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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
153/161

153

 騒がしい楽屋の扉を音を立てて開ける。ナカジマやローディーたちは既にいなかった。

 「ミリア、聞け。」

 リョウの真剣な眼差しに圧され、ミリアは目を丸くした。

 一呼吸を置いて、リョウは言った。「ジュンヤさんが、亡くなった。」

 ミリアは撃たれたような顔でリョウを見詰めた。

 「最期は……、お前と一緒にジャムった曲聴きながら、安らかに亡くなった、らしい。」

 ミリアの顔はみるみる色を喪い、酷く白くなった。唇が震え出し、視線が力無く泳ぎ出す。それはやがてテーブルの上に置いてあったカウボーイハットを捉えた。ミリアはそれを大事そうに胸に抱き、自分の顔を沈め、ソファにしゃがみ込んだ。

 シュンもアキも、無言でミリアを注視していたが、いつまで経っても微かにも泣き声は上がらなかった。ミリアはただ顔を帽子の中に押し付け肩を震わせ、声を殺して泣いていた。こんなにも静かで悲しい泣き方があるのだろうかとシュンもアキも胸が苦しくなった。

 と、同時に、なぜこのタイミングでリョウはジュンヤの死を告げたのかと、殊にシュンは不満というよりは怒りの生じて来るのを抑えられなくなってきた。リーダーでありながらバンドのことを本当に考えているのか、ミリアのことを本当に第一に考えているのか、にわかに不信感を覚えたのである。

 「お前さ。」シュンはリョウの腕を取り、楽屋の隅に連れて行くと耳打ちをした。「何でこのタイミングで言うんだよ。どうすんだよ、これでミリアがステージ立てなくなったら。フェスに穴なんざ開けてみろ、干されるどころの話じゃねえぞ。」

 リョウはそれには答えずただじっとミリアを見下ろしていた。腕が、満身が、ミリアを抱き締めたがっていた。ミリアの震えるあの肩をしっかと抱き締め、止めてやりたかった。しかしそれを留めたのは決してシュンやアキの前だから、ということでは無い。ミリアの強さを信じたかったのである。それが年齢不相応な要求であることはわかっている。それでもリョウは自分の愛した女が目の前で這い上がることを期待せずにはいられなかった。

 言語能力も破壊され、夢遊病にも罹患した親からの凄絶な虐待だって乗り越えてきた。それを基とし、自分の曲をあれ程までに音として具現化してみせるミリアを、今も尚、信じたかった。だからリョウは言葉を継いだ。

 「ジュンヤさん、最後に意識戻った時、お前と弾いた曲聴きてえから、音源を家から持って来てくれっつって、マサヤさんに言ったらしいんだ。そんで、音源聴かせたらマジでジュンヤさん、血圧が上がったって。お前の音はだから、ジュンヤさんにとって救いんなったんだよ。人生においてジュンヤさんはマジで、凄ぇいっぱい曲聴いて来たはずだ。そん中で最後はお前とのセッションで録った曲を求めたってさ、お前のギターはやっぱそれだけの力があんだよ。それを、これから……、ステージで聴かせられるな?」

 しかしそれでも暫くミリアは動かなかった。ただ帽子の中に顔を埋め、肩を震わせているばかりである。

 やはり失態であったか、と胸中深くに痛みを感じ始めた矢先、ミリアはゆっくりと顔から帽子を外した。想像以上に目は赤く充血し、しっかと引き結ばれた唇もぶるぶると震えていた。

 「……当たり前、じゃん。」一瞬はそれと聞き取れぬ程の涙声であったが、シュンとアキは驚愕のあまり身を乗り出してミリアを見詰めた。

 「ミリアは、……パパの娘なんだから……。リョウの妻なんだから……。ステージ逃げるなんて、絶対する訳、ないじゃん。」

 リョウは瞠目しながら次の言葉を待った。ミリアの小さな唇が苦し気に息を吸い、言葉を継いだ。

 「ミリアはギタリストだから……。パパとリョウとおんなし、一流のギタリストだから……。パパもリョウも、絶対ステージ降りたりしないってこと、ミリア知ってるから……。」ミリアは辛苦に満ちた溜め息を吐いて立ち上がった。両の拳で目をこすり、再び帽子を抱き締める。

 リョウは遂につかつかとミリアに歩み寄り、精一杯抱き締めた。遠慮なしに。力の限りに。

 シュンとアキは目配せをしながらそっと楽屋を出た。

 ミリアはリョウの背に手を回し、胸に顔を埋めた。とはいえ、涙が次から次へと溢れてならなかった。ジュンヤの笑みが幾つも浮かんでは消えた。優しい笑み。遠慮がちな笑み。全てが全て、愛しくてならなかった。この世から消えてしまうには、あまりも早すぎるではないか。初めて知った父の愛があっという間に崩れ去ったことが悔しくてならなかった。

 それをリョウは全て受け止め、「俺が傍にいるから。」と言った。すると不思議とミリアの震えは収まり、そして漸く、落ち着きを取り戻した。

 「……リョウもパパも見てくれてる。」

 「そうだ。」

 「……あのね、パパ、今朝ミリアに夢の中で言ったの。……もし自分がこの世からいなくなってしまっても、ずっと一番近くで見てるからって。何でそんなこと言うのって、ミリア、怒った。そしたら、にっこり笑って、もうミリアのお蔭で、ミリアのギターのお蔭で、苦しくなくなってたんだよって……、だからミリアも喜んでって、言ったの。でも、ミリア、厭だ、って言っちゃった。帽子も買ったのに、パパとおんなじ所でギター弾くのにって言って……。そしたらパパ、ごめんねって、言ったの。いっぱいいっぱい、言ったの。ミリアが謝らせた。酷いこと、言った。」ミリアは悲痛な声を上げ泣いた。双眸から大粒の涙が零れ落ちる。その熱さをリョウは自分の頸筋に感じた。

 リョウは不意に今朝方ミリアが泣いていたことを思い出した。あれは、ジュンヤとの別れの夢を見ていたのかと腑に落ちると同時に、そんな不思議なことがあるのかと思いなしたが、あれだけミリアを愛していたジュンヤのことであれば可能なのかもしれないとリョウはジュンヤの分もと一層力を籠めて抱き締めた。

 「酷くなんかねえよ。ジュンヤさんはお前に出会えて、それだけで十分に幸せだったんだ。自分の人生飾って終われたんだ。お前は負い目なんざ感じるこたねえ。堂々として、ジュンヤさんのこと忘れねえで、お前の胸の真ん中に置いてやってればいい。ジュンヤさんは――」リョウは溜め息を吐いて、「他の誰よりもお前を愛してたんだから。」

 ミリアは肯いた。愛されたという記憶がミリアを奮い立たせていく。何者にも屈しない強さを獲得していく。

 その時、どこからか遠く歓声が聞こえ出した。ライブが始まったのだ。歓声を向けられているあそこに、自分も立つのだ。そう思えばミリアの満身にはみるみる力が宿って来た。ジュンヤと共にあそこに立つのだ。ミリアはリョウの腕の中でカウボーイハットを抱き締め、それからリョウに微笑みかけた。

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