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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 翌朝、ミリアは手提げかばんにドールハウスを詰め、牛乳一杯を腹に収めるとすぐさま仕事へと向かった。

 とうに昼飯は抜いているし、夕飯はリョウが食べ切れなかった病院食か自分の持って行った残りで済ましている。朝は牛乳一杯。極力風呂も入らずシャワーで済まし、電気も使わぬよう心掛けている。それでも金は減っていく。家賃が引かれ、電気代が引かれ、水道代が引かれる。ただ、生きているだけでお金は減っていく。

 でもそんなことは一言でもリョウには言い出せなかった。リョウなら言いかねない。じゃあすぐに退院するから。治療なんて、どうだっていいから。そうなればリョウは死んでしまう。ミリアの一言がリョウを殺すことになる。取り返しの付かないことになる。それに――、ミリアの恐怖は別の所にもあった。それはすなわち治療費の支払いが滞り、病院から退院を命ぜられてしまうのではないかという危惧である。

先日、リョウがギターを無理やりに売ってくれたおかげで、入院費用がだいぶ軽減されたのは事実である。だから入院費で気を止むことは当分、なくなった。しかし家がなくなってしまえばリョウが帰ってくる場所もなくなる。何とかして保持していなければならない。


 だからミリアはリョウと一秒でも長くいたいとの思いを封印して週末は必ず、仕事に出た。どんな些細な仕事でもよかった。少しでもお金が入ってくれば安心できた。これでリョウが生き延びられる、と思うことができた。

 病院の相談室、という所に出向いて高額医療費の控除の申し込みも行った。担任教師が教えてくれた奨学金にはリョウのサインが必要なので、まだ言い出せない。奨学金で医療費を払うのかという事態が明らかになれば、リョウは悲しむだろう。だったらモデルをやっている自分が稼げばいいと思う。だからどんな内容でもいいから、平日でも日中でもいいから、仕事をくれるようアサミには何度か懇願した。

 そのお陰で最近はチラシやら企業パンフレットやら、名前の載らない仕事も多く回してもらうことができるようになってきた。しかしもっともっと、仕事が欲しいと思う。お金が欲しいと思う。せめてリョウの病気が治り、家に帰ってくるまでは。あの家でお帰り、と言ってあげられるその日までは。


 今日はミリアも聞いたことのある有名企業のパンフレットの撮影である。報酬が良いのでミリアは昨夜ばかりは風呂にお湯を溜めて半身浴をし、いつも以上に張り切って臨んだ。

 現場に到着するともう一人同年代のモデルの女の子がいて、アイカと名乗り、笑顔で挨拶を交わした。雑誌に定期的に出ている訳では無く、ミリアにとっても見た顔ではなかったが、こういった企業のパンフレットや広告を中心に出ているのだという。一緒に並んでメイクを施されながら、初対面にかかわらず随分おしゃべりな彼女は、自分のしてきた色々な仕事について教えてくれた。

 「私ね、ギャラのいい仕事ばっかり回してもらってるの。有名雑誌に載るとか、そういうことは全然考えてなくって。」

 ミリアはふうん、と神妙に聴き入る。

「今日のギャラも、いいでしょ? こういう儲かってる会社のパンフレットって、凄い狙い目なの。雑誌にちょこっと載るのだって、撮影にはメイクとかなんだかんだで半日ぐらいかかるでしょ? でも同じ時間でもこういう仕事の方が倍ぐらい貰える。」アイカは小声でそう囁いた。

 「あ、でもミリアちゃんはやっぱ有名雑誌出て、表紙飾ってカバーガールって言われて、そんでいつかはテレビ出てタレントになってって、そういうの狙ってるの?」

 ミリアは首を傾げた。「わかんない。わかんないけど、今私もお金、必要なの。とっても。」

 アイカは歓喜の笑みを浮かべた。「マジで? 私と一緒じゃん!」

 メイクが終わると、彼女はカメラのセッティングを待つ間に、陰にこっそりとミリアを呼んだ。そして、自身の置かれている状況を話し出した。親の会社が倒産し巨額の借金を担ってしまい、家族全員でそれの返済に追われていること、しかしそれも主に自分のお陰で順当に返しつつあるということを。

 「……私にとって仕事は稼げるか否か、それだけなの。有名になりたいも、可愛くなりたいも、全然そんなのはない。……実はね、今度、名前変えてAVに出るの。」そう言ってアイカは悪戯っぽく微笑んだ。

 「AV?」ミリアは聞き慣れぬ単語を繰り返した。

 「何? まさか、知らないの?」

 詰問されミリアはしょげながら頷く。

 はあ、とアイカは大げさなぐらいに溜め息を吐いて、「俳優とセックスするのを撮影する仕事。」と言った。

 「え。」と言ったきりミリアは声が出なかった。鼓動が激しくなり、喉がからからになるのを感じた。それは仕事なのか、犯罪ではないのか、ミリアの頭は真っ白になる。

 「もちろん本当にはしないよ? でもそれに近い行為はするかな。一見見た感じでは本当にしているように見えるやつ。一応契約の時はそんな話だった。何、そんな驚いた顔して。だってこれが一番儲かるのよ。あんま大きい声では言えないけど、契約金だけで数百万。」

 ミリアは目を見開いた。「……数百万?」声は掠れていた。

 「そうそう。それに一日で終わる撮影一本出れば数十万。あなたも可愛いから、そのぐらいもらえるよ。バレたら色々面倒臭そうだけど、整形しちゃえば問題ないし。名前は全然違うの使うんだし。」

 ミリアはごくり、と生唾を呑み込んだ。数百万。加えて一日で数十万。それさえあれば、リョウの入院費としては十分である。病院から追い出されることもない。治療に専念できる。もうリョウをお金で心配させることもない。ギターも買い戻せる。ミリアの鼓動は高鳴り続け、その後の撮影にはほとんど身が入らなかった。

 しかしデスクワークの真似をしてみたり、コピーを取る真似をしてみたりと、オフィスワークの場面を撮るばかりであったので、満面の笑みは必要とされず、仕事は順調に終わった。

 ミリアは、AV、AV、と胸中で繰り返しながら、いつもよりだいぶ重い足取りで病院へと向かった。

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