、リョウ。」アキがずい、とリョウの目の前に迫り言葉を発した。「お前の曲を作るピースとなりてえっていう、それだけで毎日ドラム必死に叩いてる。誰にもこの座は譲らねえって思いで、な。昨今特に、お前以外の曲叩きたくねえんだよ。ドラム人口少ねえからよお、Last Rebellion休業の看板掲げた途端、色んな所からヘルプでもいいからっつって声掛けられんだが、全部、断った。んな雑用してる暇あったら、ツアー出る生活費稼いで、お前の曲の総復習してクオリティー上げた方が全然マシだからな。だから、……もっとお前の曲叩かせてくれよ。もっともっと、お前の世界を見せてくれよ。俺が絶対に、最強のドラムでその世界の土台を創り上げてみせるから。」
リョウは目を瞬かせ、「……俺、死ぬのか。」と呟いた。
はっとミリアは血相を変え、「死なないよ! 死ぬ訳ないよ! 何でミリアを置いて死ぬのよ!」と怒鳴った。
「否、だって……何でお前らに俺、愛の告白されてんのよ?」
「みんなリョウが好きなのよう。ミリアだって、大好きなのよう。」ミリアは布団に顔を突っ伏したまま騒いだ。「だから神様が殺してもミリアが死なせない。絶対に、死なせない。」
「ま、そういうことだ。ちっと眠って目開けたら、速攻次のライブの予定考えとけよ? じゃねえと、そろそろ俺らを筆頭に精鋭たちの暴動が起こるからな。」シュンはそう言って笑った。
そこに「黒崎さん。失礼します。」と扉から声がし、車いすを押しながら看護師が入って来た。「黒崎さん、麻酔の準備に入りますので移動お願いします。」と語った。
ミリアが口元を引き結び、布団の中からリョウの手を引っ張り出し、拳を握らせてそれに自分の固めた拳をぶつけた。それを見てシュンとリョウも連なり、四人は次々に掌をぶつけ合った。ライブの前のような錯覚を覚え、リョウの心中には意欲、のようなものが沸き起こって来た。
だからリョウはフロントマンとして四人の瞳を次々に凝視する。行くぞ、と心中の声が響く。向こうに静まり返った薄暗いステージが待っているような気がする。誰も見ぬ世界を見せてやろうとほくそ笑む。
「……ふふ。」ミリアが含み笑いを漏らした。「ライブ前みたいね。」
「そうだな。」シュンも微笑む。
「いつものように、俺らが先に出て行って客席盛り上げて、満を持してお前が出てくんだ。」アキが言う。「完璧なステージングをするためにな。」
リョウの強張った瞳がようやくふっと弛緩していく。
「ありがとな。」
ミリアは目を丸くする。
「Last Rebelllionを創ってよかった。」リョウは低く告げた。「お前らとやれて、よかった。」