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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 「リョウ。」カーテンを開けると、リョウはお気に入りのMashallのヘッドフォンを付け、目を瞑っていた。ミリアは暫くその様をじっと見つめた。目は落ち窪み、幾分肌も青白くなっている。ふと不安に襲われ、ミリアはリョウの肩を揺さぶった。

 「ああ。」リョウは目を開け、ヘッドフォンを取った。「ミリア、来てたのか。」

 「今日は、お仕事だったの。」ミリアは肩を窄めながら言った。「体の調子は? 気持ち悪い? 頭痛い?」

 「今日はいいよ。」それはあながち嘘ではなさそうであった。口を出ずる言葉が力強く、はっきりしている。

 「良かった。」ミリアはそう言って微笑むと、手提げバックをテーブルの上に置いた。「これ、見て。」

 リョウは目を細めてクッキー缶を見た。体調は随分良いのであるが、それでもとてもではないがクッキーなどを頬張れる状況ではない。不審に思って見ていると、

 「ふふ。」ミリアが蓋を開け、自慢げに中を見せる。

 「ああ!」

 それは昨日話していた授業参観で作ったドールハウスだった。厚紙と折り紙とで作った、家、らしきもの。だってまず目に飛び込んでくるのは、ソファに寝ている猫、風呂に入っている猫、天井辺りを歩いている猫、猫、猫、猫、それにそれと同じぐらいの数のギター。リョウは思わず肩を震わせて笑った。思い出よりも遥かにそれはユニークであった。

 「これね、そっくりきれいにあったよ。そんで足りないの、昨日ミリアが作ったの。これ。」と言ってミリアは黒いバイクとアンプらしき箱、それから冷蔵庫とコンロを取って見せた。

 「リョウとミリアのおうちだから、こういうのも、必要でしょ。」

 リョウはまだ、微笑みを浮かべたまままじまじと中を見詰めている。

 みるみる内に、小学生だったミリアと、あの、親子がぎゅうぎゅう詰めになった教室で行われた授業参観のことを思い出していく。


 リョウはいつものように髪を後ろに一つに縛り上げ黒いスプレーをふりかけ、一張羅のスーツで学校へと出かけたのである。他の母親と一緒に教室の後ろに並ぶと、ミリアが何度も振り返りさも嬉し気に微笑むのを、この上なく嬉しく眺めていた。

 まさか自分が小学校の授業参観に出るなど考えたこともなかったし、バンド関係者に知れたら捧腹絶倒されることは当然の、とんでもなく意想外の事柄ではあったけれど、とかく小さなミリアがくしゃくしゃの授業参観の案内のプリントを持って帰ってきて、「リョウ、おうち作る?」とたどたどしく、それでも彼女なりに真剣に懇願したその瞬間から、リョウの意志は固まっていた。

 プリントに書かれている、「持ってくるもの→お菓子などの空き箱」なんぞ家には一つもないものだから、早速デパートに出かけて行って無駄に缶入りクッキーを買い漁り、そしてそれを空にしないといけないものだから、ミリアと一緒になって一週間ほど毎日食後にクッキーを食べ続け、ようやく飽きてきた頃、遂に授業参観の日が訪れた。

 朝からご飯を一口食べては、髪を梳かしては、着替えては、いちいち「今日は、リョウが学校に来るの?」と何度も何度もしつこいくらいにミリアが尋ね、それにこちらもいちいち「そうだよ。」と答えてやると、そのたびにはち切れそうな笑みを漏らすミリアが愛おしくてならなかった。

 そういったことをフラッシュバックするようにリョウは思い出した。


 「これ作った時から、思ってたの。リョウと結婚して、こういうおうちに住むんだって。」

 リョウは噴き出した。

 「小三の頃からか。」

 「そうなの。だから、これからミリアがこういうおうち建ててあげる。」そう言った瞬間、胸中に再びAV、の文字が蘇って来た。それはくるしい希望であった。AVに出さえすれば、家も建てられる。リョウも助かる。

 「じゃあ、俺もキラーチューンをめいっぱい作るか。CD売って、そんで猫御殿作れるように。」

 「デスメタル、売れるかな。」

 「まあ、まず世界が引っくり返りでもしねえ限りは、無理だろな。」

 はあ、という溜め息がミリアの口から出た。

 「でさ、お前、夕飯は?」

 ぎくり、としてミリアは身を震わせた。

 「今日は、現場でお弁当出たの。そんでお腹たくさんなの。」決してそれは嘘ではなかった。でもあれは小さなサンドウィッチが二切れだ。でも実際にそれ程空腹を覚えている訳でもない。考えなければこれで十分。しかし明日は? 明後日は? ミリアは不安で泣きたくなる。

 やはりAV、しかないのではないかとミリアは思う。裸になって、見知らぬ男と本物と見紛う性行為をするのだ、とアイカは言っていた。しかしそれによって借金もほとんど返済できたと……。自分もそうしたいと思う。とにかくリョウを助けたいと、痛切に思う。しかし具体的にそれがどういうものなのか、わからない。

 ミリアはドールハウスを前に和やかな笑みを湛えたリョウを横目に見ながら、リョウはAVを知っているのかしら? とふと思った。

 「ねえ、リョウ……。」

 「何?」

 ミリアは口を噤んだ。

 「あの……。」

 「ん?」

 「えー、」言いかけて、やはりAVなどという単語を発したらリョウは卒倒してしまうのではないかとそのまま、口ごもる。

 「ええ?」リョウは眉根を寄せて、「何か言いたいことあんのか? 何でも言えよ?」と深刻そうに呟いた。

 何でも言えよと言われても、AVについて尋ねられたらリョウは卒倒するに違いない。ミリアは唇をふるふると、震わせて、再び「えー……。」とそこまで発し、そして再び口籠った。

 「何だよ?」

 リョウの表情は一層深刻なものとなっていく。自分が何かやんごとなき苦悩を抱えているのだと、思い始めている。何かを言い出さなくてはならない。

 「えー、……語のテストがあって……。」

 「そうか。」リョウの眉間に生じた苦悩が晴れる。「点数取れたか?」

 「う、うん。」

 ミリアは下唇を噛み締め俯いた。しかし万が一、AVについて聞いたとして、リョウが事細かに教えてくれたりなんぞしたら、一体どうなるのだ? とても平常心ではいられない。病人相手にビンタの一発くらいは出てしまいそうな気がする。それは、絶対に避けなければならない。だとすれば、誰に聞けばいい? ミリアはふと思い至って、両手をばちん、と叩いた。

 「な、何?」リョウは目を丸くする。

 「う、ううん。何でもない。」

 リョウはぎらぎらと目を輝かせ始めたミリアを不審げに眺めた。

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