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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 ミリアはベッドに身を伏しながら、目の前に置かれたお菓子箱で作った小さなドールハウスをいつまでも眺めていた。

 もうだいぶ夜も更けてきたけれど、リョウのことを思うとなかなか寝付けない。特にリョウが抗がん剤治療に入ってからはそうだった。言葉がなくなり、辛そうな表情が見えるようになり、そうなると自分でも何も言えなくなってきた。これからどうしてあげたらリョウは楽になれるのだろう、と無力感に苛まれた。だから極力楽しいことを思い出して、それを話すようにしていたけれど、今日は成功だった。昔作ったドールハウスの思い出。しかもそれはアンプのすぐ上に紙袋に入れて丁重に、置いてあった。

 厚紙で作った猫が、一つ、二つ、……と、十八匹。これではさすがのリョウも飼えないと音を上げるのは仕方がない。ミリアはふっと微笑んで、リョウの作った小さなギターを手に取った。ちゃんと21フレットまで細かく描かれている。ペグも六つあり、ヘッドにはご丁寧にJacksonと描かれている。

 しっかりとした缶製で蓋がしてあったので、猫もギターも、それから渋々リョウが作った風呂場もテーブルもソファも(それらはそっくり今の家のものと同じだった)、埃一つ被らず、欠けてもいなかった。

 ミリアは猫とギターを目の前に持ってまじまじと眺める。白猫は公園で過ごしていた時の親友に酷似していた。ギターもリョウが特に丁寧に作ってくれたのがわかる、自分の愛機FlyingVであった。


 あの日、授業参観にはたくさんの親子が来ていて、それぞれ個性的な家を作っていたけれど、一番自分の家が素敵だと、その後暫く教室の後ろに飾られていたのを見てミリアは思った。

 猫とギターだらけの珍妙な家。他の家は花の咲いた庭が付いていたり、マンションのように何階建てにもなっているのもあったけれど、リョウと一緒に作り上げた、この猫とギターばかりの家が一番素敵だった。

 その時の自分はいつかリョウと夫婦になって、こんな家に住むのだと信じて疑わなかった。だから家に持ち帰ってきても、将来いざ家を建てる時に忘れてはいけないとリョウに捨てないよう懇願したのであった。他の絵だの貯金箱だの、習字の作品などは何の興味もなかったけれど。

 ミリアは猫とギターを戻して、半身を擡げ、再び家の中を覗き込む。これをリョウの所へ持っていってあげたら、リョウは喜ぶかしら。早く元気になってこんな家を買おうと、思ってくれるかしら。ミリアはそう思ってにっこりと微笑んだ。ならばMarshallのアンプも作ろう。それからドラッグスターのバイクも必要だ。ミリアはこの家に必要なものを次々に思い起こして、ますます眠気を覚まし、遂には立ち上がって夜中の工作を始めた。


 その頃、リョウもまた少しも微睡むことなく、ぼんやりと窓の外を眺めていた。その間も頭痛と吐き気が収まらない。吐きけ止めと鎮痛剤の入った点滴をしているので、少々楽にはなってきているものの、それでも眠りにつくことができるレベルにまでは達しない。そんな時決まってリョウが想起するのは、――死であった。

 ミリアがいるから、どうにかこの世にとどまっていようと思えるものの、一人であったら、金ばかり使い苦痛に襲われる治療などやる意味がない、はっきりとそう思う。

 今頃ミリアはどんな夢を見ているであろうと、リョウは思う。一人きりの家で、金もないのだ。夢の中までもそれが侵入していては可哀そうでならない。どうか夢の中だけは幸せであるように、リョウはそればかりをひたすらに祈った。

 でも、とかく、ひととおりまとまった金は入ったのだ。この範囲内で決着を付けよう。リョウはぼんやりとする意識の中で一人決意をした。これで治らなければ、自分は大人しく地獄に落ちよう。そういう定めであったのだと思おう。ミリアは瞬間的には悲しむかもしれない。泣くであろう。喚くであろう。でもまだ社会にも出ていない高校生に、借金を被せることは忍びない。ミリアには将来があるのだ。自分は愛するミリアに借金を背負わせてまで生に縋りつきたくはない。

 自分にとって生とは、ミリアと同じ世界にいられるということであると思う。だとすればミリアを不幸にする生なんぞ、全く何の意味も果たさない。後は、音楽――。しかし曲なんぞ、無限に世の中に生まれては消えている。誰もがオリジナルと信じ生み出す、模倣の嵐だ。たしかにそれは自分にとっての生き甲斐、であった。誰からも必要とされない自分に、初めて価値を与えてくれるものであった。感謝はしている。愛してはいる。しかしもう何も頭には思い浮かばなない。強烈なフレーズも、慟哭のメロディも、何もかも……。

 こうやって人は想像力を失い、この世への未練を失い、そうして初めて死んでいくのだろうか、とリョウは訝った。それは諦観。自分に最も縁遠かった言葉。それが今や怨念のように自分の中を侵略していく。

 いつしか窓の外にはうっすらと紫雲が棚引き始めていた。

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