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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 「マジ、か。」と唖然として長髪の男二人が玄関先で立ち尽くしたのも、リョウにしてみれば至極当然の反応であると思われる。自分も全く同じ衝撃を得、そして同じ反応を示したのであるから。

 新曲が出来たからという理由でリョウに、「自宅に」呼び出されたシュンとアキは、一体どういうつもりであるのか首を傾げるばかりであった。

 「新曲? じゃあ、いつものスタジオ予約しとくわ。」と申し出たシュンに、リョウは言いにくそうに、「否、うちに来てくれた方が時間も気にしねえでできるし、いいと思うんだよな。」と言った。シュンは一瞬何を言っているのだかわからなかった。

 「お前んちで、レコーディングするっつうのか? 新しい家で? んなことできんの?」

 「俺んちっつうか、ミリアの家な……。」リョウは考え込む。あの豪邸を自分の家と言うのはとても違和感があったし、というよりも忍ばれなかった。だからジュンヤの母親がリョウの名義に書き換えるだとか言い出したのを、せめてミリアにしてくれと懇願もしたのであった。ミリアならば実子であるのだし、遺産相続だと思えば納得も行く。あれを自宅と呼称する痛苦をそれによってリョウはどうにか払拭しようと試みたのである。

 「ミリアの家?」

 「ジュンヤさんの家を子であるミリアが相続した。世の習いだ。」

 そこでは納得したシュンも、しかしいざその建造物を目にして瞠目せずにはいられなかった。

 「洒落、過ぎだろ。」

 「都心でこのデカさって、なくねえか……。」

 玄関で呆然とし続けるシュンとアキの前にミリアが白猫を手に乗せやって来る。

 「さあ、白ちゃん、ご挨拶なさい。ベースのシュンに、ドラムのアキだわよう。」

 「みゅう! みゅう!」

 「猫まで飼ったんか。」シュンは目を瞬かせる。

 「コンビニで捨てられてたのを貰って来ただけだ。」

 アキは追いつかぬ頭を落ち着かせようと、ミリアの掌で鳴く猫を指先で軽く撫でた。

 「小っちぇえなあ。」

 「まだ赤ちゃんなの。なのにリョウってば叱るのよ。ダメなのに。」ミリアは身を翻して、「さあ、どうぞ。」と言った。

 三人はミリアと猫の後に続く形でレコーディングルームへと赴いた。

 再びシュンとアキはその機材の一つ一つに瞠目せざるを得なくなった。

 「マジか。」シュンは玄関先と全く同じセリフを吐き、まずベースアンプの前に坐り込んだ。「普通のスタジオじゃねえか。」

 リョウは二人に紙を手渡し、「こんな感じで弾いてくれ。」と命じた。ミリアは自室に猫を置くとギターを掲げ、早速準備に入る。

 「フランスではこれをやる。」

 「マジか。別にあそこに新曲持って行っても客の有難みはねえぞ。日本で俺らの曲を熟知する精鋭たちの前でやるのならともかく。」シュンは不満げに言った。

 「客の問題じゃねえよ。」リョウは鋭い眼差しで言った。「俺らの問題だ。場所だけ変えておんなじことやってんのは停滞だ。停滞する水は腐る。腐った野郎はステージに立つ資格は、ねえ。」

 シュンとアキはくつくつと笑い出した。それはあまりにもリョウらしい発言であったので。

 「だな。」晴れ晴れとアキは微笑み、ドラムセットのセッティングに入る。シュンも肩からベースを降ろすと、早速アンプの電源を入れ、エフェクターボードを開いた。

 「パパ、ここでいっぱいの曲作ったの。」ミリアがそう言わずにはいられないという衝動でもって言った。「あのね、お酒を飲んでリラックスしたり、リビングでみんなでご飯食べたりしながら。仲良しなメンバーといると、いっぱいいい曲が生まれたんだって。」

 「ああ、いいな、そういうの。」シュンがミリアに笑いかけた。「あ。これってお前がアメリカで被ってた帽子じゃん。」壁に掛けられたカウボーイハットを指さしてシュンは言った。

 「そう。茶色のがパパの。星空のもパパの。どっちもね、アメリカの景色をいーっぱい見て来たの。」

 「そうか。」シュンは溜息吐きながら二つのカウボーイハットを眺めた。

 「ほら、無駄話してねえでとっとと始めっかんな。」リョウの罵声が飛び、二人は慌てて準備に取り掛かる。そこに既に準備を終えたリョウがギターを弾き始めた。穏やかな、どこか郷愁誘うメロディー。三人はその意想外な音に顔を顰めてリョウを見上げた。慌ててアキは手渡された楽譜を見る。どうやら新曲のフレーズではなさそうである。だとすれば、単なるリョウの現在の思いの吐露であるのか。三人は暫く準備の手を休め休めし、リョウの生み出すメロディーに耳を傾けていた。

 レコーディングはいつもとは異なり、非常にリラックスした状態で進み、デモではあるものの全員が全員納得のいく形で音を入れられることとなった。途中ミリアがコーヒーだの菓子だのを携えて持って来て、それを摘まみながら新曲に対しての各々の解釈を述べ合ったりもした。こうしてジュンヤもレコーディングを行ったのであろうとリョウは感慨深く思い、そしてこういう風に家を使っていくことがジュンヤにとっても安寧を齎すことになるのではないかとちらと思いもした。

 どこか寂寥を感じさせる新曲は一晩で形を成し、次なるフランスでのライブのセットリストの終盤に入れられることとなった。

 「初ヨーロッパだな。」リョウは微笑みを湛えて言った。

 「まあ、現実的な話をすっと、ここで集客できるかどうか、結果出せるかどうかで、今後の海外でのマージンも決まってくる。」アキがコーヒーを啜りながら言った。「ライブのギャラにホテルのレベル、対応の諸々はヨーロッパ基準って所がまだ、あるからな。いっくら国内やアジアで集客できても海外でのギャラに直接結びつくかっつうと微妙だ。」

 「でも、まあ、そういうのは俺ら現実班が考えっから。」シュンが言った。「お前は曲のこととライブのこととジャケのことと、そういうことに専念してていい。お前はどうせボロホテルだろうがマズイ飯だろうが、人前でギターさえ弾けてがなれりゃあ文句言わねえの知ってるしな。」

 リョウは返事をする代わりに俯いて微笑んだ。「お前らのお蔭で、俺は純粋に音楽に専念できる。ありがてえことだ。」

 三人はその率直な謝意に驚いたように目を見開いた。

 「ミリアは、ミリアは」切羽詰まったように、ミリアは唾をぺっぺと吐き出しつつ言い出した。「リョウが曲を作ってくれるから、ギター頑張ろうって思えるのよう。これをお客さんに聴かして、どんな地獄からだって這い上がれるって、そう、信じてもらえるために、頑張ろうって思えるのよう。リョウがいなかったら……、いなかったら……、そんなこと絶対考えらんないんだから。それにこの音の中に、」ミリアは今仕上がったばかりのデータを指さし、「パパも園城さんもいるでしょう?」

 リョウは目を瞬かせた。

 「ミリア、そう感じたの。」ミリアはそう言って恥ずかし気に俯いた。「違ってもいいけど、ミリアは、そう、感じた。」

 シュンとアキはそういうことかと納得をする。無論Last Rebellionらしい楽曲ではある。他のどのバンドにこういうメロディが作れるかと言えば、否と即座に答えられる。そういう「らしさ」を有しながら、一方でかつて感じたことのない哀愁のようなものが感じられたのである。それは亡き人に対する思いのためであったのか。妙に腑に落ちてシュンとアキは言葉を喪った。

 「コーヒー持ってくんね。」照れたようにミリアは立ち上がり、防音扉を開いた。するとすぐに、足元からみゅう、みゅう、という甘えた声が聞こえ出す。

 「まあ白ちゃん。新曲聴きたくてここまで来ちゃったの?」

 三人は噴き出した。

 「パパも園城さんもいる、最高の新曲ができたわよう!」

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