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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 海外公演に向けてのリハと、ジュンヤの抗がん剤治療はほとんど同時に始まって行った。ミリアはある夜、リハを終え帰宅をし、夕飯を食べ終えると約束通りジュンヤへの手紙を書き始めた。


 ジュンヤさんへ(「さん」という語が覗き見をしたリョウの命令によって無理矢理入れられている)

 抗がん剤治療して、お熱出てませんか。頭痛くなってませんか。ゲロ出てはいませんか。心配してます。

 リョウもとっても辛い思いをしたから、ジュンヤも同じくらい辛いんじゃないかと思うと、ミリアも辛いです。でもね、ジュンヤのことをみんなみんな待っています。だってジュンヤのギターは世界でいちばんだから。今までは断然リョウが一番だったけど、ジュンヤのライブ観てジュンヤも一番になったの。

 いつかだけど、ジュンヤと一緒にギター弾けたらいいな。ミリアがまだ小さかった頃、リョウはよくミリアにギターを弾かして、伴奏弾いてくれました。それがすっごく楽しくて、何回も何回もおねだりしているうちにミリアはギター、上手に弾けるようになったの。バンドで弾くのも大好きだけど、ギターだけで一緒に弾くのも大好き。だから、もしだけど、だいじょぶになったらジュンヤと一緒にギター弾きたいな。

 今、毎日ジュンヤが良くなるように祈っています。ミリアのお願いは大体叶えて貰えます。きっと神様が近所に住んでて、ミリアの声、聞こえやすいんだと思う。今まで叶えたお願いは、ちょっと、言えないのもあるけど、たっくさんあります。だからジュンヤも良くなります。全然だいじょぶだから安心して治療して下さい。

 今日はアメリカでやるライブのリハでした。ミリアは丹精込めて弾きました。リョウの曲は絶対適当には弾きません。自分の辛かったこと、苦しかったこと、全部全部音に籠めます。ギターって、何で気持ちをこんなにしっかりおもてに出してくれるんだろうって、ジュンヤは不思議に思ったことない? ミリアはよく思います。ミリアは喋るのが下手だから、言葉だとうまく言えなくて、でもギターだと、すうって心が前に出てくるから不思議です。それがお客さんにちゃんと伝わるし、やっぱギターって凄いなって、ライブのたんび思います。これに出会ってなかったら、ミリアは世界とつながれないような感じになっちゃってたと思うの。だから、良かった。リョウにはいつも心の底からありがとって思ってんの。

 ジュンヤ、治療が辛かったら、ギターのこと、ライブのこといっぱい考えて。気持ちがぐんぐん音になっていくこととか、そんで、お客さんの目が自分の音でキラキラ輝いていくこととか。元気もらいましたって、言われたことあるでしょ? そういうこといっぱい考えて。治療は大変だし、苦しいし、リョウだってすっごく痩せっちまって、見てるだけで辛かったけど、リョウがそうだったように、ジュンヤがこの経験を元に、もっともっと凄い曲を生み出せるようになるって信じてます。ミリアもね、実は昔、酷いことをされたことがあんの。忘れたいって思ってたし、忘れられないのがとっても苦しかったけど、リョウはそうじゃないって教えてくれた。辛いことを音にして、ただの辛いことにしとくんじゃなくって、あってよかったことにするんだって。そうじゃないとやられ損になるって。だからジュンヤも治ったら今の辛い気持ちを音にして、それで、みんなにどんなに絶望しててもはい上がれるんだって証明、して。そうしたら人は元気になれるんだよ。希望がもてるようになるんだよ。リョウとミリアはそうやってギター弾いてる。ジュンヤも仲間だね。

ミリア


 ピンク色の封筒に入れられ、それはリョウから無菌室担当の看護師へと手渡された。

 「黒崎ミリアさんという方からです。ご存知ですか。」

 絶え絶えの息をしながらジュンヤは、潤んだ瞳を上げた。「娘です……。」

 「え。」看護師は目を見開き、聞き違いかと思ってジュンヤに顔を近づけた。

 「娘。……ずっと、行方知れず、だった、……娘。」

 看護師は唖然としてジュンヤの顔を見詰める。

 「昔同棲してた恋人が、……妊娠して逃げてったんだ。それっきり。もう二十年も前の話。」

 「……本当ですか?」

 ジュンヤは小さく肯く。

 「そしたら、素敵な女性になって、俺を探して、来て、くれた、の。」

 看護師は目を瞬かせる。

 「凄く、嬉しい。信じられないぐらい、幸せ。……でも、父親とは、言えない。」

 「……どうしてです? 何か事情があるんですか?」

 ジュンヤは再び小さく肯いた。

 「俺が探さないで、いた、時、……彼女は義理の父に虐待を、受けてた。俺がちゃんと探して、守って、あげれば、そんなことには、ならなかった。だから、今更、言えない。」

 看護師はにわかに顔を曇らせる。

 「でも、こんな可愛らしいお手紙をくれて。お父さんのこと、お父さんだとわからなくても慕ってるんじゃあありませんか。」

 ジュンヤは震える手で封筒を受け取った。

 「これ、開けて、くれますか。」

 看護師は猫のシールをはがして、中の便箋を広げて手渡す。

 ジュンヤは肩を上下させながら、便箋を目で追っていく。ゆっくり時間をかけて。途中、ジュンヤはうっすらと微笑みを口の端に浮かべ、それから暫くして今度は悲痛な面持ちになり、瞳を潤ませた。読み終え、便箋を看護師に手渡す。看護師は無言でそれを封筒に入れ、机の上に置いた。

 「何が書いてあったんです?」

 満足げに目を閉じたジュンヤに、看護師は囁くようにして訊ねた。

 「……勝利の女神、からの、励まし、ですよ。」苦し気に、でも幸福そうにジュンヤは囁く。

 看護師はふっと微笑み、「何ですかそれ。」と言った。

 「……娘と、その夫はね、人生の勝者でね、その、ノウハウ。」

 「……良かったですね。心配してくれる家族がいて。」

 家族、その言葉を聞いてジュンヤは再び目を潤ませる。看護師は「そろそろ点滴交換しますね。」と言い立ち去った。

 その後、ジュンヤは目をゆるゆると開け、机の上の封筒に再び視線を遣った。もう、親子でなくていいのだと思った。「仲間」――。ミリアが最後に書いたその言葉で、ジュンヤは十分に心が満ち足りていくのを感じた。病魔を克服し、絶望から這い上がるその様を音楽にできる、仲間。音楽の、同志。そこに是非とも加わりたい。ジュンヤは病を宣告されて今初めて、真っ向勝負をかける気になったのである。

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