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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 「ねえ、次のライブはいつなのよう。」大学生となり一か月が過ぎ、ミリアも大分生活に慣れて来た頃、レッスンから帰って来たリョウにそう尋ねた。

 「はあ? 次は待望のアメリカじゃねえか。この間リハやったの、もう忘れっちまったのか! お前頭大丈夫か?」

 「違うわよう。」ミリアは台所で地団太を踏んだ。「ジュンヤのライブよう! まだないの?」

 リョウは目を丸くする。「あ、ああ、そうだよな。メール見てみっか。」そしてパソコンに向き合い、とりあえず連絡は来ていないとわかると、「ミリアがあなたのライブを楽しみにしています。次はいつかと暴れています。お教え下さい。」と極めて事務的なメールを打って送信した。

 「メールした。」リョウは父親と娘との間を陰で取り持つ役どころに妙な疲弊感を覚えつつ、ギターを片付けるとソファに寝転んだ。一応ミリアの言い分を聞いておかないと、連絡先を教えろなどと言いかねない。それはまだ早すぎる。うっかり実父であるなどと露呈してしまえば、ミリアも俄かには心の整理はつくまい。

 「まあ、その内返事来んだろ。」

 「うふふ。また行きたいなあ。ジャズのライブ、ギターも夜景もとっても素敵だもの。」

 リョウは唇を歪めてミリアをちら、と見遣った。このまま自分もジャズギタリストに転向するなどと言い出したら、バンドは成り立たない。

 「あの……。」しかしそれを何と言ったら良いのか、言い掛けてリョウは口籠った。「お前は、その……、ジャズ、やりてえのか。」

 「そんな訳ないじゃん。」ミリアは意外だとでも言うように目を開く。「だってミリアはリョウと一緒にギター弾くんだもん。リョウがデスメタルやんなら、ミリアだってデスメタルやる決まり。……それとも、リョウ、ジャズやんの?」

 「まさか!」リョウは慌てて起き上がった。「んな訳ねえ。」

 「ああ、良かった。ミリアジャズ弾けないもん。ジュンヤみたいには絶対弾けないもん。」ミリアは早速上機嫌で夕食を作り始める。リョウは安堵しながら、台所にミリアと並び夕食の手伝いを始めた。大学生となり血の繋がりのある本物の家族が発見され、自分の手中からミリアという庇護すべき存在がするすると逃げ出して行ってしまうような感覚を覚えていた。それは喜ばしいこととしなければならないと思うと同時に、どこか焦燥じみた嫉妬という、かつて覚えたことのない感情が沸き起こってくるのをリョウは疲弊しながら受け止めていた。


 翌朝ジュンヤから送られてきたメールには、予想外の事態が記されていた。すなわち、暫くはライブができないかもしれない、ということである。リョウは起きたての目をこすりながらまじまじともう一度最初から文面を読み始めた。


黒崎亮司さま

 先日はありがとうございました。初めて観るデスメタルの迫力のあるライブに終始圧倒されました。それから何よりも、ミリアさんのギターに。しかし正面切って堂々と讃嘆できなかったのが悔しく思われます。ミリアさんのギターは、完全に年齢を超越した表現力と技量とを有していました。技量はともかく、あんな絶望と悲嘆とをあそこまで表現できるというのは、やはり虐待の経験があってからこそでしょう。それを思うと、手放しには讃嘆することができませんでした。これが全く自らとは無関係の人間であれば、私は言葉の限りを尽くして讃嘆したのでしょうが。自分のせいで、得なくていい体験を得させ、覚えずともいい感情を覚えさせたことが苦しくてなりませんでした。しかし亮司さんと共に生きている喜びを教えて頂けたことは、自分に大きな安堵と幸福感を齎してくれました。

 ミリアさんが私のライブを楽しみにして下さっているとのこと、非常に嬉しく、思わず涙を禁じ得ませんでした。すぐにでも応えさせて頂きたい、そうは思うものの、実は先日体調不良で病院に行きました所、種々の数値が悪いということで即入院、現在も病室からこのメールを打っています。いつ退院できることか、毎日検査、治療に励んでいるのですが年齢のせいか、なかなか回復は思わしくありません。でも退院し、またギターが弾けるようになりましたらすぐにでもミリアさんに応えられるよう、ライブを計画します。先日足を運んでいただいたあのバーは、私の古くからの友人が経営している所でして、すぐにでも予定は入れて貰えるのです。どうぞその日までお待ちくださいとミリアさんにお伝えください。

チバジュンヤ


 リョウは目を瞬かせながら最後まで読み終えると、「おい。」と、今日は家を出るのがゆっくりでいのだとまだベッドの中に潜っているミリアに声を掛けた。

 「……なあに。」

 「ジュンヤさん、入院しちまったらしい。」

 「え、本当に?」ミリアは即座に起き上がった。「何で? 風邪?」

 風邪では入院しないであろうと思いつつ、「メールだとよくはわっかんねえんだが、何か数値が悪いとか、書いてあんな。」再び文面を凝視した。

 「数値?」ミリアは眉根を寄せて考え込む。「数値って何?」

 「わかんねえ。ま、俺もがんなった時には何がああだこうだ、生存率がどうだ、何もかも数字で説明されたかんな。お医者っつうのは数字が好きな方々なんだろ。でもそんなこと言われてもわっかんねえから、……一度、見舞いにでも行ってみっか。」

 「うん! ミリアも行く! 断然行く!」

 「ま、ちょっと待て。」喜び勇んだミリアを押し止め、「どこの病院だとか聞いてみねえことにはな、行けねえからな。」ミリアはうんうんと何度も肯く。

 「心配だな。ジュンヤ細かったから。ご飯食べてないのかしら。それともミリアとおんなしで、ご飯食べてもあんまし太んないタイプなのかしら。」

 親子なのだから体つきが似ているのは当然だろう、とは勿論言葉にせず、「まあとにかく、病院だけでも聞いてみるよ。行っても大丈夫そうなら一緒に見舞いに行こう。」と言った。

 「ミリア、ご飯作ってったげた方がいいかな。」

 「だって何が食って良くて、何が食っちゃいけねえのか、わかんねえだろ。作るにしたってまずは一回行って体調聞いてきてからだろ。」とはいえ、ミリアが手づくりの弁当、しかもあの旨い料理を持って来たら感激しがちなジュンヤのこと、涙してしまうのではないかとリョウは思った。

 ジュンヤは病床で暇であるのか、病院を訊ねるメールを出すや否や即座に返事が来た。それはかつてリョウが入院し、ミリアも世話になった、馴染み深きかのS総合病院であった。

 「へえ、偶然だな。S病院だと。まあ、ここいらで一番でけえ所だからな。とりあえず運ばれちまうんだろ。」

 「すぐ行く。今行く。」ミリアは一応大学に行く準備をしながら、そう矢継ぎ早に言った。

 「おお、おお、とりあえずお前が行くのは大学だ。帰ってきてからだな。病院は。」

 「待っててね。」ミリアは腕時計を見、足踏みしつつ行った。

 「っつっても、俺もレッスン今日は夕方まであっからな。」

 「じゃあ、帰って来るの大体一緒! 一緒にお見舞い行くの!」

 ミリアはそう言い残して脱兎のごとく部屋を飛び出して行った。


 たしか、ジュンヤは妻子はいないと言っていた。ミリアのことではそれを幸運だと思ったが、入院ともなると、世話をしてくれる人がいないというのはさぞかし不便であろうと、数ヶ月に及ぶ入院生活を送ったリョウは切実に思った。

 大体着替えはどうするのであろうか。加えて、心細くなった時、治療が過酷で耐えられなくなった時、暇で話し相手が欲しくなった時、家からギターを持って来て欲しい時、それらを一人で耐え抜かないとならないのだと思えば、今更ながらミリアへの感謝の念が沸き起こって来るのであった。

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