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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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2クール、3クールと抗がん剤治療は進み、気付けばあっという間に一か月が過ぎていった。

その間の入院費は想像以上にかかった。リョウは当初こそそれを危惧していたものの、治療のあまりの苦しさ、辛さに次第にそんなことさえ考えられなくなっていた。猛烈な吐き気、頭痛、熱、いかなる体勢を取っても痛苦は僅かにも減じず、時の経過が恐ろしく遅く感ずる。この延長線上に死があるのだとつい、考えてしまう。そしてその距離はいかほどであろう。あまりに辛い時には、たいして無いような気もしてくる。そこを意識を明白にしながら肉薄していくことを思うと、恐怖しかなかった。せめて意識を喪失している間に逝けないものか、そんなことを考えた。


それでも毎日必ずミリアはやってきて、自分の手を強く握りしめ、色々な学校であった楽しいこと、自分との楽しかった思い出をほぼ一方的に話していった。リョウはその間だけ、痛苦を忘れることができた。ミリアの言葉は例に違わずたどたどしく、言葉も妙な時がたくさんあったが、そんなことは問題ではなかった。ただそこにミリアがいて何やら楽し気に話をしているのが、リョウにとっては至上の幸福であった。元気のある時には肯いたり、ああだこうだ相槌を打ってやったりもする。するとミリアはますます語気を強めて話をするのであった。


「ねえ、リョウ、覚えてる? ミリアが小学生だった時、リョウが授業参観来て一緒にお菓子の箱でおうち作ったの。いつかこんなおうちに住むって言って、ミリアがいーっぱい、猫作って置いたら、こんなに飼わないってリョウ言った。」ミリアはおかしげにくつくつ笑った。

「ああ。」リョウは思い出す。

小学三年の頃だったか、図工の授業で親子で菓子箱を使ったドールハウスを作ったんだっけ。ミリアは猫と住める家にするのだと意気込んで、屋根も家具も何も作らずひたすら猫ばかり作り始めたので、面倒くさくも自分がテーブルだの、椅子だの、風呂だのを作ってやったのだが、自分もやがてそれに飽きてギターばかり作り始めたら、猫とギターばかりの妙な屋敷が完成したのだった。

「楽しかったねえ。」ミリアは口元を抑えながら肩を震わせる。

「おうち作らなきゃいけなかったのに、ミリアは猫ばかし作って、リョウも……。」ミリアは布団に打っ伏して笑いを吐き出す。「ギターばっかし作ってた!」

「ああ。」リョウの頬が緩む。

「あのおうち、どこ行ったかなあ。リョウに捨てないでって言ったのに。」

「……どっかに、あるよ。」

ミリアは頬に手を当てて目を丸くする。「本当の本当に? おうち探したらある?」

「ああ。」

「やったあ! リョウギター上手に作ったよね。FlyingVもKingVも、それからランディー・ローズのも、ダイムバック・ダレルのもジェイムズ・ヘットフィールドのも。本物のギターなくなっちゃっても、あれがあればミリア、リョウが帰ってくるまでお留守番できる、かも。」

「ああ。」

「おうち帰ったら探してみよう。」

 そう語るミリアの瞳はしかし揺れていた。ミリアも辛いのだ。金もなく、一人で過ごす夜は寂しくてならず、思い出に浸る以外に術はない。

 リョウはそう思い、ミリアの手を強く握り返した。どんな些細なことでもいいから、ミリアはどんな些細なものでも必ずや感受できるから、幸せを少しでも溢してくれ、そう祈った。


 真っ暗な部屋に足を踏み入れたミリアは、だから、いつもの如く溜め息を吐くことはなかった。ここには宝物が眠っている。いつかリョウと創り上げたドールハウス。

 どこかな……。ミリアは頬に久方ぶりの笑みさえ浮かべ、パソコン用の椅子をあちこちに移動させながら、棚の上、アンプの上と、思い出の菓子箱を探していく。大きなアンプを積み重ねたその奥にはぽっかりと空洞があった。ミリアは早速そこに手を差し伸ばす。ふと、その手に何やら紙らしき物が触れた。ミリアは不思議に思い、埃にまみれたそれを取り出す。埃が舞った。ミリアは顔を顰めながら一旦椅子を降りて、テーブルに置き、ティッシュで埃を拭った。

「サンタさんへ」

 それは紛れもなく幼いミリアの字であった。

 一瞬、何だろうと思い、そしてはっとなった。これは昔自分がサンタクロースに書いた手紙である。リョウの家にやってきたあの年、クリスマスプレゼントを貰ったことがないと美桜に吐露したら、サンタクロースには手紙を書かなければプレゼントを貰えないのだと教わり、早速書いた手紙。

 内容は――、確か……。

 ミリアはごくり、と生唾を呑み込み、そっと封を開けた。中に入っていた一筆箋を取り出す。

 「ずっとリョウといっしょにいられますように。」

 ミリアはその大書きされた字を見詰め、胸に明確な痛みを覚えた。無論そこに表現された自分の純粋な愛情に対して、ではない。それから、無垢で幼い自分に対する憐憫でも。

 ミリアが覚えたのは、サンタクロースへの痛烈な怒りであった。他には何もいらない。それまでも、そのあとも、自分の願いは終始一貫してこれだけである。なぜこの願いすら叶えられない? 他の子供の物欲はごまんと叶えてきているはずだのに。

 ミリアはそっと手紙を封に入れると、立ち上がり、カーテンを開けて外を睨んだ。クリスマスの翌朝、リョウと一緒に、まだそこらにいないかとサンタクロースを探した。

 「このぐらい、叶えてよ。」ミリアは空に向かって呟く。「叶えないとぶっ殺すって、リョウ言ってた。」

 空には今にも消えそうな爪月が僅かな光を発していた。

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