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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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16

 無事に種々の検査をクリアして抗がん剤治療が決定したリョウは、遂に無菌室に移動となった。

 今日から一週間はここでの生活となる。ギターだの本だのは消毒の末に許可されたものの、ニット帽はひとまず洗濯に回された。リョウは坊主頭をVENOMのタオルに巻いて見慣れぬ世界に入れられることとなった。

想像していたよりも普通である。無菌室などと言うから何もかも真っ白かと思いきや、テーブルは木目調であるし、カーテンは緑色である。リョウは拍子抜けした。


 リョウはベッドに伏しながら、頭上に掲げられた点滴の瓶を緊張の面立ちで見上げる。今までのそれと何ら変わったような形跡はないのに、これが全部入れば、がんが死滅してくれるのか、リョウは祈るような気持ちで一滴一滴と落ち始めた点滴を見詰めた。

 「帽子、洗濯終わったので乾燥したらお持ちしますね。」

 「ありがとうございます。いやあ、人生半分近く長髪だったから、頭が寒くなっちまって、寒くなっちまって。最近友達になった園城さんつう人に貰ったんすよ。」

 「園城さん?」看護師は驚いた声で繰り返した。

 「あ、知ってます? たしか、六階つってたかなあ、病室。あの人もがんなんだって?」

 看護師は恐る恐る肯いた。

 「あの、お若い男性の……。」

 「そうそう。俺が内庭ん所でギター弾いてたら声掛けてくれて。メタル好きなんすよ、あの人。そんで友達になって。昨日も喋ってて。……何でも二年も入退院繰り返してるらしくって、大変すよねえ。俺、とっとと治して退院してえなあ。」

 看護師は固い頬を弛め、「ええ、頑張りましょうね。」と言った。「可愛い妹さんのためにも。」と言って時計を見ながら点滴の落ちる速度を計る。

リョウはどうしようもなく笑みを溢しながら「でしょ?」と即答した。「あいつね、雑誌モデルやってるんすよ。化粧して綺麗な服着ると、またいつもと違ってメチャクチャ可愛いの。ここだけの話ね。」と言った。

 「そうだったんですか!」看護師は目を丸くして、「どうりで凄い可愛いと思ってたんですよ。でも黒崎さん冷たいじゃないですか。せっかくお見舞い来てくれても、早く帰れとか勉強しろとか、そんなことばっかり言って。黒崎さんに追い出されて、妹さんいつも病室出た所で泣きべそかいてるんですよ。」

 「そりゃあ、なあ……。」リョウは顔を顰め、「ちやほやして馬鹿女になっちまったら、おしまいだからなあ。」と呟くように言った。

 「そんなことないですよ。可愛い、綺麗って言ってあげたら女の子は誰でも嬉しいし、そう言われることでもっともっと可愛く綺麗になるものなんですよ。是非言ってあげてください。」

 「……マジか。」リョウは唖然として答える。「俺はそんなことまず言ったことねえぞ。ライブに来るファンにだって、ミリアを綺麗だ可愛いだちやほやする奴にはバカ女になるから、言うなって牽制してたぐれえだ。」

 「まあ、酷い。きっと黒崎さんに褒めてもらったら妹さん、とっても喜びますよ。今日来てくれたら、必ず言ってあげてくださいね。黒崎さんが抗がん剤治療に入るっていうので、ずっととても心配してるんですから。毎日毎日抗がん剤治療について私や医師に質問されていますよ。……あれ、何です、これ。」

 看護師は机の横に置かれたビニール袋の中から内藤ルネのイラスト集を取り上げた。

 「ああ……。」説明するのが面倒であるが、こういう趣味をしていると勘違いされるのも嫌である。リョウは口ごもって看護師の反応を待った。

 「妹さんそっくり。」

 リョウは目を丸くした。「あ、やっぱ、そうなの。これ、ミリアに似てる?」

 「そっくり。ぱっちりした目とか、華奢なスタイルとか。」

 「マジか。」

 「これがあればいつでも妹さん思い出せますね。」

 「否、そんなんじゃねえから。」慌ててリョウは弁解をする。「バンドやってるメンバーがね、ミリアに似てるから暇つぶししろって勝手にこんな少女趣味の本買ってきやがって。あのね、全然俺の趣味じゃねえの。」

 「まあ、本物の方が可愛らしいですけどね。毎日学校終わるとお料理拵えて飛んできて……。まるで、……恋人みたい。」

 「恋人で済んでりゃあなあ。」リョウはぼそりと呟く。

 「ふふ、結婚でもされたんですか?」冗談交じりに聞いたのにリョウに真顔で「そう。」と肯定され、さすがに看護師は目を丸くした。

 「なーんかさあ、うちはちっとばかり事情が複雑で、俺とミリアは異母兄妹ってやつなんだよ。まあ、それでも兄妹であることには変わりはねえんだが、お互いがお互いの存在を知ったのが、十年前、か。それ以来二人暮らしでさ。中学生になったら俺と付き合うって言うし、卒業間際には突然結婚式だし。あ、ウェディングドレスの撮影の仕事場にね、突然呼ばれて、そんで、急に。笑えるでしょ。」

 「ええ? 本当に?」

 「我ながら冗談みたいだけど、本当なんだもんなあ。……あいつに最初にプロポーズされたのが小二ぐれえで、大泣きして鼻水垂らしながら、結婚してよう、って泣き付かれたんだよな。たしか、友達んちの親が再婚したとかで、そんで俺が誰かと結婚するんじゃねえかって心配して、だったら自分と結婚してくれって、泣き付いてきたんだよ。その経緯も凄ぇだろ? でもそんな訳わかんねえ時からあいつのことが可愛くて可愛くて。」

 看護師はくつくつと笑いを堪えている。

 「俺施設出てからずっと一人だったからさあ、最初はあんなちっちゃい女の子と暮らすなんて考えられなかったけれど、あいつもあいつで行き場がなくって俺ん所来た訳だし。だから追い出すわけにはいかねえし、しょうがねえなあって軽いノリで一緒に住み始めたんだけど、なんつーか、……面白いんだよな。なーんか来たばっかの頃は精神不安定で夢遊病んなってやべえ時もあったけど、俺の真似してギターなんか弾き始めて、あっという間に上達して。ああ見えて、あいつ、ギター凄ぇ巧いの。俺も実はね、こう見えても相当ギターは弾ける方なんだけど、そっくりそのまま俺とおんなじギター弾くの。小学校の低学年の頃からだよ。最高だろ?」

 「ふふ。」看護師は含み笑いを漏らした。「じゃあ、早く治しておうち帰ってあげないといけませんね。」

 リョウはすっと急に生真面目な顔つきになって、「でも、俺……、死ぬかもしんねえだろ……。そしたら、どうしたらいいのかな、俺。」と茫然と呟いた。

 「何言ってるんです。」先程と同じように笑おうとして、気圧される。

 「俺は、いいんだけど……。否、やっぱよくねえか、でもそれよか俺が死んであいつが壊れちまわないか、それが心配で……。俺がいなくなったら、あいつどうなっちまうんだろ。想像できねえよ。否、いつかは俺が先に逝くのは当然なんだけど、今俺が死んであいつが一人で、生きていけんのか不安で……。」

 看護師は息を呑んだ。

 リョウは茫然と空の一点を見詰める。それはここ暫く考える所でもあった。ミリアを置いて死んだなら、それはどう楽観的に考えても、ミリアの心を殺してしまうことになるような気がするのである。ミリアはひたぶるに盲目的に自分を愛している。悪く言えば、依存している。普通であればのめり込む前に少々線引きをして均衡を保つべき所、ミリアは恐れもなく遠慮もなく、猪突猛進に自分を愛しているのである。金もなければ自己中心的でほとんど構ってやることもない自分の一体何がそんなにいいのだかは、さっぱりわかない。自分もまあ、そのうち他に男を見つけるだろうと軽く考え、ミリアの示す愛を拒絶はおろか非難一つしたことがなかったから、そんな自分の対応がまずかったのかもしれないが、そんなことを今更言われても仕方がない。ただ自分が死に直面することとなった今、ミリアの行く末だけが心配でならないのである。

 ある意味自分の生死よりも、それに付随するミリアの感情が心配でならなかった。どうすれば一人で生きていける心を培わせていけるのか。自立させられるのか。それとも、この世の中に無数にいるであろう、愛する家族を失った遺族が悲嘆にこそ暮れど、挙って後追い自殺などはしないように、これは杞憂なのだろうか。リョウは落ちる点滴を眺めながら、ミリアのことだけを案じていた。

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