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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 いよいよアメリカでのライブの詳細が決まった。八月末、フロリダで行われる船上で行われるフェスを皮切りに、三回のライブが計画された。翌月はフランスのパリである。

 「約、二週間向こうに行ったっきりになる。」リョウはスタジオのロビーで三人にそれらの詳細の書かれた紙を手渡し呟いた。

 「アメリカって、これツアーじゃねえか。三回もやんのか!」シュンが紙を凝視しながら言った。

 「向こうさんが最初はその真ん中のデスフェス? みてえなのに招待してえっつう話だったんだが、どうせならその前後にもやってくれってなって予定ブッ込んでくれてよお。最初のこれ、見ろ。でけえ船貸し切ってよお、その上で50ものバンド集めてフェスやんだとよ!」

 「凄ぇ! 凄ぇよ!」シュンは興奮しきり立ち上がった。アキも顔を綻ばせる。

 「また違うことばの精鋭たちに会える!」ミリアも頬に両手を当てて歓喜の笑みを漏らした。

 「じゃあ、これで話進めっかんな。」リョウはそう言って微笑んだ。

 台湾での単発だけではなく、次々と海外での公演が決まっていく。自分の舞台が拡大していく。まだ見ぬ精鋭たちが自分の来訪を心待ちにしてくれている。そう考えるだけでリョウは居ても立っても居られないような気がした。

 その時ふと脳裏に浮かんだのは、昨今容態の思わしくないジュンヤのことである。昨日一人で見舞った時には、会話も辛そうな様子であった。いよいよ抗がん剤治療に入る算段となったらしいのだが、それが貫徹できるのか疑問を覚える程に体調が悪い。どうにか体力を付けるためにも食事を頑張って摂るようにと看護師から注意さえ受けていたのである。その後自分が持参したミリア特製スープを飲み干したことで、随分その看護師は讃嘆してみせたものだが……。

 「どしたの。」ミリアが黙りこくったリョウに問いかける。

 「い、いや。何でもねえけど……。」と言ってしまってから、「ジュンヤさんの体調良くねえんだよな。」と思わず本音を漏らした。

 「ジュンヤさん?」シュンが首を傾げる。

 「この前ライブ来てくれた人。リョウのお友達のジャズギタリスト。」ミリアがすかさず答える。「今ね、入院してんの。」

 「マジか。何で。」

 リョウは口籠る。「……なんか、色々数値が悪いんだと。内臓、とか、かな。」

 シュンは目を細め、訝るようにリョウを見た。

 「ジュンヤ、早く治ってほしいなあ。アメリカのお土産買ってきたげたら早く治るかなあ。何がいいかなあ。ジュンヤはおっさんだから……」と言って首を傾げて暫く考え込み、「お饅頭とかかなあ。」と呟く。

 「お前、アメリカにカウボーイ饅頭とか自由の女神饅頭が売ってっと思ってんのか。」シュンが瞠目する。

 ミリアは違うのか、とばかりにきょとんとシュンを見上げた。

 「まあ、とにかく、」リョウは話を無理矢理断ち切ると、「尺もそれぞれ全然違ぇから、フランス込みで四回分のセトリ考えて、次からリハこなしていくかんな。リストは今日中に作ってお前らに送るから。」

 「おお。」シュンとアキが肯く。

 「ナイストゥーミーチュー。」ミリアが唐突に言う。「ミリア、英語はちょっと得意なの。先生に発音上手ですって言われたことあるし。今度は英語だから、精鋭とお話できる!」


 海外公演の報告がてら、リョウとミリアはその数日後再びジュンヤを見舞った。

 リョウは家を出る前に幾度もジュンヤの体調が思わしくないこと、それに驚いたり悲しんだりしてはいけないことをミリアに滔々と聞かせ、ミリアもそのたび首肯してみせたものだが、正直期待は持てなかった。ミリアは嘘を付けぬ人間なのである。

 予想通り、ミリアは遠慮も無しに息を呑んでしまった。いけない、いけないと思いつつ、しかし頬の筋肉が死滅したかと思われる程にどうしても笑みが浮かばない。目の前にいるのは、酷く痩せ土気色の顔色をしたジュンヤである。呼吸器を鼻に付け、ミリアを力無く見上げていた。

 「ジュンヤ?」ミリアは心配そうに問いかける。「だいじょぶ?」

 ジュンヤは力なく微笑む。「大丈夫ですよ。」とは言いつつ、起き上がる力はないらしい。枕に埋もれたまま呟くように答えた。

 ミリアは勝手に枕元のパイプ椅子に座り込み、「これ、……息、出来ないの?」と呼吸器を指さした。

 「できますよ。ただ、……これがあると楽なんです。寝る時。」

 「そう。」ミリアは首を傾げ、「……来月ね、アメリカにライブしに行くの。」とどこか寂し気に言った。

 「へえ、そりゃあ凄い。どこに。」

 「フロリダって所。知ってる?」

 「ああ、知ってます。自分も若い頃そこでライブやったことありますよ。ジャズバーで。向うの黒人たちと一緒に。」

 「どうだった?」

 「観客も凄く盛り上がってくれて、踊りだしたり叫んだり……。懐かしいなあ。」

 「じゃあ、精鋭もできるかな。ミリア、世界中に精鋭を作りたいの。リョウの音楽を聴いて、力瘤作ってよっし頑張って生きて行こうって思ってくれる、そういう人。」

 「できます。」ジュンヤはそうきっぱりと断言し、微笑んだ。

 「うん。」ミリアはそう頷いて、しかし躊躇いがちにジュンヤを見詰める。「ねえ……。」

 「何です?」

 「ジュンヤ、何のお病気なの。」

 「お前何言ってんだ、そういうことは聞くもんじゃねえって言っただろ。失礼だろ。」リョウは慌ててミリアの腕を引っ張った。

 「失礼じゃありません。」ジュンヤは優しく点滴の付いた手でリョウの手を制した。「全然失礼じゃありませんよ。私は、……がんです。」

 ミリアの顔が強張った。リョウは思わず目を反らす。ミリアは暫く考え込み、唇をわなわなを震わせた。

 「……がん?」

 「ええ。スキルス胃がんという病気です。」

 「胃なの……。胃に出来物できたの……。そうだったの。」ミリアは茫然とあたかも自分を納得させるように言葉を繰り返す。

 「……余命は半年と言われています。」

 「……嘘。」ミリアは泣き笑いの顔で言った。

 「本当なんです。」

 ミリアは本格的に泣き出しそうな顔になり、しかし泣いてはいけないと自身を叱咤するような顔になり、忙しなくそこを幾度となく往復した後、「嘘。」ともう一度呟いた。

 「明後日から無菌室に入り一週間の抗がん剤治療に入ります。その間は家族以外お会いすることはできません。それが功を成せば手術になりますが、まだ、どうなるかはわかりません。」

 「どうなるかなんて、……どうなるかは、……治るのよう! 治ってライブやるのよう! 精鋭もギターも、みんなみんな待ってるじゃないの! 何でそんなこと言うの? だってリョウだって治ったもん。ジュンヤだって治るもん!」そこまで言って園城のことがふと思い浮かんだ。ミリアは思わず耐え切れなくなり、咄嗟に泣き顔を隠すべくリョウに抱き付いた。

 「お前がジュンヤさんの前で泣き喚いてどうすんだ。……すみませんね。喧しくしちまって。」

 「いえ。」

 「ごめんなさい。」ミリアは鼻声とリョウの腹に顔を押し付けているが故のくぐもった声で言った。

 「いえ、……ありがたいです。自分をそんな風に怒ってくれる人はいませんでしたから。」

 「ねえ、じゃあ」ミリアは赤い鼻をし、鼻水を啜り上げながら再びジュンヤに向き合い、「そんだったらミリアお手紙を書くから、クリーンルームで読んで頂戴。家族じゃなくってもお手紙なら行けるもんね。」と確かめるように言った。

 「……ありがとう。」ジュンヤは力なく肯く。

 家族じゃなくっても――、その言葉を耳にしてもまだ父親だと言い出す気はないのかとリョウは一種の苛立ちを覚えつつ、俯いてその言葉を聞いた。家族だと言えば無菌室だって入っていける。一番辛い時に直接励ましてもらうことができる。どうしてそこまでして親子の告白を拒むのだろう。ジュンヤの罪悪感をリョウは憎んだ。

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