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『Through the Never』が終わると今度はSLAYERの『Angel of Death』。園城は、おお、おお、と頷き聴き入った。音は攻撃的ながらも幾分の愁いを帯びて二人を包み込んでいく。
園城は大学時代、軽音楽サークルの友人たちと片っ端からスラッシュメタルのコピーをしていったことを思い出す。あの時つるんでいた連中は既に大学を卒業し、仕事に就いている。多忙であるのだろう。連絡はたまにあるきりである。しかし共通の話題も次第に失せていっている。社交辞令的な、見えぬ壁が生じているような、そんな実のないやり取りで終わってしまう電話も一度や二度ではなかった。きっとこれからますます距離は遠のいていくのであろう。新たな場で新たな生活を手に入れている彼らと、いつまでも過去の思い出に生きるしかない自分の差が、辛かった。自分には一向に友人に面白おかしく語れる日常がないのが、くるしかった。
そんな時にリョウに出会った。真っ赤な髪をした、ギタリスト。彼は園城にとって日常に新風を吹き込んでくれた。自分の存在するこの場所が、敗者の溜まり場ではないということを証してくれたような気がしてならなかった。自分の中に芽生えていた、大学時代の友人に対する劣等感を、吹き飛ばしてくれた。彼らに、「凄いギタリストと知り合いになってさ」と対等に大好きなメタルの話をし合える、そんなきっかけを与えてくれたような気がした。
曲を一通り終えると、「スラッシュ好きなんすよね。」とリョウは笑った。「昨日SLAYERのTシャツ着てたし、OVERKILL好きって言ってたし。」
「そうっすね。でもメロデスも聞きますよ。AT The Gates、In Flames、Children of Bodom……。でもやっぱ速いのが、いいっすね!」
「俺も。BPM250越えの曲ばっかりバンバン作っちまうんだよね。そんで気付いたらライブで死ぬっていう。特にドラムの奴本気で悩ましたりして。」
「元気になったらリョウさんのバンド、観に行きたいな。」
「ああ、いつでも来て来て。大体都内のライブハウスでやってるから。あと、CD出したらツアーやったりもするけど。」
「いいなあ。暫くライブなんて行ってないっすよ。」
遠い目をして呟いた園城を見て、リョウは二年に及ぶ入院、との発言を思い出す。
自分だったらどうであろう。二年も休んでしまったら当然、バンドはなくなるだろう。今付いてくれているファンもLast Rebellionのことなぞきれいさっぱり忘れ、他のバンドに生きがいを見いだすことになるだろう。それは無論責められた義理ではないが、それでもリョウは寂しさと口惜しさを感じざるを得なかった。
「退院したら、今度はライブハウスで会おうよ。病院の内庭じゃあなくって。まあ、ここも綺麗でいいけど。」リョウは爽やかな笑みを湛えて言った。「つうかさ、俺、絶対復帰するから。あのステージに戻る。俺が生きてていい場所はあそこだけだから。」
うん、うん、と園城は大きく何度も肯いた。「俺もねえ、またライブ行って大暴れしたいんすよ。ラウドパークでWHITESNAKE来た時は、凄ぇ楽しかったなあ。ああいうフェス、大好き。夢なんすけど、いつかヴァッケンにも行ってみたくて。」
「おお、ヴァッケン!」ドイツで行われるメタル最大のフェスの名にリョウも興奮する。「俺、ヴァッケンに出るのが夢なの! ワールドツアーやってヨーロッパ中回ってさあ! その最中にヴァッケン出るの!」
「凄ぇええ!」園城は大袈裟に仰け反ってみせた。「じゃあ、俺、リョウさんをヴァッケンに観に行く。」
「マジか! よろしくな!」
二人は互いに声を上げて笑い合った。暫くしてそれが収束すると、園城は笑い過ぎた涙目でにっと微笑み、「ああ、今日もリョウさんと話せて楽しかったな。がんが消えちまった気がする。じゃ、そろそろ帰ります。またライブ、楽しみにしてるんで。」そう言って立ち上がった。
「ああ、じゃあまた。」
園城はゆっくり肯いて、歩き出した。リョウは片手を上げて暫く園城の後姿を見守ると、今しがた言葉にしたことで明瞭になったヴァッケンへの夢を胸に再びギターを弾き始めた。
--停滞は悪。挑戦する気概を失った人間はステージに立つ資格はない。かつてそうはっきりと断言したのは他ならぬ自分である。リョウは病気を理由にギターから離れようとしていた自分を恥じた。ステージに戻るのであれば相応の努力が、気概が、必要である。ステージでは一切のごまかしはきかぬ。ステージに上がるに至るすべての生き様、思考、生活、そのすべてが出ると言って過言ではないのである。
せめて明日からギターを弾けなくなるのだとしても、その気概だけは失ってはいけない。リョウは厳しい眼差しで己が指の動きを見詰め、そして恐怖と不安を覚えるだけであった明日からの一週間に、一縷の期待を見出した。いつか必ず曲に生かせる、本物の地獄を知ることのできる自分に誇りを覚えた。
自ずとリョウの口の端が上がっていった。