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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 目の前に出された肉は、四人が四人ともかつて見たことのない厚みと大きさで一瞬全員言葉を喪った。

 「どうです、美味しそうでしょう! さあさ、日本人の皆さんお得意の遠慮はここでは完全無用ですよ。食べて食べて!」ナカジマはナイフとフォークをそれぞれの前に置きながら頻りに勧める。

 「……何、これ。」どうにかシュンは言葉を発した。「相撲取りの厚底草鞋じゃねえのか。」

 「何を仰る! アメリカンサイズですよ! なかなか日本ではここまでのビッグサイズはないでしょう。あはははは!」

 「こーんなおっきいのミリア初めて! いっただきまーす!」ミリアは意気揚々と肉をナイフで切り刻み、口に入れた。「んん! 美味しい!」

 「マジか。」リョウも一口大に切り口に放り込む。咀嚼し、味わいながらナカジマににっと微笑みかけた。

 「ああ、良かった! 皆さんメタルバンドでしょう。そしたら肉でしょう。そしたらサンフランシスコではここの店しかないと思って、実はひと月も前から予約を入れてたんですよ。」

 「やるな。」アキがナカジマの顔を下から覗き込み、ガッツポーズを取った。「こんな旨くて食いごたえのあるやつ、日本じゃあ食ったことねえよ。」

 「日本の牛肉も旨いですけどねえ! 私も日本にいた時に松坂牛、神戸牛、常陸牛、それから何だろう、とにかくお肉をいっぱい食べて幸せいっぱいになったものですよ! でもうちの奥さんはお肉食べませんからねえ、こうして日本からのお客様案内する時ぐらいなんですよ、お腹いっぱいお肉食べれるの! いやっほーう!」そう言ってナカジマも勢いよく肉に食らいつき始めた。

 四人は満面の笑みを浮かべながらしかし無言で肉を頬張っていく。

 ようやくその半分を腹に収めたミリアが、「ナカジマさんのお蔭で明日は成功できそうだわよう。」と油に照った唇を舐めながら言った。「こーんなに美味しいの、食べさしてくれて。」

 「良かった良かった。ライブ前はコンディションを整えて貰うことが一番大切ですからねえ。それには美味しいものが一番。あとは、今日はもう早目にホテル帰ってゆっくり休んで下さいね。もう明日は朝からリハですから。」

 「そうよ! 早起きしなきゃ! ミリアね、ちゃあんと目覚まし時計も持ってきた! もし寝坊したら起こしたげるかんね。……そうだ。ねえ、他のバンドもミリアたちとおんなし、あすこに泊まってんの?」

 「そうですね。結構いらっしゃいますね。まあ、今回は60バンドもあるのであそこだけはとても収まり切れませんから、周辺のホテルに入っているバンドも当然たくさんいますが、まあ、皆さん方近くにいるのは確かです。」

 「へえええ。」ミリアは肉を咀嚼しながら感嘆してみせた。「静かな海と思ってたら、メタルエリアなのねえ。道でスピーカーでメタル流したら、みーんな集まってヘドバンしそうだわね!」

 「ちなみにフェス目当てに遠くからやってきているお客さんも、あの辺りに多数泊まっていると思いますよ。」

 「素敵! あすこみんなメタラーなのね! 世界平和だわ!」

 どうしてメタラーが大勢集っていると世界平和になるのかはわからなかったが、何だかミリアの言葉によってイメージされる様子が可笑しくなってナカジマは噴き出した。

 「ま、実際メタラーっつう種族は普段は大人しいもんだよな。まあ、言っちまえばただのオタクだしな。」シュンが肉を頬張りながら言う。

 「社会じゃあ暴れられねえから、ライブで大暴れすんだろ。もしあいつらにメタルがなかったら、どうなってっか、考えるのは怖ぇな。」アキもそう言ってほくそ笑んだ。

 「だってだって、リョウは優しいでしょ。シュンもアキもいい子でしょ。ユウヤだって親切だし。メタラーってまるでいい人ばっかしだわ。曲ではおっかないこと歌ったりしてるけど、メタルタウンができたら、絶対平和だもん。」

 四人はすっかり皿を空にすると(さすがにミリアは食べ切れなかったが、その分男三人ががっついて完食した)再びバンに乗ってホテルへと戻って行った。相変わらず運転は荒かったが、大分それにも慣れたミリアがすっかり暗くなった夜空を見上げて独り言めいた話を始めた。

 「人とか建物は変わるけど、お空と海と木はきっとあんまし変わらないわねえ。そしたらパパもずっと昔これを見たってことになるわねえ。気にいんないお帽子被って、そん時何考えてたのかなあ。やっぱしギター上手になりたいなって思ってたのかなあ。いい曲書きたいなって思ってたのかなあ。ライブ楽しみって思ってたのかなあ。」

 リョウは聞くともなくミリアの言葉に耳を傾けていた。

 「でも、きっとたまには寂しくなって日本のことも考えたかもしんないわねえ。ママ元気かなあ、とか弟元気かなあ、とか。だってここの海超えたら日本だものねえ。」ミリアはそう言って目を閉じ、耳を澄ます。ホテルが近づいて来たのか、波音も大きくなってくる。

 「今、パパ、きっとミリアのことを考えてくれてる。」

 リョウはその確信めいた言葉に、心から納得している自分に気付き驚いた。


 四人は旅の疲れもあり、ホテルに戻りシャワーを浴びるとすぐに床に就いた。ミリアは枕元に例のカウボーイハットを丁重に置いて眠った。リョウは寝付くまでに何度も自分の携帯に日本からの着信が無いかを確認した。どうか、この帽子と共にミリアが帰国するまでは、と祈りつつ波音に耳を澄ませ瞼を閉じた。

 波の音に混じってミリアの寝息が聞こえ出す。規律正しい安らかな寝息に、リョウは暗闇の中目を開いてミリアの寝顔を見た。ふっくらとした唇は半開きになり、小さな呼吸を繰り返している。睫毛が小刻みに震え、そして安堵したように止まる。それが何度も繰り返されていく。エリコが逃げなければ、或いはエリコの居所を見つけることができたならば、これをジュンヤも間近に見ることができたのだと思うと、酷く重苦しくなるような同情心を覚えた。こんなに無垢で、こんなに愛しい存在が他にあろうか。リョウは息苦しい程そう思った。だからこそ、ジュンヤが感じているのは、到底抱えきれないような後悔であろうとリョウは推察する。どうか、ミリアを愛してるのならば、ミリアが帰国するまでどうにか命を永らえさせてくれと祈りつつ、リョウは漸く眠りに就いた。

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