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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 ジュンヤの容態が急変したと聞いたのは、それから一週間後のことであった。一週間の予定であった一時帰宅を五日間で切り上げ、病院に戻ったことを聞いたリョウは、その時点でジュンヤの容態が思わしくないことを思い知らされ愕然とした焦燥を覚えていた。

 だからレッスンから帰宅し、ちょうどアパートの階下にバイクを停めた矢先、ポケットに入れた携帯電話が震え出したのをリョウは一種の直感的な不穏さをもって取った。

 「もしもし。」

 「あ。黒崎さんの携帯ですか。」聞き覚えのある、上品な中にも緊迫感の籠った声。ジュンヤの母親からである。

 「ええ。」リョウはその声質だけで、彼女が何を言わんとしているのかを解し、一瞬頭の中が真っ白になるのを感じた。

 「夜分に失礼致します。ジュンヤの母でございます。」

 「どうしました?」

 「ジュンヤの病状が思わしくないと、病院から連絡が入りまして。いえ、今すぐといったような危険な事態ではないということなのですが……、病院としてはすぐに来てほしいということで、……今、息子と新幹線に乗った所なのでございます。ああ、帰らずに東京にいればよかったんです。本当に済みません。それで、あの……。」

 「ええ、わかりました。先に病院に向かいます。」ちら、と自分の部屋を見上げると灯りは点いていた。「ミリアも連れて。」

 一瞬涙ぐんだような気配を感じた。

 「もしもし。」電話は男の声に代わった。

 「もしもし?」

 「すみません。ジュンヤの弟の、マサヤと申します。いつも兄がご迷惑をおかけ致しております。事情は、全て母より聞いております。鑑定書の結果も母と共に拝見致しました。ミリアさん……、」噛み締めるように言った。「ミリアさんを、大切にしたいのだと、兄は申しておりました。何もしてあげられなかった分、思う所があったのでしょう。なのでせめて一目だけでも……。」自分の言わんとしていることがこの上なく残酷であるということに気付いたのであろう。そこでマサヤは言葉を飲み込んだ。

 「ミリアを連れて今から病院行きます。」

 「申し訳ございません。でも今すぐどうの、という状況では、本当に、ないようなのでございます。でも、……私どもからも再度病院に連絡入れておきます。その……ミリアさんを病室に入れて頂けるよう。」

 「お願いします。」

 リョウは電話を切ると部屋へと上がり、無言で玄関を開けた。

 「まあ、びっくり!」ちょうど洗面所から出て来て、玄関で鉢合わせすることとなったミリアがそう言って目を丸くする。「どうしてただいまも言わないの? ただいまって言わなきゃダメじゃない。」

 「あ、ああ。」リョウは何と言い出したらいいものか解らず俯いた。

 「どしたの?」無心な瞳で見上げる。

 リョウはいつまでも黙ってはいられないということに気付き、とりあえずミリアをリビングに押し込むと、ソファに座らせた。そして例の鑑定書を、アンプの奥深くに隠し入れていた茶封筒に入った鑑定書を、ミリアの目の前に置いた。

 リョウはミリアの目の前に座った。

 「ミリア。……俺はお前に今まで隠し事をしていたんだ。……許してくれ。」リョウはそう言って深々と頭を下げる。

 「どしたの? どしたの?」ミリアはリョウの髪の毛を引っ張り、どうにか頭を起こそうと試みる。「ミリア怒らないよ。だってリョウには理由があったんだもん。いつだって絶対そうなんだもん。」

 リョウはそう言われて頭を上げて、顔を手で覆って大きな溜息を吐いた。「聞いてほしい。……実は、俺と、ジュンヤさんは友達じゃねえ。」

 「お友達だよ!」ミリアは焦燥して言った。「だってジュンヤはリョウとお友達って言ってたし、おうちにも遊び行ったし。一緒にギターだって弾いたし、絶対お友達じゃん! 何でそんなこと言うの? お友達なのに……。」ミリアは悔し気に唇を歪めた。

 「違うんだ。その……。」リョウはミリアの顔を真正面からしっかと見据える。「ジュンヤさんはお前の、実の、……父親なんだ。」

 ミリアは目を瞬かせた。リョウは鑑定書を取り出し、テーブルに置いて開いた。

 「これを、……見ろ。見てくれ。『チバジュンヤがクロサキミリアの生物学的親である可能性は99%』って、書いてあるだろ。こりゃあ、お前の本当の父親がジュンヤさんっつうことだ。済まねえ。お前の髪の毛を貰ってな、勝手に鑑定したんだ。……親子なんだ、お前らは。」

 ミリアはわなわなと唇を震わせ、定まらなくなった視線を宙に漂わせ、それからごくりと生唾を呑み込んだ。

 「……ど、して。」消え入りそうなか細い声に、リョウは慌てて、「あのな。お前を困惑させようとしてこういうことを、勝手やらかした訳じゃねえんだ。お前が前、俺との兄妹関係を調べて、そんで違うってなっただろ? じゃあお前の父親は誰なんだって、俺、一人であのクソ母親に聞きに行ったじゃねえか。そしたら、昔付き合ってたミュージシャンかもしれねえっつったんだよ。イニシャルがJ・Cっつう、ただそれだけの情報しか得られなかったんだが。でも探したら、聖地の有馬さんが、音楽活動やってるこのジャズギタリストかもしんねえってことでライブの情報くれて。だから俺は最初はな、お前を連れねえで、ただお前の父親がどういう人なのかって、本当に悪ぃ、……好奇心でライブ行こうとしてたんだ。そしたらお前も行くって、あん時ダダ捏ねたろ。だからしょうがなく連れてったけど……。俺はジャズの勉強するためにライブ行ったんじゃねえんだ。お前の父親っつう奴がどんな奴か見て見たくて、……そんで、ジュンヤさんのライブに行ったんだ。」

 ミリアは肩を震わせて俯き、身を縮めた。

 「悪い。……もっと早くお前に言うべきだった。でも、……」リョウはミリアの両肩を手で持ち、言った。「ジュンヤさんは、お前があのクソ野郎に虐待されたのは自分のせいだって、そう、勝手に思い込んで罪悪感感じちまっていて。……ジュンヤさんは、お前の母親が自分の子を孕みながら行方をくらませて、それを探し出さなかったから、お前が血の繋がりのねえ父親の下で辛い目に遭ったんだって、そう思ってて。そんで申し訳なくて、お前に父親だとはとても言い出せなかったらしいんだ。だから俺にも父親だっつうことは言わねえでくれって、言われてて……。」次第にジュンヤに罪をかぶせるような言い方になってきたのにリョウは苛立った。「でも、悪ぃ。本当に、悪ぃ。お前にとって誰が親かなんつうことは、出生にかかわる一番大事なことなのに、当の本人に内緒にしてていいはずがねえんだ。本当に、済まん。」リョウは深々と頭を下げた。「それからジュンヤさんがもし、ろくでもねえ野郎だったらお前に合わせることなんて、絶対ぇできねえし、その見極めのためも時間は必要だったっつうか。」リョウは頭を抱え「済まん。全部言い訳だ。本当に済まん。」リョウは再び頭を下げた。

 暫くの沈黙が訪れた。

 「……いいの。」ミリアの声は震えていた。「ミリア、……嬉しい。」

 リョウは予想外の言葉にがば、と頭を挙げた。ミリアは躊躇いがちに微笑んでいた。

 「ジュンヤが、本当のパパで、嬉しい。」そう言って目を瞬かせたのは、涙を堪えているためであろうかとリョウは不意に思った。

 「ジュンヤ優しいし。ギターも素敵だし。一番、嬉しい。」

 何が何と比べて一番なのかはわからなかったが、リョウは思わず感極まってミリアを抱き締めた。

 「本当のパパは、ミリアのこと、いじめないんだ……。色々教えてくれて、……そんで可愛いって言ってくれんだ……。」ミリアは噛み締めるように言った。ミリアの顔が押し付けられている首元に熱い涙を感じる。

 「本当に済まん。お前を傷つけるつもりはなかったんだ。俺もジュンヤさんも、お前が大好きで、そんで……。」

 ミリアはリョウの腕の中で小さく肯いた。

 「そんで、そのジュンヤさんが今、危ねえ状態にあるらしいんだ。」

 「え。」ミリアは顔を上げて顔を蒼褪めさせた。

 「いや、大丈夫だ。今すぐどうのって状態ではないらしい。だから大丈夫なんだけど、今から一緒に病院に行こう。」

 「うん。」ミリアは目を見開き、肩を上下させ、それから立ち上がると唐突に「そうだ。」と言った。

 「何?」バイクのキーを掴みながら言った。

 「ジュンヤがパパなら、リョウ、お願いしないと。」

 「お願い?」

 ミリアは真剣に肯いてリョウの前に立ち上がった。

 「お願いすんの。」

 リョウは何を言っているのかと首を傾げた。

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