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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 観客たちは会場と同時にデッキに溢れ返った。早速ステージの最前列を陣取る者、まずはアルコールを摂取しなければ始まらぬとばかりにバーに走り出す者、海風に長髪を靡かせながらメタル談義に花を咲かせる者、あっという間に船内は黒いTシャツをユニフォームのように着用した、メタラー一色に染め上げられていった。


 ミリアは幾分赤みを帯びた腫れた眼で、無言裡に楽屋の丸窓から海中を見上げていた。頭にはすっぽりとジュンヤに買ったカウボーイハットを被っていて、それが顔を覆っている。

 「大勢客が入って来たぞ。」デッキを覗きに行ったシュンが戻って来るなり言った。「あんだけの客を暴れさせたら凄ぇ爽快だろうな。」

 ミリアの隣ではリョウがどっかと腰を下ろしたまま、ギターを爪弾いている。「どんだけいようが、誰目当てだろうが、……食うぞ。」

 「たりめえだ。」シュンは笑顔で答える。

 リョウは微笑み、それから心配そうにミリアを見た。「ジュンヤさんはお前に、一番近くで見てるっつったんだろ? ビビらしてやれよ。あんたの娘は最強の娘だってな。」

 ミリアは帽子に顔を埋める。リョウは肩を抱き寄せた。

 「リョウさん。」そこにナカジマが入って来た。「物販の準備整いました。確認されますか?」

 「否、いい。」リョウは苦笑しながら、「俺は出番までここにいっから。そっちは任せるわ。」と言った。全てをシュンから聞いたナカジマはミリアに溢れんばかりの同情の眼差しを向け、身を翻す。「わかりました! 任せて下さい。」

 ナカジマが去った後、「リョウ、……行ってきて、いいよ。」とリョウの腕の中からか細い声が発せられた。

 「否、いいだろ。お前とここにいっから。」

 「でも、……いっつも確認するじゃん。タオル何枚、Tシャツ何枚、こことここに置いてって。」

 リョウは溜め息を吐いて、「いいんだよ。ナカジマさんはちゃんとやってくれてんだから。……それにな、俺がとっととそっち行っちまったら、せっかく渋々結婚の承諾もしてやったのに、なあんでミリアが一番悲しんでる時に傍にいてやんねえんだって、ジュンヤさん怒るだろ。」

 ミリアはごくり、と悲しみを呑み込むように喉を鳴らした。

 「……パパ、結婚許してくれた、ね。」

 「ああ、一旦断られたけどな。赤い髪した男が娘さんを下さいっつうのは厭だったっぽいな。」

 ミリアはくつくつと笑い出した。「ミリア、リョウは優しいのって言った。そしたらいいよって言ってくれた、の……。」ミリアはそこまで言って耐え切れずにリョウの肩に自分の顔を押し付けた。必死に堪えている泣き声が、吐息となってリョウの頸にかかる。

 「そうだな。まあ、可愛い娘をやるっつう決心付けんのは、そうそう簡単なことじゃあねえよ。」

 「でもパパはね、リョウがミリアにギターを教えてくれて、すっごく嬉しかったって言ってたの。一緒にギター弾けて、思い出できて……。」

 「最初お前が俺んち来てさあ、ギター与えた途端にすぐに没頭して弾けるようになったのはさ、後んなって思えばジュンヤさんの血だったんだよな。凄ぇ才能だって思ったけど、お前の中には一流ギタリストの血が通ってんだから、ま、当然っていやあ当然だよな。」

 ミリアは小さく肯いた。

 「きっとギター触った途端、お前ん中のジュンヤさんの血がぐわーって騒いでよお、お前はギターに没頭せざるを得なかったつうことなんだろうな。そんでお前が自分の居場所を見つけられたっつうなら、お前は本当にジュンヤさんの子で良かったよ。その血に感謝しなきゃあな。」

 ミリアは再び肯いた。

 「これからもよお、一番近くで見てくれるっつうんだから。ジュンヤさんに恥じねえようにギター、弾いてけよ。」

 「うん。」

 「お前の色んな感情をギターに代弁させて、そんで生きていきゃあいい。」

 「うん。」

 「だからな、感情を我慢する必要はねえ。辛ぇ時は泣いて構わねえ。つうか泣け。一旦感情に全身全霊向き合って、それからそれを全部音にすんだよ。そうしねえと薄っぺらい音になる。何の説得力もねえ音になっちまう。でも、お前はそれができてんだよ。それは俺が教えたとか、そういうんじゃねえ。お前は自然とガキの頃からそれをやってた。飾らねえで、しっかり自分の感情に向き合って、それを音にする……。それってな、成長したらとか訓練したら自然とできる、みてえなことじゃあねえんだよ。多分、元々、できる奴とできねえ奴っていうのが決まってて、そんでお前は、自分の人生丸ごと音に籠める術を持ってこの世に生まれてきた。お前にはステージに立つ先天的な才があんだよ。だからこれからも立ち続けろ、何にも負けんな。屈するな。お前の命を尊重しろ。」

 ふと顔を上げて見た丸窓には小さな魚が大群で泳ぐ姿を映し出していた。リョウは一瞬、深海深くにミリアと二人きりになってしまったような感覚を覚えた。しかしそれは決して悪い想像ではなかった。ミリアと二人きりで、乗り越えた悲しみを音にしながら生きていけたら、それは間違いなく至上の幸福を具現化した人生となる。リョウはミリアの顔を覗き込み、その赤い瞳に向かって微笑んだ。ミリアもカウボーイハットの両方のつばを握りしめ、照れたように微笑み返した。


 フェスは順調に進んで行った。Last Rebellionもほぼ予定時間通り、前のバンドの演奏が終わるや否や、幕を下ろし即刻準備に入った。

 「大丈夫か。」

 FlyngVを抱えてとぼとぼとステージに歩いて来たミリアに、シュンが歩み寄る。

 「弾けるか。」

 ミリアは小さく肯く。

 シュンは今度はリョウに歩み寄って、耳打ちした。「おいミリア、元気ねえじゃねえか。大丈夫なのかよ。」

 「大丈夫だ。」リョウは何でもなさそうに足下のエフェクターを設置しながら答える。

 「マジかよ。」

 「あいつは死んでもステージ放棄するようなことはしねえよ。」

 そう言ってリョウはアンプの電源を入れ、エフェクターをセッティングし始める。その隣ではミリアも同じく準備を始めていた。シュンは心配そうにミリアを見下ろしてから、自分の準備を始めた。

 セッティングを終えたリョウがギターを爪弾きながらふと後方を振り向くと、ミリアのアンプの上にはカウボーイハットが置かれているのが目に入った。リョウははたと手を止めそれに見入った。

あれは、ジュンヤへの土産であるからこそ、自分と同じ風景を見せる必要があったのではないか。しかし今やあれは主を喪った土産である。ミリアは何を思ってステージにあれを置いたであろう。単なる惰性とは思われない。ミリアはジュンヤを近くに感じながらステージに上がりたいとそう懇願しているのだ。どうして? --寂寥感、孤独感、悲嘆、痛苦……。否、追善。

リョウは突然ソロを奏で始めた。天まで届けとばかりの、うねりくる、ソロを。

 ミリアははっとなってリョウを見上げた。リョウは笑顔で顎でしゃくって、ハモリを促した。ミリアは心得顔に肯いて、僅かなズレもなく完璧に合った呼吸でリョウの音に重ねていく。

 シュンとアキは安堵の微笑みでアイコンタクトを交わし、それに合わせる。

 ――悲嘆も絶望も全て呑み込んでそれを音に昇華し、全てを悠々と見下ろしていけ。気高き女神の如くに。その姿こそが世界に幸福を齎す。

 リョウはそう叫ぶ代わりに音を奏でた。ミリアの目じりから涙が一筋零れ落ちた。幕の向こうから耐え切れぬといった客の歓声が上がった。出番の合図がステージ横から出された。

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