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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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20

 「リョウ、起きて、ギターが! ギターが!」

 耳元で頻りに怒鳴られ、体を揺さぶられ、リョウは夢の中から引き戻されていく。せっかく幸福な夢を見ていたのに。小さなミリアと一緒に公園へ行って、ミリアが嬉しそうに小さな白猫を抱えている。自分は暖かな日光を全身に浴びながら寝転がり、芝生のいい匂いを嗅いでいる――。

 「ねえ、起きてってば、起きてよう!」

 リョウは不機嫌そうに目を開けた。

 「あのね、よっく聞いて! ギターが、なくなったの! ねえ、リョウ、売ったの? 売っちゃったの?」ミリアは眉根を寄せて、なおリョウの体を揺さぶる。

 「……ああ。」リョウは記憶を呼び起こしていく。「大木さんに、……金にしてもらった。」

 「なあんで! ダメって言ったじゃん!」ミリアは拳でリョウの腹部を叩いた。

 「だってよお。」リョウはふぁあ、と間抜けた欠伸をし、「入院費作らねえと。」

 「そんなの、あるって言ったじゃん! リョウはなあんでミリアの話、聞かないのよう!」

 「聞いてるよ。けどよお、お前の給料に手付けさして……。」

 「それは言ってない!」

 リョウははあ、と溜め息を吐く。やはり、手を付けていたのだ。そうだ、自分には貯金と胸を張れるものなど、なかったのだから。

 「せっかくせっかく、リョウが集めてきたものなのに。大事に大事に、毎日ちっとも汚れてないのに無駄に磨いて、メンテナンスして、リョウの宝物だったのに!」

 汚れてもないのに無駄に磨いて、悪かったな。リョウは顔を顰めて仕方なしに身を起こすと、両手で顔を覆って座り込んだミリアの頭を撫でてやる。

 「いや、いいギター持ってることよりもよお、それをどう弾くか、どんな曲弾くかが問題だろ? 本質間違えてお前一人に金の問題押し付けて、そんなの……ほら、その、夫として失格じゃねえか。」

 ミリアはわあん! と喚いてリョウに抱き付いた。「だってだって、リョウはずっとずっと大事にしてたじゃん! リョウはギタリストだもの、日本一のメタルギタリストだもの!」

 リョウはさすがに気恥ずかしくなり、「おい、静かにしろよ、病室だぞ。」と慌てて小声で叱咤した。

 「リョウがなくなっちゃう。家の中からリョウが、なくなっちゃうの! 怖いの!」

 「縁起でもねえこと言うな。俺はまだ死んじゃいねえよ。」

 「そういうことじゃないのよう!」

 「わかった。元気になったら、買い戻す。でもな、とりあえずここにいちゃあ弾けねえし手入れもできねえし、家で埃被して放っといたってしょうがねえんだから。な? 俺は別にこいつさえありゃあ」と言ってちら、とKingVを見た。「作曲もライブも何の問題もねえ。そしてお前が俺の隣で、俺とおんなじギター弾いてくれさえすれば。」

 ミリアはぴたり、と泣くのをやめてリョウを真正面から真顔で見据えた。睫毛が涙に濡れていた。

 「本当に?」

 しめた、とリョウは内心歓喜する。「ああ、そうだよ。ギター一本、それから以心伝心のギタリストがいればメロディラインはバッチリじゃねえか。ああ、俺はどっちも完璧。恵まれてるなあ。」

 ミリアは満面の笑みを浮かべ、再びリョウに抱き付いた。

 「じゃあ、ギターはいっぱいはいらないのね。」

 だからさっきからそう言っているじゃないか、と言おうとして再び大泣きされるのも面倒である。リョウはミリアの背を軽く叩きながら、「そうそう。あっははは。人間腕はどう頑張ったって二本しか生やせねえんだよ。」と笑った。

 ミリアはうっとりとリョウの胸に頭を乗せ、「なあんだ。ギターなくっても、よかったのね。」と幸福そうに呟いた。

 リョウはようやくこれでミリアを納得させられたと安堵する。後は代金を入院費にぶち込み、それであとどのぐらい治療ができるのか、ということである。もうこれ以上自分に売るものはない(アンプと、少々の機材は残っているが、おそらくは大した金にはなるまい)。それでも足らぬ程の治療期間となれば、ミリアの生活も破たんし共倒れだ。それだけは、どうしても避けねばならない。

 リョウは再びベッドに身を凭れさせると、今度は不安の溜め息を吐いた。何が何でも、早急に、つまり金の許す範囲でこのがんを治さねばならない。またはミリアに金を少しでも残したままとっとと死ぬか、そのいずれかである。金が底を付き自分も死んだら……、それは最悪だ。考えたくもない。しかし五年後の生存率が七割と宣告されたことを、リョウは一時たりとも忘れられるわけがなかった。今、胸に感ずるこの温かみと重み――、これが幸福を感ずることこそが、一番大切なのであった。リョウは既に三日後と迫った抗がん剤治療を思い、武者震いした。

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