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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 楽屋に戻るなり、ミリアはギターをソファの下に置き、カウボーイハットで顔を覆うとそのままソファに倒れ込んだ。荒ぶる感情に肉体が振り回され、疲弊感というよりは意識の喪失に近かった。

 リョウは「大丈夫か。」と慌てて駆け寄る。

 「……言って。」くぐもる声は何を言っているのかわからない。リョウは口許に耳を近づけた。「……パパに、ミリア、ちゃんとやったって、言って。」

 リョウは顔を顰めると、「ああ。ミリアが凄ぇステージングやったって言っとくよ。つうか、ちゃんと観ててくれてたに違ぇねえから安心しろ。」そう言って頭を撫でた。溜め息を吐きながら立ち上がる。

 「ミリア、大丈夫か。」ステージから戻ったシュンが眉根を寄せて言った。

 「ああ、……疲れたんだろ。」リョウはミリアの脇に横たえられたギターを取り上げ、ケースに片付けてやる。帽子は、そこにミリアが顔を埋めている以上、そのままにしておく他なかった。

 「にしても凄ぇ客だったな。見たか、でっけえピット出来てたろ、ミリアの前。」

 ちら、とシュンはミリアを見た。帽子に顔を埋めたまま横たわっている。細い四肢、華奢な体躯、どう見てもあれ程のエネルギーを秘めているとは思われない。このまま二、三日寝込んだとしても、相応であろうとさえ思われた。

 「ミリアのギター、半端ねえ迫力あったな。何だありゃ。」アキもミリアを見下ろしながら半分呆れたような笑みで言った。「お前、マジで力付けてきたよな。俺はステージの後ろからお前見てて、鳥肌感じたよ。」

 「お疲れ様です!」と、声を張り上げてナカジマが入って来た。「いやいや、凄かったですねえ! 盛り上がりで言えば、間違いなく今日一番ですよ! 物販も完売です!」

 「マ、マジか。」リョウは慌ててナカジマに歩み寄り、肩を揺さ振る。

 「え、ええ。本当ですよ。CDなんてライブ直後には取り合いになってましたからね! あ、ちゃんとお金は頂戴しましたよ! Tシャツも、リストバンドも、即完売。タオルなんて暑いからかあまりに皆さんどんどん持っていっちゃうものですから、一人二本までの制限を付けさせて貰いました。」そこまで言って、ナカジマはソファに突っ伏しているミリアの姿を目を丸くして見た。

 「ど、どうされました? ミリアさん、大丈夫です?」

 「ああ。大丈夫。疲れただけだから……。」リョウはそう言いながら、しかし心配そうにミリアを見下ろす。

 「そうだ。水か何か持ってきましょうか。熱はありそうですか? 氷も言えば貰えると思います。」

 「……頼むわ。」

 ナカジマは大きく笑顔で肯き、楽屋を出て行く。

 「ミリア、お前はよくやったよ。毎度お前には瞠目させられっけど、今日は格別だ。」アキはいつもには似合わぬ言葉を発した。「あのギタリストの親父さんも、今日の観たら凄ぇなって感服するよ。もしかすっと嫉妬、しちまうかもな。」

 「だよな。」シュンも後を継いだ。「ギタリストの親父さんに、今日のステージングは最高の親孝行になったんじゃねえの。『マジでこいつが俺の娘か』ってビビってる姿が思い浮かぶよ。」

 ミリアは帽子をそっとずらして、眠たげにも切なげにも見える瞳で二人を見上げた。「音って、どこまで伝わるの?」

 アキとシュンは眉根を寄せて、質問の意図を探る。

 「あのなあ。そんなのどこまでだって伝わってんだよ。」リョウがミリアに歩み寄ると、顔を顰めて言った。「生きてたって死んじまったって、一旦惚れた音、聴きてえって思えばどこにいたって聴こえてくんだよ。逆に隣にいたって聴きたくねえっつって耳塞いでりゃあ何も聞こえねえ。要は感性の問題だ。でもな、ジュンヤさんも園城さんも、俺らの音を誰よりも聴きてえって思ってくれてることは間違いねえんだよ。俺らの曲を人生最後まで懇願してたんだからよお。今頃Last Rebellionの音は最強だったなっつって狂喜してるに決まってんだろ。」

 ミリアはごくり、と生唾を呑み込むと再び帽子の中に顔を埋めた。

 「特に今日のお前の音はよお、天までも突き刺すような音だったじゃねえか。俺はジュンヤさんの満足そうな顔が目の前を過ったのを見たぞ。お前は見てねえんか。」

 ミリアはぱっと帽子を外し、「本当?」と涙の入り混じった甲高い声で尋ねた。

 「ったりめえだろ。嘘吐いてどうすんだ。それよかお前、せっかく最強のライブやってのけたっつうのに、んなメソメソ、メソメソしてたら俺がジュンヤさんにキレられんだろ。結婚の許可やっぱ取り消しとかっつう話んなったらどうすんだ。」

 ミリアはゆっくりと上体を起こし、赤い目を凝らして言った。「やだ。」

 「やだじゃねえ。俺はレッスン来てくれる生徒いっぱい抱えてんだから、結婚許さねえとか言われても、駆け落ちはしねえかんな。」

 「やだ!」今度は叫んだ。

 「ミリア、ステージ観に行ってみねえ?」シュンがここぞとばかりいにミリアの手を取る。「まだまだ夜までメタルバンド出まくりだぞ。それに飯も旨そうなのいっぱいあるみてえだし。せっかくだから行ってみよう。」

 ミリアは言われるがまま、シュンの手を取り立ち上がった。

 リョウは安堵の微笑みを漏らしながら、ようやく自分のギターを片付け始める。

 「じゃあ、リョウ、俺らちっと行ってくるわ。お前も何か欲しいのある? 飯でもビールでも、取って来てやるぞ。」

 「あ、いいよ。俺もその内行くから。」

 「ああ、そっか。じゃ、ミリア行くか。」

 「うん。」ミリアは肯くとカウボーイハットを真っ直ぐに被り、シュンと手を繋ぎながら楽屋を出て行った。

 「おい、リョウ。あと二本……。」アキが閉ざされた扉を見詰めながら、呟くように言った。「ミリアはやれんな?」

 「たりめえだ。あいつは正真正銘デスメタルバンドのギタリストだかんな。」リョウはそう言って片頬に笑みを浮かべた。「あいつは絶望から這い上がる様をまざまざと見せつけられる、本物のデスメタルギタリストだ。……言い訳付けてステージ降りんのは簡単だ。でもそうしちまったらもう、こんな広ぇ世の中なのによお、世界はまだまだ広がってるっつのによお、そん中に一つも自分の居場所がなくなっちまう。そいつぁどんな地獄よりも地獄だ。あいつは多分それを知っている。だからへばりついてでもステージに上がり続ける。」

 アキはふっと笑みを漏らす。「一体お前は過保護なのかスパルタなのかようわからん。」

 「大丈夫だ。ミリアはわかってっから。」

 遠くどこかのバンドの演奏が聴こえて来る。観客の悲鳴じみた歓声も。ミリアは今頃少しでも笑っているだろうか。あの帽子の下で笑っていてくれることを、リョウは切に祈った。

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