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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 「ねえねえ、おばあちゃんと何の話してたの。」病院からの帰途にスーパーで買い物をしながら、ミリアがそう尋ねた。

 「あ、いやあ、ジュンヤさんのこと。」それ以上のことはとてもではないが、言えない。がん、余命半年、それから死後の家の譲渡……。慌てて話題を変える。「お前はジュンヤさんと長ぇ時間、何喋ってたんだよ。」

 ふふふ、とミリアは含み笑いを漏らすと、「あのねえ、昔、どんなバンドやってたのか聞いちゃった。」

 「へえ。」リョウはめざとく半額シールの張られたアジの干物を発見し、手に取って凝視する。「ロックとか、そういうのか?」

 「そうなの! でね、昔々テレビのバンドオーディションの番組に出たことあって、勝ち残って、その番組で武道館でやったこともあったんだって。そんで、何とかギタリスト賞貰ったんだって! 凄いわよねえ!」

 「そりゃ凄ぇな。」せいぜい200から300の客を埋めるので精一杯のリョウにしてみれば、テレビだの武道館だのというのは夢のまた夢のような話である。

 「そんで途中でジャズに転向したんか。」

 「そうだって。なんかその時バンドブームっていうので、アイドルみたいにされちゃって、今のままじゃあダメだあって思って、バンド辞めてギター修行にアメリカに行って、ジャズ勉強したんだって。ミリアもっともっとジュンヤに話聞いてみたいなあ。だってね、音楽もギターも機材も、すっごい詳しくて色々知ってんの。やっぱりね、これからはKEMPERだろうって。その内ギタリストの足元にはなんもなくなっちゃうだろうって。」

 「だよなあ。」リョウはアジの干物を買い物籠の中に入れる。今日はこれをメインにワカメと豆腐の味噌汁、そしてごぼうのサラダを作ろうと思い立つ。「ギターは古今東西大して変りゃしねねえが、機材の発展は半端ねえからな。KEMPERのプロファイリングは可能性無限だもんなあ。あれで十分だ。」

 「ジュンヤの家にはね、ビンテージ物のギターがたっくさんあんだって。GIBSONのレスポールのちょこーっとしか作ってないやつとかも。そんでね、いつでも見に来ていいって言ったの。ミリア行きたいなあ! すっごいギター、見てみたいなあ!」

 「そりゃあ……」リョウは一瞬口籠り、「ジュンヤさんが退院して、そんで来ていいよっつったらの話だな。」

 「うん。そしたらリョウも一緒に行こうね。……ミリアはずっと初めっからFlyingVのシェンカーモデルですよって教えたげたの。そしたらいいギターだねって言ったの。ジュンヤもシェンカーモデルじゃないけど、GIBSONのV持ってるって。MARSHALLとの相性はバッチリだし、甘い音も攻撃的な音も両方出せるし、バランスもよくって気に入ってるって。リョウ、ありがとね。すっごいギターミリアにくれて。」

 「あ、ああ。……ジュンヤさん、早く弾けるようになるといいなあ。」レジに並んだリョウは、自分の発した言葉があまりにも偽善的であることに気付き、顔を顰めた。――余命、半年。

 「ジュンヤに早く治ってもらうために、ミリアまたスープ持ってお見舞い来るねって言ったの。あのねえ、点滴交換に来た看護師さんもこれを飲みなさいって言ったの。栄養があっていいからって。ミリア褒められた! そんでねえ、管理栄養士になってここで働きたいですって言ったら、看護師さん、手ぱちんって叩いてまあ素敵って言った。一緒に働きましょうねって。」

 「そんなこと言ったのか、お前は。」

 「そうそう、そんでね、ジュンヤ頑張っスープ飲んでくれたの。偉い偉いって看護師さんも褒めて。そんだから早く治しておうちお招きしてようって言ったらね、ジュンヤじゃあ、うちで一緒にレコーディングしましょうって言うの。ねえ、信じられる? おうちでレコーディングできるんだって! そんなことできんの? ちっとも全然信じらんない! リョウはおうちでパソコンに向かってぽちぽちするだけなのにねえ。」

 「るせえな。」リョウは肩を竦めて財布を取り出す。

 「ジュンヤはお金持ちなのかしら。」

 病院は個室、家は大学出た途端にぽんと親が買い与え、アメリカ修行、そりゃそうだろ、と言いかけて言葉を飲み込む。リョウはミリアに、利益を求めての人間関係を構築されるのは嫌だった。音楽を志す者として、そんな俗っぽい、下らない、賤しい真似は許したくなかった。そう思って言葉を躊躇していると、ミリアは、「お金持ちでも貧乏でもどうでもいいけど、ジュンヤのギターは絶対すってきよね。ミリア一緒にギター弾けたらほんっとに嬉しい! リョウとは友達だからいつでも来ていいんだよって言ったの。そんでミリアはリョウのお嫁さんだから、ミリアもいつでも来ていいんだって。」

 リョウは遠い目をしながらその言葉を聞いていた。そして安堵の溜め息を吐いた。ミリアは決して金の匂いを嗅ぎつけてジュンヤに近づこうとしている訳ではない。あくまで音楽家としての刺激を求めていると、それからもしかすると血が共鳴し合っているのかもしれない。

 「お会計、2245円になります。」目の前でアルバイトらしき男子高校生がそう告げたので、慌ててリョウは財布の中身を漁った。

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