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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 しかしネギの効果は表れなかった。そればかりか熱も下がらず、翌朝、リョウは仕方なしにだるい体を引き摺るようにして再び病院に向かうと、前回よりも深刻そうな顔つきをした女医が「抗生物質が効かずに熱が出続けるというのは、腫瘍が悪性である確率が高いです。」と宣った。

 「はあ。」悪性だろうが良性だろうが、とっとと粥ばかりを啜り続ける生活を止め、レッスンを再開し、スタジオに入りデスボイスを鍛え上げねば次のライブで、せっかく付いた客をみすみす手放す羽目になる。

 リョウは暗澹たる気持ちで、「とっとと、取っ払えませんかね。その、出来物。」と言った。「俺、実は売れないバンドのボーカルやってるんすよ。しかも、その、何つうか、こう、ひしゃげた声っつうんですかね、がなり立てるタイプのやつ。早くライブもしてえし、レコーディングもしてえし。メンバーもいるんで、いつまでもバンド活動停滞させておくにはいかねえっつうか……。」

 「黒崎さん。」凛とした声が響いた。「端的に言います。悪性の腫瘍であるとなると、これは咽頭がんの可能性が高い、ということになります。」

 リョウは目を剥いた。

 「つまり、命にかかわる病状である可能性も、あるんです。」

 リョウはごくり、と生唾を呑み込んだ。

 「ですから、……検査結果が出次第、早急にこちらから連絡致します。常に連絡の取れる状態にしておいてください。それから、」

 リョウは信じられないという顔をして女医を見詰めた。

 「もし、がんであった場合には即日入院をして頂きます。一日でも早い治療を施していくことが存命に繋がりますから。ですので、次回はご家族といらして下さい。今後のことについてもお話し合いをしないといけませんから。」

 「ご、家族……。」リョウは呟いた。「否、その、家族は、いないっつうか、親とか妻とかはいなくて、いるのは、高校生の妹だけなんです。泣き虫だから、もし、俺が、そんな、がん、なんつったら、どうなるか……。」

 「でも、事実は事実として受け止めて頂かなければ、治療に入れません。家族のサポートなしに、入院生活に入りがんと闘うことは難しいです。」

 リョウは黙した。自分のことはともかくとして、ミリアにショックを与えることだけは、耐え難かった。親からの虐待を受け、既に人生の苦渋を舐めているミリアに、これ以上苦痛を与えるのはどう考えても忍びない。しかし検査の結果次第ではそれが避けられないのも理解していた。リョウはミリアに悲嘆を覚えさせないためだけに、検査の結果が良性であることを祈った。


 「どうだったー?」息を弾ませて帰るなり、ミリアはパソコンに向き合って曲を作っていたリョウに抱き付いた。

 「どうもこうも……。」ミリアの見据えるような眼差しに、しかし決まってもいない悪性の疑いという事実を伝えることはできなかった。「検査結果待ち。」

 どう、とミリアはソファに倒れ込んだ。リョウはぎょっとしてミリアに歩み寄る。「何だよ一体、どうしたってえんだよ。」

 ミリアは顔を覆っている。「お薬は? 効いた?」

 「ああ、薬は今回はなし。結果が出ねえと実際わかんねえからなあ。」

 ミリアはすっと立ち上がり、鞄から小さな紙袋を引っ張り出し、中から体温計を取り出した。「買ってきたの。体温計。」そのまま電源を入れ、リョウの首にくっ付け、そのままじっと睨んだ。ピッという電子音が響き、ミリアは凝視した。

 「38度! お熱、ある!」

 「ねえよ。」

 「リョウは病気になったことがないから、強すぎるから、お熱あっても気付かないんだ。だから38度もあるのに、曲なんか作ってるんだ!」

 リョウはさすがに反論もできず、「そうだ、俺、体調戻るまで今入ってるレッスンだけで、もう予約入れないことにしたから。だから料理も俺が作るし、お前はその分勉強に専念しろよ。」

 ミリアは唇をわなわなと震わせた。

 「お前も来年からは高校三年になるんだからさあ、そしたら受験生じゃねえか。俺のことばっか言ってねえで、しっかり勉強、やれよ。」

 「でもリョウが……。」

 「だから俺は暫くちゃあんと、休むことにしたんだって。」ふっと笑みを浮かべて、「これがただの休みだったらお前とあっちこっち遊びに行けんのになあ。」と呟いた。

 「うん、そうね!」ミリアはたちまち笑みを綻ばせ、「そしたらまた一緒に遊園地に行こうね、遊園地。」

 「おお、いいぞいいぞ。」

 どうにかこうにか粥三昧にはピリオドが打たれ、リョウは久しぶりに自分の好物のハンバーグに、ミリアの好きなパンプキンスープを作りテーブルに並べた。

 「頬っぺた落っこちる!」パンプキンスープを飲み、ミリアは大袈裟に頬を抑えてみせる。

 「俺の出来物も落っこちねえかなあ。」

 「落っこちるかも! 美味しいの食べれば落っこちるよ!」ミリアは自らの素晴らしいアイディアに感嘆する。

 「な? とっとと落っこちてくれねえとシュンやアキにも申し訳ねえし。もちろんレッスンに来てくれる人にも、客にも、それからライブハウスの連中にも……。」はあ、と項垂れそうになるのをミリアが微笑み、リョウの肩を摩った。

 「リョウはちょこっとぐらいお休みしていいの。だってリョウはいっぱい曲作って、自分でお歌も歌ってギターも弾いて、そんでギターも教えて、一番忙しかったんだもの。」

 リョウの眼差しがふっと緩んだ。

 「だから、ちょっとお休みしてねっていうことなのかもしれないよ。」

 「誰が?」

 ミリアは首を傾げて「ううん、メタルゴッドかなあ。それとも、デスラッシュメサイアかなあ。」と呟いた。

 「メタルゴッドとデスラッシュメサイアが俺に休息を取れと言ったのか!」

 「多分。」次第に自信がなくなってきたミリアはそれでも一応肯いてみせた。「だから、お休みしていいのよ。」

 リョウは久方ぶりに声を上げて笑った。ミリアを悲しませたくないとそればかりに苦心していた自分の心が軽くなるのを覚えた。


 それからも熱は下がらない、歌も歌えない。リョウは家での作曲とギターの練習、それから少々のギターレッスンで日々を過ごした。

 ミリアが学校から帰って来ると、誰かから喉にいいと聞いたという、様々なものが呈される。はちみつ、アロエ、しょうが紅茶、卵酒、りんごジュース。これらは夕飯時に出される。それが終わると、ネギの頸巻きは毎夜続けられ、それ以外にも加湿器、濡れ布巾を入れられるマスク等、よくもまあこれだけのものが出てくるものだとリョウは感嘆しつつ、しかしこれらが全てミリアの小遣いから出されていることに胸を痛めずにはいられなかった。

 「お前、小遣いはてめえのために使えよ。何で毎日俺の喉対策に使ってんだよ。」

 夕食後のしょうが紅茶を呷りながら、遂にリョウは言った。「お、思ったより不味くはないな。つうか、なかなか旨いじゃねえか。」

 「だってリョウ、お小遣い好きに使っていいって、言ったでしょう。」そう言ってミリアは不満げに口をとがらせる。

 「そうだよ、わかってんじゃねえか。だから、お前が駅前のドーナッツ屋でドーナッツ食ったりとか、友達と映画観に行ったりとか、猫ちゃん雑貨買ったりとか、そういうのに使ったらいいじゃねえか。」

 「ミリア、ドーナッツあんまし好きじゃないもん。甘くて。」

 「だから、別にドーナッツじゃなくたっていいんだよ。カラオケとか、ライブとか、色々あんだろ。」

 「ミリアデスメタルしか知らないからカラオケ行っても曲わかんないのばっかしだし、ライブはリョウがチケット取ってくれるじゃないのよう。」

 たしかにそうだ、とリョウは肯く。先日初来日を果たしたメロディックデスメタルの雄、KALMAHは絶対に観に行かねば人生レベルで損すると発売初日に勢い込んでチケットを購入し、ミリアを連れ、感動のライブを観てきたばかりなのである。

 「ミリアが一番大事なのは、リョウなの。リョウが元気でいてくれたら、他には何もいんないの。だからお小遣いはリョウに使うの。」

 殊勝なことを言い出したので、リョウはさすがに黙した。

 「それに本当はお小遣いなんていらないんだもん。ミリア、モデルのお仕事行くと交通費貰えるし。」

 リョウは身を竦める。給料を金額一つ見もせずに貯金させ、現場で手渡しされる交通費だけはミリアの懐に入るが、それを電車に乗らないことで浮かせているミリアの生活を思いやって。いい加減もう、将来のためだなどといって貯金をさせずに手渡してやろうかと、そんな気にもなってくるのである。ミリアであれば無駄遣いはしまい。自分以外のことには。しかしそこが問題なのである。病気が治ると聞けば怪しい壺だの絵だの、そんなのだってひょいひょい買ってきてしまいそうな危うさ、もとい馬鹿さがミリアにはある。リョウはがっくりと肩を落とした。

 「だから、早く治してね。あ、そろそろ寝なきゃ。」

 まさか、とリョウは壁の時計を見上げた。八時半。さすがに小学生だってもう少し起きているものであろう。

 「あー。あとちょっとだけ曲作りてえんだよなあ。ちょうどいいメロディが浮かんできてて……。」

 「ダメです。」

 空になったマグカップを奪い取ると、「ネギ首に巻いて寝て下さい。」とミリアは冷静に言い放った。リョウは溜め息混じりに肯いた。

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